雲狼事件の終幕

「申し訳ありませんが、あまりここに長居はしたくないので移動したいと思います」

 雲輝狼クラウドシャインウルフ達に断りを入れるカイ。

 周囲は煙と血臭に包まれ誰もがそう思う筈だが、曲がりなりにも彼らの故郷。悪し様にいうのを憚ったようだ。

「これなら何とかなると思うけど……、ふう、やっぱり重いな」

 ここでの重いは情報量的な重さである。


 ボスの了解を受けて、変異種炎虎フレアタイガーの死体を『倉庫』に格納したカイはそんな感想を口にした。

 2ルステン半30mはある変異種剣竜ソードリザードを『倉庫』に収めた実績があるので問題無いと思っていたが、今回も収まってくれてホッとした。


「先触れに行ってもらえる?」

「ちゅい!」

 獣人達と一緒に退避していたリドが駆け寄ってきたので、頼み事をして送り出した。

 コマ落としのように大型化したリドは、身を波打たせて駆け去っていく。

「あれ、まさか?」

「リドは風鼬ウインドフェレットよ。カイは友達だって主張しているけど、彼女はご主人だって思っているわ」

 ペットに魔石を背負わせて何しているのかと疑問に思った事はあったが、雲狼事件の張本人としてカイ達を警戒していた獣人少年少女達は、深入りを避けていたところがある。

「そう! カイ! カイって魔闘拳士なの!?」

「まあ、そう呼ばれる事も少なくないね」

「でも、ホワイトメダル……」

 あまりに衝撃的な光景の連続に、ロインは何から話したものか分からないくらい混乱しているようだ。

「よく考えて。雲狼クラウドウルフの騒動を耳にしても討伐しようなんて考えもしない上に、風鼬ウインドフェレットを連れ歩くような人よ。どうやってポイント稼ぐって言うの?」

「あ……」


 思い起こせば、雲狼クラウドウルフと対面しても敵意を向けないどころか、常に個として相手を尊重して丁寧な対応をしていた。彼にとっては人も魔獣も変わらない存在なのだと解る。


(あんなにとてつもなく強いのに)

 彼女は信じられないものに触れた思いで、狼達の感謝を受け取っている黒髪の青年を見た。


 下山すると、残されていた仔狼や雌が駆け寄ってくる。怪物の正体を知っている彼らは、勇猛にも立ち向かった雄達を温かく迎える。

 おっつけやってきたパープル達と獣人のセネル鳥達、ブラックの背の上の小さくなったリドと合流すると、カイは広い場所を探す。そこに変異種の炎虎フレアタイガーを取り出すと、仔狼達がキャンキャン吠えつつ一斉にやってきた。


