二王の激突

 ザウバから派遣されている斥候隊は、北200ルッツ240kmの位置で進軍するラガッシ軍四千五百を確認する。

 身体強化を持つこの世界の兵は一50ルッツ60kmを踏破する。健脚と拡声魔法による全体の指揮統制がそれを可能とする。


 王都まで四の距離という報告に、女王の周囲はにわかに慌ただしくなる。兵の準備が整えられると共に軍議が行われるが、意見は二分する。

 街壁内に籠って防衛戦を行うとする者。それならば二倍する戦力差があろうと五分以上の戦いが可能となる。敵軍の消耗を見計らって打って出れば、十分に勝機が有るとの目算である。


 対して野戦を主張する者。籠城戦に持ち込むと、間違いなく兵糧攻めをされる。そうなれば長期戦は必至。兵量を徴収される農地は荒れ、物流の滞るザウバも疲弊する。

 それを避けるには戦力差を押してでも野戦に持ち込まねば勝機は見出せない。だからと言って、野戦で勝ち目の有る戦術の提示も出来ない。

 双方の主張ともに明確な勝利への道が見えない状態で軍議は紛糾する。


「どうなさいますか、クエンタ様。お聞きいただいたように極めて厳しい状況と言わざるを得ないのは心苦しいところではあるのですが、私にも名案がございませんので無能の誹りを肯ずるしかないのでありますが」

「わたくし個人の望みとしては、民の苦しみを是とは出来ません。ですが、兵に死を命ずる度胸もありません。情けない王とお笑いください」

「とんでもございません! 我らが力無き故に陛下のお心を煩わせてしまい……」

 重臣達も将達も忸怩たる思いで顔を伏せる。

「そうだわ! あの方達にお伺いしてみては? 西方は戦乱も有ったと聞き及んでいます。あれほどのお力をお持ちなら従軍経験もあるやもしれません」

「冒険者に戦術眼を期待するのは酷かもしれませんが、参考くらいにはなるかもしれませんね?」


 四人の招聘が決まる。


   ◇      ◇      ◇


「呼ばれるなら戦地と思っていましたが、未だお心が決まりませんか?」

 変わりなく朗らかな様子を見せてカイが姿を見せるので、皆は拍子抜けする。持ち上げられておいて低いランクを晒したのに気にも留めていない様子だ。

「それは野戦を想定してのお言葉か?」

「なにしろそれ以外に僕達はそれほど役に立ちませんし」

 一概にそうとは言えないが、彼らに経験が無いのも事実。

「クエンタさんは籠城戦を嫌っているのでしょう? ならば戦地の選定に入っているのではありませんか? その情報なら少し調べてまいりましたが」

「え? カイさんは野戦限定でお考えだったのですか?」

「民を一番に考えるなら、居ない所で戦うべきでしょう? 貴女なら貫くかと思っていたのです」

「兵も民なのです」

「死なせたくありませんか? なら死なせないように戦うしかありませんね」


 いとも簡単に言う黒髪の青年に、将達は苛立ちを募らせる。そんな簡単な話ではないのだ。前線で戦うだけの者は好き勝手を言うと歯噛みする。


「やっぱ、あの高地に陣取るしかねえ。距離的には三つ目くらいまで押し出さねえと、後ろが厳しくなんだろ?」

「いや、三つ目は南北に長いので回り込まれると難しくなるよ。二つ目だと二千三百で程良い広さじゃなかったかな?」

「もしもの時に引き離し切れねえぞ。街門背負って食らい付かれたらそれで終わりだぜ?」

「考えたくないけど、その時は我々で足止めを掛けるよ。五千なら何とかなるんじゃない?」

 目の前で展開される想定外の議論に呆ける一同。

「待ちなさい! 全くあなた達は。呼ばれた相手を置いてけぼりにしてどうするのよ」

「あれ? そんな感じ?」

 トゥリオもフィノに「めっ!」と言われて頭を掻いている。

「今のはどういった趣旨の議論なのか説明いただけます?」

「圧倒的に数字で劣るんですから高地に陣取らなければ勝ち目が無いでしょう? それに適した場所を確認してきていたので、それについて話していたんですが解り難いですよね? でも、僕らは周辺詳細地図は入手出来ないので抽象的な表現しか出来ないんですよ」

