当て外れ

 捕らえられた襲撃者が集められている。重傷の者には治療が施されたが、顔を腫らしている者や口から血を流している者も多い。一様に皆が四人の冒険者を睨み付けている。


「てめえら冒険者だろうが!? 何でそんな奴らに手ぇ貸すんだ!」

「そうよっ! 冒険者の国を敵に回すって言うの?」

「覚えてろよ? 貴様ら、同業の横の繋がり、嘗めんじゃねえぞ?」

 対して捕らえた側には冷え冷えとした空気が流れる。親衛隊士は宰相に伺いを立てる。

「此奴ら、どうもラダルフィーの手の者らしいのですが如何いたします?」

「当て外れな獲物が釣れたようです。処理に困りますね」

 隊士達の顔にも苦い笑いが広がる。

 フィノに唾を飛ばそうとした一人がトゥリオに殴られて更に噛み付いている。

「ふざけんじゃねえぞ、裏切者が!」

「誰がふざけてるっつーんだ、ああ!?」

「止めときなさい。処置無しよ」

 掴み掛かろうとしたトゥリオは、腰の後ろのベルトを引かれてムスッとしている。フィノに礼を言われて溜飲が下がっただろうか?

「異な事をおっしゃいますよね? 依頼の護衛対象への脅威を取り除いて、冒険者として批判されるなんて思ってもみませんでしたよ」

「やはり冒険者でしょうか?」

「偽装していないとは限りませんが、まず間違いないかと」


 確認はそう難しい事ではない。彼らの徽章を冒険者ギルドで確認してもらい、滞在登録地を調べればいい。国王の命を狙う大罪だ。冒険者ギルドも情報開示を渋る事は無いだろう。


「後悔するぞ? 我らに大人しく付いて来ていればハイハダル様の女として中隔地方に覇を唱える国の中枢に居られたものを」

「何だとぉ!」

 これには親衛隊長カシューダも黙っていられない。抑え付けられて締め上げられる。彼らのやる事までは四人も手が出せないので放っておく。

「どうも、そういう事だったらしいですね?」

「済まない。君達には無駄働きをさせてしまったらしい」

「そんな事有りませんよ」

 予想外の返事に、クエンタはもちろん、シャリアも不審げな顔を向ける。

「クエンタさん。身近に内通者が居ると思ってください。それが確認出来ただけで価値は有りました」

「!」

 シャリアは目を見張り、クエンタは愕然としている。

「今後は情報管理には気を付けましょう。出来れば重要な情報は、最低限の人数に絞ったほうが良いでしょうね?」

「それを始めから狙っていたと?」

「余碌ですけどね。狙い通りの獲物が釣り上げられれば楽になったのは間違いないですから」


(お強いだけではないのですね? 底知れぬお方です)

 クエンタはその黒瞳の奥が少し覗けたような気がする。


「さすがブラックメダルは一味違う。頭も切れるようで」

「僕はそんな大層な者じゃないですよ?」

 肩を竦めながら徽章の白いメダルをブラブラさせる。

「ノービスですから」

「はあぁぁ!?」

 これには皆が愕然とする。


 誰も、ブラックメダルを擁するパーティーのリーダーが一般冒険者だとは思わなかったようだ。


   ◇      ◇      ◇


 国境近くに陣取っていた元正規兵五千は国境防備に五百を残し、ザウバに向かって進発している。本来は全戦力を以って玉座の奪還に向かいたいところだが、雌伏の二間、守り続けた国境をむざむざラダルフィーに奪い取られるのは業腹である。

 国境線全てを守り切るのは不可能な数字だが、睨みを利かせる事くらいは出来る。想定する敵戦力は二千五百ほど。街壁攻めには心許ない戦力とは言え、封鎖して兵糧攻めするなら問題無いだろうと考えている。その間、彼らは周囲の豊かな実りを徴収して回れば良い。それを思えば現在の兵量不足は解消される計算なのだ。


