雲狼への願い
カイの願いは
連山から東に
「実はそこに僕達にとってはかけがえの無い、とても大切な宝物が有ります。その宝物に関しては特に配慮は必要有りませんが、無闇に人が立ち入らないよう守護して欲しいのです」
彼の一方的な願い事ではあるが、好条件なのは間違いない。
【願い、受ける。我々、恩、返す】
「恩に感じる必要はありませんよ。僕達はあなた方の地を取り戻す事が出来ませんでした。それなのに、こちらにとって都合の良い代替地を押しつけようとしています」
新たな地に棲み付くのはかなりの不安感を伴うと思われる。恩に報いるだけの決断を強いるのは心が痛むのだ。
【自由、生きる、良し。しかし、使命、生きる、良し。命、意味、感じる】
「魔獣とはもっと解き放たれた存在だと思っていましたが?」
【信用、応える、我。対等、望む、あなた】
それはただ彼らが要望に応えたのではなく、自分達で生き方を選んだという意味だろう。
「ありがとうございます。どうか宜しくお願いします。現地までは案内いたしますので」
ボスの心意気に皆が笑顔に包まれたまま、夜は更けていった。
◇ ◇ ◇
農耕地を避けつつのんびりと旅をした一同は、
言わずと知れた転移魔法陣の石室がある山である。連山より標高が高く、広大な面積を持つ山は豊かな生態系を持っている。他の魔獣も棲み付いているだろうが、
「この山が人間社会から隔絶されててちょうど良かったよ。それとも偶然じゃないのかな?」
巧妙に擬装されている石室とは言え、あまり人目に触れるようではいつ発見されてもおかしくはない話だ。
「政治的な力学も働いているわよ。それだけ彼らには良い場所になる筈だけど」
カイでなくとも疑いたくなるくらい豊かな地だ。
「ですぅ。この山だけで
「あいつらの楽園になりそうで結構なこった」
狼と戯れている傍らでの会話は、獣人少年達には届かなかっただろう。その隙にチャムは、雲狼のボスにひと言二言願い事を伝えておいた。
彼らは山に向かう狼達に手を振る。
「元気でね~」
「達者に暮らせよ」
「機会が合ったらまた訪ねますから」
仔狼達は親の尻尾にじゃれ付きながら自然体で木立の中に消えていく。彼らが次の世代としてこの山を守っていってくれる事だろう。
ボスが立ち止まって振り向き、一礼してから群れの後を追っていった。
「良い所が見つかって良かった~。ありがとうね~、カイ」
ロインは彼の両手を取って感謝を口にする。
「いや、こっちも助かるよ。彼らがここを守ってくれれば安心だからね」
「それでもこんなに最適な新天地を与えてくださり、成り代わって感謝させてください」
「良し! これで何もかも上手くいった!」
ハモロも両腕を差し上げて宣言する。
「それじゃ、レスキレートに帰るわよ!」
七名と七羽になった彼らは、宿場町への道を取った。
◇ ◇ ◇
二
「あ~、仲良しだ~」
ソファーでチャムに膝枕してもらっているカイをロインは冷やかす。
「良いでしょ。優しくしてくれる約束だから優しくしてもらっているんですよ」
「そういう約束だものね」
そう言う青髪の美貌だが、その手は黒髪を撫でているのだから決して嫌々ではないのだろう。そう感じてロインはにんまりと笑う。
「だから、あの虎皮でビキニを作るから着てよぅ」
「嫌よ」
「えー、フィノも良いよね?」
「フィノもですかぁ!?」
鞘ごとの大剣を上げ下げして腕慣らしをしていたトゥリオの首がぐるんと振り向く。
「僕の目に優しいから」
「調子に乗らないの!」
膝上の額がぺしんと強かに叩かれた。
(これが、あの吟遊詩人のサーガに歌われる魔闘拳士なのか?)
彼が人の枠に収まらないような強さを持つのは事実なのだが。
ハモロは少々の疑問を抱きつつも、彼らに同行して冒険者ギルドの受付に辿り着いた。
「確認は出来たかしら?」
「はい、
受付嬢は極めて愛想が良い。ここのギルドを悩ませていた
「申請通り、この子達も協力者として処理お願いね」
報告時にそう申告してあった。三人は辞退しようとしたが、押し切られてしまったのである。
「では、全員にポイント配分致しますので」
雲狼事件が難航した分だけポイントも上がっているので、配分されてもそれなりの数字になる筈だった。
「こっちこっち!」
カイが手招きしている。そこは冒険者ギルド委託金の窓口である。
「順番に徽章を出してください」
「へ? はい…」
なし崩しに徽章を差し出す三人だが、何が起こっているかは把握していない。
「魔石の代金と依頼達成金を合わせて、一人頭
「えー!?」
提示された金額は、彼らでも半
「こんなに受け取れない~」
「良いのよ。もらっておきなさい」
「でもっ!」
「そうです。魔石はゼルガ達のものではありません」
「協力の契約金替わりに以前取得した魔石を換金したのです。受け取ってください」
「…………」
彼はそういう事にしたいらしい。色々言いたい事はあるが、この場でぶちまける訳にはいかなかった。
「
囁きつつ悪戯げに片目を瞑るチャムに、三人は深く頷いて返した。
◇ ◇ ◇
その後も料理店でのお疲れ様会など交流を深めたが、
「どこに行くんだ?」
ハモロとて西の英雄の動向は気になるところではあった。
「北に向かうつもりです」
「いきなり帝都方面は怖ろしいものね」
彼らにも色々と事情がありそうに思う。
「そうですか。お気をつけて」
「ああ、中央は物騒だから、あまり近付かないほうがいい」
「ありがとう~。楽しかった~」
抱き付いたロインの頭を撫でて、カイは満面の笑みを見せた。
「お前らもほどほどに頑張れよ」
「たまには郷に顔を見せると良いですぅ」
「そうよ。ゆとりあるんだから、お菓子でもいっぱい買って里帰りなさい」
チャムに肩を叩かれると、張った気が緩む気がする。
「そうするよ」
「ですね」
「ね~」
握手を交わして、別れた後はその過ぎ去る後姿を見つめる。
誰からともなく自然に故郷のある東の空を見上げる三人だった。
◇ ◇ ◇
街外れの大樹の上、太い枝に人影があった。
「出る幕無かったわねぇ」
その影は、北に向かう街道上を行く者達を眺めている。
「あれが魔闘拳士……」
「
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