輝きの聖女

癒しの司祭

 商都クステンクルカはロードナック帝国最西部の商都である。

 帝国内に数ある商都の中で規模としては中の上程度。ただし、南西部の物資がこのクステンクルカを経由して中隔地方へと流れていき、中隔地方からの物資が南西部に流れていく為、流通拠点としては栄えているほうだと言えよう。

 主な流通品目は、中隔地方へは農産物や香辛料、工芸品、そして帝国の名高い武器防具類が輸出され、中隔地方からは海産物や穀類、鉱物などが輸入されている。


 ただ、この一ほどは輸入品として、金銀などの貴金属、宝石などの貴重品の取扱量が跳ね上がっていた。

 交易商人達が噂する通り、中隔地方南部のメルクトゥー王国で、広範囲に有望な鉱脈が多数発見された所為であろう。しかし、流通量的には噂ほどではないように思える。それは別ルートで流れてきた噂のように、メルクトゥーが西方への交易を拡大させようと画策している情報を裏付けしているのかもしれない。


 そんな街の噂とは別に、クステンクルカは異なる形で有名になりつつあった。

 それはジギリスタ教会クステンクルカ本部を起点として広まっている噂である。その教会には世にも稀なる治癒魔法を扱える女性司祭が居るというものだった。


 その女性司祭の治癒の力は並外れており、四肢を切り落としたとしても間もなくであればたちどころに元通りに癒着させる。

 病を得ても軽いものならたちまち癒え、重いものでも数度に分けて快癒に導く。

 例え心が病んだとしても、その説法で癒してしまう。

 疑り深い者なら嘘偽りだと声を上げそうな癒やしの力を示し、その者さえも改心に至らしめたとの逸話を持つ。


 水と光の魔法の使い手であり、眩しきほどの美貌をも併せ持つ癒やしの司祭である彼女を人はこう呼んだ。


 神ジギアの寵愛あつき『輝きの聖女』と。


   ◇      ◇      ◇


 商都であるクステンクルカは、必然的に商家が多い。その一つであるトーミット家は、クステンクルカでも有数の大きな商売をする商会を営んでいた。

 当主は彼の代にして八代目。帝国がクステンクルカを版図に入れたときから代を重ねて商いを大きくしてきた実績を持つ。

 それだけの歴史持つ名家ではあったが、商いに於いては常に新しき視点を持って臨み、その身代を大きくしてきたのである。逆に言えば、それ無くして現在の身代は無いといっても良いだろう。


 そのトーミット家の身代を揺るがす事態が起きていた。

 とは言ってもそれは悪い意味ではない。トーミット家は商いとは違う形でクステンクルカにその名を轟かせつつあるのである。


 そもそもは時を遡る事十三前、トーミット家の次女ラエラルジーネが高い魔法の才を表した事に始まった。

 興味を示した当主ウォルニカが付けた魔法講師は、彼女の魔力量、習得力、構成能力を手放しで褒める。水属性と光属性に適性を持つと判定された彼女は、職業魔法士レベルへの上達を見込んだ教育を進言されたがそれを拒む。

 両親ともに敬虔なジギリスタ教徒であり、幼い頃から自身も強い信仰心を示した彼女は、信仰の徒としてその才を用いる事を望んだのである。その意思を尊重した両親は、後に司祭となる事を前提とした修行の道へとラエラルジーネを送り出したのだった。


 この世界に於ける教会の位階で、助祭以下は一般信徒と同じく自宅に生活の場を置き、通いが常識である。

 教皇はもちろん、以下枢機卿・大司教・司教・司祭の位に在る者は、一般的には教会に生活の場を置き務めを果たす。つまり、生活に関わる費用は全て教会持ちとなる。しかし、全ての在籍者を教会で生活費を負担するとなると、それは莫大な額になるのも事実。