「陛下、敵陣営に手練れが加わったようです」

 スワーギー将軍の報告にラガッシは鷹揚に頷く。

「不利を悟って救援を頼ったか。名の有る傭兵か?」

「いえ、報告では黒髪の槍使い、赤髪の戦士と青髪の女に女獣人。どうやらその……」

「あの者達か!?」

「彼奴らめ、なんだかんだと理屈を捏ねておきながら、簒奪王についただと? だから金で動く冒険者など信用に足らんのだ。仲間にせんで……」

「ボークネス! 口が過ぎるぞ?」

「はっ! 申し訳ございません!」

 陣営に加えると言い出したのはラガッシだ。ここでの批判は王への批判にも繋がってしまう。

「良い。そなたの言う通りだ。最悪、元から簒奪王の手の者だったかもしれぬ。足元を掬われては適わん」

「ご寛恕、感謝いたします」


 一瞬、顔を青くした騎士だったが、許しの言葉をもらって胸を撫で下ろす。ラガッシも着き従う者達には寛容だ。他に味方を待たない所為だけでなく、そういう思考がこの五で醸成されてしまっている。


 ラガッシは、あの北上の過程で、途上の農家などから食料を徴収してしまっている。その情報はすぐにザウバにも上がっているだろう。彼が正規軍と合流し、ザウバに攻め上がるのはクエンタの頭脳である女宰相も把握している筈だ。戦力の充実を図っていたとしても当然の事。それが冒険者ギルドに頼った結果だとしても辻褄は合う。


「しかし、国民を苦しめているのがあの冒険者の国だと言うのに、その冒険者に尻を振るとは嘆かわしい。姉上はもう形振り構っていられないほど手勢に困っているらしいな?」

「御明察でありましょう。今頃は籠城戦に備えて食料の徴用を強引に進めておるやもしれませぬ。民の為のまつりごとなどという大言壮語を後悔されておられるでしょうな」

「うむ、他に手はないであろうな、スワーギー。包囲が済めば勝負は決したも同然。それまで抜かりなきようにな?」

「は、お任せを。本当の戦を知る者の力、見せてやりまする」


 南下する軍勢は、堂々と高地帯を進軍しているのであった。


   ◇      ◇      ◇


「おっもちっつき~♪ おっもちっつき~♪」

「ちっちゅいちゅち~♪ ちっちゅいちゅち~♪」


 宿屋の竈を借りてオルク麦を蒸しているチャムはご機嫌そのものだ。

 その隣ではカイが煮物に精を出している。そこからは甘い香りがチャムのところまで漂ってきており、その味に彼女は思いを馳せているのだ。彼の背中にはフィノも貼り付いており、豆が煮崩れていく様を目を輝かせて眺め続けている。


 当面空いてしまった時間で、昨陽きのうは市場を覗きに行っていた。例によって見慣れない菜類や香辛料を物色していた彼らだが、豆を商う一画でカイが薄茶色の小さな豆に興味を示した。


「これ、いけるかも?」

「どしたの? それ、美味しいの?」

「いや、調理してみないとちょっと解らないけど、当たればとってもいい事が有るよ?」

「なら買いよ。なぜなら私達は冒険者!」

「そう! 食の冒険者ですぅ」

「いやそれ違っ……、まあ良いかぁ」

 強気に一袋の豆が『倉庫』に加わる。


 ひと晩、水に浸けられていた豆は二回りは大きくなって彼女らをわくわくさせる。煮上がって薄茶色の半固形にまでなった豆が軽く冷やされて出番を待つ。

 相変わらず、チャムの変な笑いと共に搗き上げられた麦餅が小分けにされていく。その過程で既にフィノの犬口がモグモグしているのは見て見ぬ振りをしておくべきか。

 準備が整ったところで、カイが手順を説明する。もちろん煮崩した豆は餡子に化けていて、彼の味見で成功は既成事実になっている。その餡子を軽く一握り取って、押し広げた餅で包み込んでいく。出来上がった餅は、その身の内にとてつもないポテンシャルを秘めているのだ。


「いいよ、味見したいんでしょ?」


 目線で訊いてくる女性陣に、カイは他の答えを知らない。そして彼女らの声が厨房にこだまする。


「あー、甘いわー。ダメよー、これ、太っちゃうわー!」

「きゅいい~ん♡」

「ちゅいい~ん♡」

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