挟撃の女王
(長くは保たねえか。所詮、多勢に無勢。しかも完全にぶっ潰す訳にゃいかねえときてる)
将らしき人物の怒号が飛び、冷静さを取り戻しつつあるラガッシ軍を見てトゥリオは思う。
(上手に退けだと? 好きに言いやがって。退路を確保してもらって文句は言えねえがよ。しかし、あいつは何を企んでやがる? 敵を引き延ばして繰り返しの反転攻勢で削っていく気か? こんな起伏の激しいところでそんなんやったら敵を切り崩す前に、こっちが息切れすんぞ)
半包囲陣形を取るまではカイが彼らに事前に告げた通りに進んでいる。魔法での攪乱も、チャムと二人での斬り込みも予定通り。敵軍が早い段階で立て直して来る事さえ的中。だが引いた後に何が起こるかまでは聞いていない。その時はカイが前面に居る段取りになっているからだ。
「足留めしますですぅ」
「いや、無理すんな。フィノは女王の馬車と下がれ」
「トゥリオさん一人残して下がったりできません!」
「俺も逃げるぜ。
ムッとする顔を見せるフィノを宥めて大きく息を吸い込むと、トゥリオは大音声を張り上げる。
「退くぞぉー!!」
「!」
大きな戦争経験のない将や兵はそれだけで身体が反応し始める。集団戦闘時の興奮した身体は、大きな外因に顕著な反応を示す。こういう時には、大きな声を出した者が場を支配し易い。トゥリオはここしばらくの経験でそれを良く知っていた。
「やはり負けですか…?」
装甲馬車から顔を覗かせたクエンタが不安げな言葉を紡ぐ。この辺りは彼女も生粋な王ではないと言える。配下に最も見せてはならない姿だから。
「いえ、ここからが本番ですぅ。さっきのはただの小手調べですからぁ」
「あれがですか?」
クエンタは目を瞬かせて少し呆れた様子を見せる。
(ほぼ対軍団魔法のような大規模魔法を使っておいて小手調べとは。この獣人魔法士はどれだけの力を持っている?)
連続でかなり高度な魔法を使ったというのに疲労を感じさせないフィノを見て、シャリアは彼女に関しても測り損ねているのを思い知らされる。
「後ろに付きますから出てください」
「出して」
シャリアの指示で装甲馬車は南側への道を取る。
「カシューダ、
「混戦模様では難しいかと? 信じるしかありません」
「そうですね」
「クエンタ様?」
女王と親衛隊長が彼女の窺い知れぬ会話をしているのを見てシャリアは疑問を呈する。
「いえ、少し保険を掛けていたのですが、上手くいってくれるかは解らなくなってしまいました。当てにしないでください」
「はぁ?」
気にはなるが、現状は戦地のど真ん中にある。彼女にも考えなければならない事だらけなのだ。
まずは最悪の事態を想定して、自分達だけでも逃げ延びる方法を模索しなければならない。
◇ ◇ ◇
カランカ高地を駆け下りてきたクエンタ軍本隊が目の前を横切る。
「血迷ったか、姉上ぇ!!」
「ラガッシ」
今は相争う姉弟の視線が交錯する。怒りの形相に歯を食いしばって前に出ようとするラガッシだが、間には戦闘を繰り広げている敵味方がぶつかり合っており、それは適わない。睨み付けるその視線もすぐに親衛隊の騎馬の列に遮られて届きもしない。
「陛下! ここは危険です! 彼奴ら、窮して特攻を掛けてきておりまする!」
「違うぞ、ボークネス。追い立てられているのだ。上を見ろ」
高地の上には、スワーギー将軍率いる軍勢の影が現れた。その影はかなり数を減じているのだが、ラガッシも今はそれに気付いてはいなかった。
「挟撃する。兵を南に開け」
「はっ!」
駆け下りてくる軍勢に合わせて自分が動かす軍勢を南寄りに移動させ、駆け下りてくる軍勢とで挟撃態勢を取ろうとするするラガッシ。この陣形が完成すれば、勝負はほぼ決まったと言えるだろう。
しかし、押し出そうとする後方部隊がまた停滞してしまう。その先には再び黒髪の微笑が待ち構えていたのだ。目を見張ったラガッシが振り向くと正面の敵は、赤髪の大盾と青髪の美貌に変わっていた。
