魔闘拳士の願い

(戻る! 彼女がそう言っている! 僕は戻る!)

 チャムと視線を合わせたカイは決意を新たに上空を見上げる。

(どうすればいい? 魔力の流入で塞がり難くなっているのは違いない。何かで蓋をする。その上で高次空間の腕を押し返す!)


 次元壁並みの強固な蓋が必要だ。物質かそれを上回る強度があり、制御が可能な物を用意しなくてはならない。


(イメージしろ! 僕になら出来ると思え! 大きな蓋だ!)

 脳内で構成を組み立てていく。


形態形成場創造マトリクスクリエイト!」


 上へと翳した手の先に極めて強固な魔法形態形成場を生み出す。それそのものは目に見えない。ただし、彼のイメージの産物か、彼らの紋章パーティーエンブレムが金色の光の傘のような形で現れた。

 次元壁の穴へ向けて押し出す。ふわりと上昇すると穴に重なって魔力の流入は収まり、周囲の魔力濃度は目に見えて下がっていった。


(これだけじゃ駄目だ! 押し返せ!)

 カイはイメージと魔力を強化する。

(高次空間に食われて堪るか! 僕は高次存在ドラゴンにはならない! チャムのところへ帰って伝えなければならない事があるんだ!)


「んー! おああぁ ── !」


 手に力が入るとともに、自然と声が漏れてしまった。


   ◇      ◇      ◇


「あいつ、吠えやがった」

 トゥリオは知らず笑みを零す。

「おい、もう心配無いぜ。これほど気合の入ったカイは見た事ねえ」


 皆を安心させるかの如く大男は宣う。


   ◇      ◇      ◇


 トゥリオの予言通り、魔法の傘はゆっくりと回転を始めると徐々にだが上昇していく。その裏に何かが潜り込んで来るかのように穴が小さくなっていく。高次空間が押し戻されると同時に、次元壁が自己修復を始めたのだ。

 これまでもこの世界の大いなる意思はその地点の高次空間の凸部を押しやる事で境界修復を行ってきたのだと解る。

 そして、皆が見上げる天頂に青空が帰ってくる。この瞬間、魔闘拳士カイ・ルドウは神々を超えた。


(やり遂げた。僕はまだ人でいられる)

 十分に確認した彼は荒い息を吐きつつ掲げていた腕を垂らした。途端に脱力感が襲ってくる。


「苦労であった」

 気付くとすぐ横に金竜の顔がある。それにも気付けないほどの状態だった。

「我が身を挺して穴を塞がなければならぬところだった。これでまたさいと子に会える。感謝する」

「お気になさらず。僕もこの世界の一員として出来る事をやったまでです」

「称賛に値する働きだ。礼をしよう、カイ。いずれ山を訪れるとよい」

 金の王が彼を名で呼んだだけでも十分なご褒美だと思える。

「では、改めて」


 金竜は飛び去っていった。


   ◇      ◇      ◇


 カイはまだ空の上でライゼルバナクトシールと語り合っている。チャムは早く戻ってきて欲しかったが、気恥ずかしさが先に立って呼び掛けにくい。


 そうしていると周囲に神気が満ちていく。何かが起ころうとしていた。


(嘘……!)

 信じられないような光景が彼女の前に展開し始める。


 彼の前に光の像で形作られた人型が浮かび上がる。世にも麗しきその姿は魔法神ジギアだ。

 同様の姿で慈愛神アトル、横並びに博愛神ルミエラ。黒髪の青年を中心に円を描くように美神マゼリア、闘神グリザーリ、智神デオグラードと全ての神々が顕現する。


(一体何が? まさかあの人が危険なところまで存在の格を上げたと感じて、全ての神々の力で封じ込めようというの? あんなに頑張ったのに!)

 湧き上がってきた懸念に切ない思いを抱く。


「どうか」

 チャムの横にファルマが進み出てきて跪いた。

「どうかお鎮まりください、界渡りの武神よ。人の子は愚かなれど愛すべきもの。慈悲をお与えください」

「獣神……?」

 彼女のその呼び掛けに周囲は感嘆の声を上げるがそれどころではない。


 獣人の神の祈りと同時に全ての神々がカイへと跪いて祈りの姿勢をとる。おそらく魔王を復元するに至ったアメリーナの行いに青年が絶望し、人族を滅ぼすのではないかと危惧しているのかもしれない。確かに彼は不信を口にしていた。


「止めてくださいませんか、人聞きの悪い」

 カイは口をへの字にして不満を表明する。

「まるで僕が世界を滅ぼすような口振りではありませんか? 冗談ではありません。人が大好きですし、人一倍寂しがり屋なんですから絶対に全てを壊してしまうような真似はしませんって!」

「お慈悲をいただけるのですね?」

 立ち上がったファルマは胸を撫で下ろす。続いて全ての神々が人々へと向き直った。


「人の子よ。人を愛せ。命を愛せ。和を愛せ。互いに手を取り合い未来を望め。我らは見守ろう」

 神々は唱和すると光の衣を解いて消え去っていく。


 後にヘクセンベルテは降臨地と呼ばれる。首座アメリーナが口にした言葉が現実になったのは何とも皮肉な話ではあったが。


   ◇      ◇      ◇


 軽い足音を立ててカイは地上に降り立った。

 トゥリオが満面の笑みで迎え、高く手を掲げる。手を合わせて、パンと打ち鳴らす。少し涙ぐんでいるフィノの頭を撫でる。ファルマもわくわくとした目をしているので軽く頭を撫でると嬉しそうにしていた。


「カイ」

 青髪の美貌が待っている。彼女の元に戻ってきたのだ。

「ずっと傍にいて。私が女王である時間以外、あげられるものは全てあなたにあげるから」

 潤んだ目で懇願されるがそれは彼の本意ではない。

「お願い、私と……」

 桃色の唇に指を当て押し留める。そして、ゆっくりと首を振ると、拒まれたと思ったか切なげな面持ちになる。


 その前に片膝をつくと、両手で彼女の左手を取って額に押し当てた。


「生涯、あなたの騎士であると誓います。平和な世を捧げると約束します」

 その手を強く握る。

「どうか我が妻に」

 願いを言葉にして、その美しき面を見上げた。


 チャムは大粒の涙を零しながら何度も何度も頷く。彼の手を取って立たせると首に腕を回して引き寄せ、彼女から唇を重ねた。

 青年は腰を引き寄せ抱き締める。もう離さないぞとばかりに強く抱擁した。触れる唇から熱い想いが伝わってくる。同じだけの想いが伝わってくれると信じる。


(初めて会った瞬間からずっとこの時を待っていたんだ。もう恥ずかしいなんてのはどうでもいい。僕はこの愛をどこまでも貫く)

 口付けは皆が見守る中、ずいぶんと長く続いていた。


 カイは彼女を両腕で抱き上げた。青髪の美貌も花開いたが如き笑顔で彼を見つめる。リドが身体を駆け上ってくると、頬に頭を擦り付ける。フィノはチャムに顔を寄せ祝福の言葉を送り、キルケがその胸からチャムに飛び乗り歓喜の涙の痕を舐めとる。トゥリオは青年と肩を組んで腕を掲げ勝利の雄叫びを上げる。

 応じて歓声が湧き上がり、凱歌が響き渡る。その場の全ての者が二人へと祝いを叫ぶ。パープル達も高らかに鳴き声を響かせた。


 浄化されたその地は大勢の祝福に包まれていた。

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