「ごめんごめん、この毛皮は欲しいからそのまま食い付かないでもらえるかな? すぐ剥いじゃうからちょっと待ってね」

 大人達に注意された彼らは整然と横並びになるが、涎が滴っているのでは急がねばと思わされてしまう。

「虎ってそんなに美味しかったっけ?」

「美味しいですよ。特に噛み応えがあるところが好評です」

「うんうん、虎を狩って帰った時はみんなで食べてたよね~」

 カイの独り言に応えるように獣人達がやってきて補助をしてくれる。

「そうなの?」

「ああ、ごうだとご馳走だったんだ」

 思い出を掘り起こすハモロ達が微笑ましく、自然に彼も笑顔になる。

「思い出しちゃう?」

「こうやって雲狼クラウドウルフ達と一緒に居るとあの頃を思い出しちゃった~」

「毎日が楽しかったですからね。最近は機械的に依頼をこなす事が増えて来てしまいがちで」

「仕事なんだから仕方ないだろ?」

 責任感を見せるハモロだが、心の内がそれを裏切っているのが顔に表れている。これは三人が望郷の念にかられる光景なのだろう。


「落ち着いたら、一度コウトギに帰ってみたら?」

 セネル鳥や狼達に水を出したりしていたチャムも、後を不器用組のトゥリオとフィノに任せてナイフを持って皮を剥ぎ始める。

「……少し考えてみてもいいかもしれませんね」

「みんなに会いたいね~」

「お前らがそう言うんなら」

「意地を張るのはお止めなさい」

 類稀なる美貌に微笑みかけられてハモロとゼルガは真っ赤になっている。その様子を見てカイとロインは目を合わせて笑いを堪えるが、鼻息が少し零れていた。


 その頃になると肉がブロックで切り出せる状態になっていたので、仔狼やセネル鳥を呼び寄せる。

 仔狼達は見た事も無いような大きな塊に食らい付き、ガフガフと吠え声を漏らしながら思う存分胃袋に落とし込んでいく。切り分けられた肉を順番にもらったセネル鳥達も、あっという間に平らげてはチャムに次をねだっていた。


「悪くない反応だね。これは期待できそうかな?」

「ブルー達の反応見る限りは楽しい食事が出来そうよ。トゥリオ! 手が空いたら竈を作っておきなさいよ!」

「おー! 解ったー!」

 手を挙げて答えたトゥリオは、フィノと一緒に作業を始めるのだった。


 皮剥ぎも終わり、解体が進むと必然的に魔石が出てくる。巨躯に見合うかなり大振りの魔石が出てきた。

「サイズは大きいけど、密度的にはそれほどじゃないし、品質としては大した事ないね」

「そうよね。今回儲けはこれだけだし、困ったものよね」

 その台詞にロインは「え?」という顔をする。

「こんな大物討伐したんだから、きっと高額賞金出るはず~」

「これねぇ、申請出来ないのよね。だって、これほどの大物討伐を成したとなると、当然経緯を聞かれてしまう訳でしょ?」

「あ!」


 変異種炎虎フレアタイガーを発見した経緯を説明する訳にはいかない。どう足掻こうが雲狼事件への、獣人少年達三人の関与に触れなければならないだろう。そうすれば、彼らが罪に問われるのは間違いない。

 だからと言って、偶然の遭遇を装うのはかなり無理がある。雲狼事件の解決も報告しなければならない以上、その活動範囲はどうあっても人目の少なくない地域となる。そんな場所にこんな怪物が居て、何の目撃報告も無いのは不自然極まりない。

 様々な状況を鑑みれば、利益になるものが魔石のみになってしまうのだ。


「もちろん毛皮を売ればそれなりの金額になる筈だけど、素材関係はこの人絶対に手放さないし。そうでしょ?」

「やだよ。売らない」

「ほらね」

 チャムは肩を竦めて見せるが、三人にしてみればそれどころではない。ここまでやらせてカイ達に碌な利益が無いのでは申し訳が立たないのである。

「……すみません」

 その不条理にしばらく口をバクバクさせていたゼルガだが、継ぐ言葉もなく謝罪を口にするに留めた。

「構わないのよ。だって、こんなことばかりやっているから、彼はいつまでもホワイトメダルなんですもの」

「酷いよ、チャム」

 ころころと笑い飛ばす彼女に非難の声を上げるカイだが、その雰囲気はいつものじゃれ合いだと感じさせるものなのだった。


 焼いたり煮たりした虎の肉は少々固かったものの味わい深く、皆の舌を満足させるのに十分なものだった。

 食事が済む頃には陽が陰り始め、予定通りその場での夜営となる。


「お話しがあります」

 仔狼が寝静まった頃合いに、カイがボスに声を掛ける。

「正直に申し上げて、もうここで暮らす事は出来ません」

 誰もが気付いていながらも口に出来なかった事。それを彼は宣告する。

「生態系が完全に破壊されています。元の状態に戻るのには十単位の時が必要になるでしょう。その間、彼らを食べさせる事は不可能です」

【理解している】

 ボスは諦めを表すようにしばらく瞑目してから、そう書き付けた。

 彼の苦悩はその一言で言い表せるものではないだろうが、それ以外に言える事は無いのだろうとも思う。


「僕から一つお願いが有ります」

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