「何だとぉ!」
「
ラガッシの右側、南に動いた部隊に紫電の球体が舞い降り、雷を吐き散らして兵士も馬もバタバタと倒れていく。正面に入ろうとしても、自由自在に回転する長柄の槍が兵を打ち倒していき、騎鳥が紫光の束を放って薙ぎ払えば地に伏して痙攣する者ばかりが増えていっている。
(何だ、この戦場は!? こんなのは俺は知らんぞ)
二倍する戦力比で戦う方法が無いとは言わない。今回のように地形効果を利用したり、天候不順による視界不良を利用するもの。固まった敵に魔法の暫時投入で大きく削っていく手法。最も単純にいくなら、混戦状況を作り出せれば2:1くらいの戦力差は有って無きものに変わってしまう。それを防ぐ為にラガッシは、各部隊の整然とした運用を心掛けて、乱戦状況にならないよう配慮をしていた。
だが、現在目の前で展開している戦場は、一部の者の武威だけで支配されている。混戦には陥らず、敵味方ともに目的を以って行動しているように見える。
(こんな事は有り得ん。どんな兵法書にもこのような状況の対応策は無かった)
経験に乏しいラガッシは捲土重来の為に、雌伏の時を兵法書に頼った。様々な戦略戦術に触れ、確実に勝利して再びメルクトゥーを救える座に返り咲く為に、寝食を忘れて没頭していたのだ。その努力をあざ笑うように、あの冒険者達は前線で躍動感を見せている。
それが余計にラガッシを苛立たせて冷静さを失わせていくのだった。
◇ ◇ ◇
(駆け下りたら東に転進して、カランカ高地の裾を回り込むように北上?)
フィノにそう指示されたクエンタは装甲馬車の御者に命じる。南のザウバに逃げるならともかく、敵が来た方向の北へ進むよう命じられた御者は不敬と思いつつも聞き返すが、命令は変わらなかった。
(針葉樹林が近い? まさか、そんな!?)
流動的に動いているように見えて、何かの筋書きに従っているかのような感覚が拭えないでいる。
「もうちょっと引き寄せるよ。保たせて」
「問題ねえぞ!」
「私は弾切れ。木弾使うから期待しないで」
「フィノがフォローしますですぅ。安心して前に居てください」
「よろしく!」
クエンタ軍全軍が東に駆け抜けるまで正面を支え続けている四人も、徐々に後退を始める。そのまま軍勢の
共に戦っていた部隊だけが残って本隊との間に僅かに隙間が出来たのを見て取ると、カイは左手を挙げた。
「逃げますよー! 撤収ー!」
ワッと部隊全員が転進して、本隊の後尾目指して駆け始める。その為に騎馬部隊だけを残して皆を先に行かせてあったのだ。
「追え ── ! 全軍追撃ー! 逃がすな!」
儘ならない戦局に鬱屈を溜め込んでいたラガッシ軍は勢い込んで追撃戦に移ってきた。
前のフィノを守るようにトゥリオとカイで最後尾を務めている。チャムはブルーを全速力で駆けさせて前に出た。
「走れ! 走れ! 走れ! 走れ! 食い付かれるわよ!」
軍勢全体に発破を掛ける。実際に、ラガッシ軍は間延びしながらも距離を開けずに着いて来ている。
カランカ高地と針葉樹林の狭間を駆け抜けたその次の瞬間、ラガッシ軍の後尾に矢の波が襲い掛かった。遅れていた歩兵部隊員が倒されていく。そして続くように樹間を割って歩兵騎兵が躍り出てきて、陣を形作っていく。
それは逃げる隙に樹間に入り込んだクエンタ軍の一部ではなく、粗野で剣呑な雰囲気を漂わせた一団だった。後背の新たな戦力の出現にラガッシ軍は足を止めざるを得なくなった。
「転進!!」
拡声魔法を光述していたカイがそれを発動させ、クエンタ軍に呼び掛ける。多少の慣性を以って行き過ぎたものの、緩やかに転進した軍勢はラガッシ軍を前にする。
挟撃を試みたラガッシ軍が、今度は挟撃される状態に陥っていた。
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