 カイは法具店で購入してきた街道図を取り出して机上に広げる。


 この世界にも書店は存在する。だがそこで扱っているのは流行りの演劇などを書籍化した読本、おとぎ話を集めた児童書や絵本など安価なものが置いてある。簡略地図や街道図は、特殊器具や魔法具、魔法や算術などの技術書を扱っている法具店で購入出来る。これは如何なる地図でも、書籍でなく技術品として扱うこの世界の習慣に基くものだろう。法具店の品揃えは基本的に高価な物が多い。


 その街道図には、高地の位置や針葉樹林の位置、ザウバからのおおよその距離などが書き込まれており、詳細地図には及ばないものの戦術資料に足るレベルの物にまで仕上がっている。


「う、むぅ、これは……」

「参るな」


 彼らを招き入れる段階で議論の中心であった詳細地図は片付けられている。国家機密の戦略資料を、そうそう余所者の目に触れさせるわけにはいかないからだ。しかし、それと大差ない物を取り出されたとあっては、身も蓋も無い。


「これを作っていらしたのですか?」

「地形が把握出来なければ戦いづらいですからね。一応は命懸けなんだから準備くらいします」

「それで先ほどの話は?」

「それでしたら……」


 街道図に描いた高地を一つ一つ指して戦術上の要点を説明されてシャリアは苦い顔になる。彼らが朝から喧々諤々と話していた内容を、冒険者達は数陽すうじつ前から実地で確認検討していたらしい。

 つまり彼らはラガッシとの遭遇地点から国境駐屯地までの数、部隊編成に擁する数、行軍に擁する数を逆算して、迎撃までの数を概算していたという事だ。何の情報も無くそれをやられると将達に立つ瀬が無い。


「中隔地方は土地が開けているから楽だよな。西方みたいに森林帯だらけだと碌に数計算も出来ねえし」

「進路次第で普通に一往6日くらい誤差が出てしまうもんね?」

「あー、気にしないで。こういう人達だから」

 一部の将は開いた口が塞がらない有様だ。

「では貴殿らはカランカ高地に陣を張るのが良いと言うの?」

「名前が付いてんのか。ちょっとザウバにゃ近ぇが、守り易く攻め易いのはそうだな」

「クエンタ様、一考の余地は有るかと思われます」

「はっ! 矢や魔法攻撃の打ち下ろしに、駆け下りの進撃速度を加味すれば勝機は見出せましょうかと?」

 将に視線を送ったクエンタに、明確な答えが返ってくる。

「野戦を仕掛けます。皆の働きに期待いたします」

「「「はっ!」」」

「わたくしも戦地に出ます」

「お待ちを! 陛下はザウバにて吉報をお待ちください!」

「聞けません。ラガッシは自ら攻めて来ています。ここでわたくしは彼にも兵にも覚悟を示さねばなりません!」

「カシューダ、頼みます」


 女王の瞳に浮かぶ決意の光にシャリアは早々に諦めて親衛隊長に全てを託す。当然自分も戦地には赴くつもりで段取りを組み始める。


   ◇      ◇      ◇


 遠くより土煙を上げて近寄る馬に、彼は騎馬の歩みを止める。


「陛下! 申し上げます!」

「申せ」

 駆け込んできた斥候が、ラガッシに状況報告を始める。

10ルッツ12km先、カランカ高地に簒奪王の軍を確認しました! 兵力二千三百!」

「愚かにも野戦を挑むか、クエンタ。兵力差を計算出来ぬ策に泣くがいい」

 ラガッシは、短期決戦の展望が開けてきた状況に、高らかに笑う。


 王を称する姉弟がカランカ高地で激突する。

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