 各教会が福祉や慈善事業を行う組織を標榜する以上、孤児院経営や貧民街での炊き出しなどの事業の継続は必至となる。それらの費用も必要になるのであれば、基本的に寄付で賄われている教会の予算の限りとの兼ね合いを考えなければならない。


 その為の予算削減方策として採られている手段が有る。俗に「通い司祭」と呼ばれる者達の存在がそれに当たる。

 比較的裕福な家庭に生まれながら聖職者を目指した敬虔なる者が、自宅に居を残したまま教会在籍者として神に仕える仕組みだ。その者達は助祭と同じく自宅から教会に通い、神の使徒として信徒に教えを説く司祭となる。

 当然、生活費はその家の負担であって教会の予算は圧迫せずに済み、なお且つ教会は必要人員を確保出来る制度であった。


 修業を始めたラエラルジーネは順調にその才を発揮していった。

 元々水属性は、動物の体積の内七割を占める水を操る魔法であり、治癒キュアを始めとした回復魔法も多い。そこに光魔法の解毒デトキシ消毒ディシンも含めて考えると、万能の回復役に適していると言えよう。

 治療院的役割をする教会の施しに於ける彼女の役割はかけがえのないものとなり、準じてその地位も上がっていく。六歳で修業を始め、八歳でもう助祭となり、十一歳にして司祭にもなった彼女は、教会での確固とした地位を築き、将来を嘱望される存在となった。

 

 しかし、ジギリスタ教会クステンクルカ本部は難しい選択を迫られる事になる。

 彼女の実績は十分であり、司教に上げて支部教会を任せたい。そもそも極めて人気の高い彼女を重用する事はジギリスタ教への人気を高める結果ともなる。当然、彼女一人を専任として在籍させる予算など欠片も惜しくはない。

 ただ、人気を支えている一つの要因として、彼女が「通い司祭」であり、他の教会専任在籍者より一般信徒に近いと感じさせている部分があるのも事実なのである。

 彼女が十六の時、その議論は持ち上がって多くの教会幹部の議論の的となる。そして導き出された結論は、彼女をそのまま「通い司祭」として据え置き、クステンクルカ本部の象徴として働いてもらうものであった。


 ラエラルジーネにとってその結果はさして重要ではなかった。

 信仰心のあつい彼女は、神に仕えて働けるだけで幸福を感じ、位階に興味を示さなかったからだ。

 彼女は自分と同じ敬虔なる信徒達に癒しを提供出来れば満足だった。民間の治療院は高価というほどではないにしても、それなりの対価を必要とする。生活の苦しい信徒に僅かな寄付で、或いは作物などの自分なりの対価で癒しを施せるのなら、彼女は何も求めなかった。


 そんな立場に落ち着いてから三、ラエラルジーネは今、十九歳になっていた。


   ◇      ◇      ◇


 そのもラエラルジーネは教会前で神の教えを説いていた。


 彼女が教会前広場に立つと大勢の人が集まる。その教えの言葉に感銘を受ける者はもちろん、その鈴の音を思わせるような声音に耳を傾けに来る者、その美しい面に惹かれて寄る者。多種多様な人々を前にしてラエラルジーネは言葉を紡ぐ。

 商家の娘らしく話術にも秀でた彼女は、難しい神の教えを噛み砕き、子供達にも飽きさせる事が無いようにユーモアも交えて説いて伝える。


 このは自分の噂を耳にして、各地より一目見ようとこの地に立ち寄った者が多いのかもしれないと彼女は感じた。

 普段ほとんど目にする事のない青髪赤髪が目に付く。その冒険者らしい風体と、青髪の女性のこの世のものとも思えないような美しさに目を引かれそうになるが、それよりラエラルジーネは、彼らの仲間らしい童顔の黒髪青年から視線を外せなくなった。


「あなた……、どうして……?」

 声を掛けずにはいられなかった。

 そんな内容ではない筈なのに、彼の目から零れた涙が一粒二粒と舗装面を濡らしていく。


「拓己……、君……」

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