カランカ高地会戦
ラガッシ軍は元正規軍らしく整然と進出してくる。斥候隊はお互いにその姿を確認している為、相対位置はかなり前から把握している。激突に向けてラガッシ軍は、長く伸びていた行軍陣形を幅広の方形陣に切り替えている。
だが高地に陣取っているクエンタ軍との接触を前に、西回りに円弧を描くように陣形を伸ばし始めた。これは針葉樹林を壁と模して半包囲陣形を取るつもりのようだ。
針葉樹林であれば下生えも少なく、樹間に入り込む事は可能だ。しかし、バラバラに樹間に入り込んでしまえば、陣形を取るのは不可能になる。軍を成しているのにそれを選択すれば機能不全は確実であり、ラガッシはそれを壁と認識しているのだ。
クエンタ軍の将とてそれは認識していて針葉樹林を背にする事は避けたいと考えている。しかし、大きな兵力差と、高地に陣取った有利を放棄する訳にもいかず、その変化を指を咥えて見ているしかない。
「陛下、先に仕掛ける事をお許しください。このままではいいように嬲られてしまいます」
「弓兵隊構え! 魔法攻撃準備!」
指示の声が飛ぶ中、クエンタに決断の時が来る。
「わたくしは素人です。任せます」
「はっ!」
装甲馬車の中から苦悩の末の決断を下す彼女に、強い応えを返す将。その視界の隅で何やら地面に触れていた黒髪の青年が仲間に声を掛けるのが見えた。
「ちゃんと来てるね。じゃ、穴を開けるから上手に退いてよ?」
「おう! 任せとけ」
「フィノ、迎撃よろしく」
「はいですぅ」
「何を! 貴様ら!」
南側の逃走経路を断つように回り込もうとするラガッシ軍の一部に対して、二騎の
それと同時に大盾を構えた赤毛と獣人少女魔法士が装甲馬車を守るように北側に出てきた。
◇ ◇ ◇
フィノはロッドを掲げて集中に入る。ラガッシ軍の方形陣の後方半分が正面に陣取って包囲の完成を待っているが、牽制の為の矢の攻撃の為に弓兵隊が前に出て整列し、次列には魔法士らしき者が横並びになる。
「お、おい、それ、大丈夫なのかよ」
後ろをチラチラと確認していたトゥリオだが、彼女の集中時間が
実力的に言っても魔力的に言ってもおそらく対軍団魔法が使えると彼は思っている。ただ心優しい少女は多数の死者を出してしまうであろう、その大魔法は使いたがらない筈だ。
しかし、今回は局面の一翼がフィノに任せられている。そこに感じた意気を覚悟に転じさせる可能性もあった。
魔力の大きなうねりが感じられる。装甲馬車の周りを囲んでいる魔法士達から息を飲む様子が窺えた。
「
渦を巻く
「
「
横並びの弓弦が鳴り、射上げる形ではあるものの上空に矢が弧を描いて襲い掛かろうとする。しかし、フィノがロッドでトンと押し出した球体が一瞬に膨れ上がり、漏斗状の強力な旋風に成長した。
その旋風が、矢の群れを飲み込み弾き飛ばした。上空で迎撃されて押し戻された矢は、
「
「
及び腰になりながらも火魔法を放って来るが、火炎の矢も旋風に飲み込まれる。旋風は、火炎旋風に成長して再びラガッシ軍に襲い掛かった。炎の蛇がウネウネと陣を這い回ると皆が逃げ惑う。追い掛けるように複数の旋風を発生させて薙ぎ払っていくと、ラガッシ軍は混乱の極地に陥る。
「
追い打ちを掛けるように炎の槍が降り注いで、少なくない負傷者が出ている。
「馬鹿な! あれほど高度な魔法を制御しながら、次の構成を編んでいただと!? 有り得ない! 何者だ!?」
たった一人の魔法士に二千近い兵が翻弄されているのを見て、メルクトゥー王宮の魔法士達は驚嘆を禁じ得ない。
それでも地に蹲る負傷者は出ていても、死者はそれほど出ていないように見える。フィノは言い含められていたのだ。
(フィノ、これは内紛なんだ。ここで戦う兵士はどちらも本当はこの国を守る為の存在。無闇に死なせないように加減しないとこの国は丸裸になっちゃう。だから殺さないように、でも当面は戦えなくなるように上手にやって欲しいんだけどお願いできるかな?)
だから彼女は大規模広範囲に効果を及ぼすも、殺傷能力の低い魔法を選択した。その魔法は極めて複雑な構成を必要とする為時間は必要であったが、その間くらいは余裕で信頼する
見下ろす地は、今は混乱の中に有る。だが出ているのが負傷者程度だという事に気付くと再び纏まってくるだろう。怒気を露わに襲い掛かってくると容易に想像出来る敵を前にしても、あまり恐いとは思えなくなっている自分がいる。守ってくれる人が居て、道を示してくれる人が居て、優しくしてくれる人が居る。フィノは自分の力を出し切るだけで良いのだ。
(ほら、聞こえてきた)
背後で上がる歓声に、次はそこに向かえば良いと解る。その先に正解が有るのだから。
◇ ◇ ◇
高地から一気に駆け降りる紫と青の騎鳥はグングンと加速して、細く伸びた移動中の敵部隊に突っ込んで行く。高地の優位性をそう簡単に投げ出さないだろうと踏んでいた敵部隊は、態勢を整える暇もなく側撃を受ける事になった。破裂音が連発で響いて、いきなり身体の各所に痛みが走る。その被害は馬にも及んでいるようで、棹立ちになって騎士を振り落とすものが続出した。
何事かと対応に困っていると、今度は物の焼ける音と焦げる異臭がして、激痛が脳髄を襲う。伸びた一部の陣容が阿鼻叫喚に包まれ、それが伝染していっているように思えた。
混乱の中に分け入ってきた二騎は、その武装を思うがままに振るい、打ち倒される者が増えてきている。地面には負傷者が転がり、その内の一部は馬蹄に踏みにじられ命を落とす者も居るが、恐怖に駆られた者は痛みに耐えつつ、まろぶように戦闘地帯から逃げ散って行く。
「進撃せよ!」
好機と見て、分断された部隊に騎兵部隊が追い打ちを掛けるように攻め下ろすと、飲み込んでいった。
正面をスワーギー将軍に任せたラガッシは、迂回部隊の中ほどで全体を見つつ指揮を執ろうとしていた。しかし、急に進軍は滞り、前方から戦闘音が聞こえてくる。
「攻め降りてきただと? これだから素人は! ただでさえ少ない部隊を分けるとは。構わん! 足を速めろ! 押し包んで捻り潰してやる!」
そう指示したラガッシだが、幾ら押し出していっても前方に溜まるばかりで斬り込んでいけている様子は見えない。
(なぜだ? なぜ動けん? 全軍で駆け下りてきた筈がない。数で押し切れないとは思えん)
兵を掻き分けて確認できる位置まで進むと、友軍の最先鋒は敵の部隊に飲み込まれ、その後尾に槍を翳して立ちはだかる男と、剣を閃かせ盾を構えて阻む女が見えた。
「貴様らかー!!」
「ああ、来たんですね。別に良いけど吠えてる暇が有るなら上を見たほうが賢明だと思いますけど?」
「何ぃ!」
傾斜の上を見ると駆け下りる勢いそのままに襲い掛かろうとしているクエンタ全軍の姿が有った。
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