危機の予兆
捜索隊を撃破したチャム達は、十分な距離を取って北に転進。大きくぐるりと回って帝都ラドゥリウスの北側に近付くように回り込む。
「おい、むしろ近くなってねえか?」
「良いのよ。東の川沿いで撃退したばかりでしょ?」
「ああ、連中は一回帰投するしかねえくらいに痛めつけてやったが」
彼らが姿を見せた事で捜索の目は川沿いに集中する。そして、幾つかの森で潜伏の痕跡を見つけるだろう。
結果的に二人が川沿いを転々としていると判断するはず。捜索隊は集中的に川沿いを調べ始める。しかも東に逃げて見せているので、捜索範囲を広げざるを得ない。
「連中が一生懸命東側を駆け回っている間、私達は捜索の網が薄くなったこの北側で潜伏するわよ」
転進する前くらいからチャムは、旋風の魔法を追従させて足跡も消して移動する徹底ぶりだ。
「よくもまあ、思い付いたもんだな」
「キュルッキュー!」
「キュキューイ!」
件の捜索隊を発見してから接触を決意するまでに、それだけの計算をしていたという事だ。彼女の強かさにトゥリオは舌を巻く。
「これくらいはやって見せないと駄目なの。戦力はこっちのほうが多いんだから逃げ切って見せるわ」
今は合流するまで無事に逃げ切るのが、カイと並び立つ結果になると信じているようだ。
「よし! きっちり逃げ切ってやるぜ。西側に回らねえ限りは隠れ場所も……」
「しっ! ……もう! 何でなのよ!?」
トゥリオが視界に収めていた、こんもりとした森の影から騎影が現れたのだ。
「ブルー!」
相手は五騎。距離が詰まっていだけに完全に捕捉された。
「逃がす訳にはいかないわ! 報告されたら苦労が水の泡よ!」
「おう! 潰すぞ!」
今回の相手は見るからに諜報工作員だ。戦闘中でも報告に離脱する可能性が有る。
「確実に仕留めなさい」
「キュイ!」
後ろから飛び出して先行するパープル達二羽に冷たい声音で指示する。
やはり一騎が反転して帝都の方向へ駆け出そうとする。
とてつもない加速をしたパープルとイエローが挟み込むように動いて馬を蹴倒す。パープルが馬に止めを刺すと、投げ出された騎乗者はイエローの本気の蹴りを受けて宙を舞う。
プレスガンの連射も牽制にしかならない。騎乗戦での偏差射撃では、互いの動きも早く揺れて射線が定まらないからだ。
だが、一対多の状況を作らないようにするには役立つ。チャムの武装の情報が入っている相手は、馬に当てられるのを嫌って散開する。そこに付け込む隙が出来る。
投擲された投げ針を盾で弾いたチャムは突き込まれるナイフも盾で逸らし、そのまま敵の胸に先端を押し当てる。
思わぬ攻撃に驚きを感じる以前に脊椎を貫かれた痛覚が脳を焼いてショック死させる。
「ごめんね」
そう呟いたチャムは長剣で馬の首筋を薙ぎ、逃がさないようにした。逃げ出した馬がどこかで発見されるのも彼らの足取りを掴ませる原因になってしまう。
大盾に投擲武器が当たる音を耳にしながらチャムの戦闘を窺っていたが、連携の必要は無さそうだと感じる。それより今は可及的速やかな敵の排除を優先すべきらしい。
盾の裏から相手を覗いていたブラックが馬の前に回り込んでくれる。そのまま馬首を押して転進させると横付け状態に持っていく。大盾を下ろし様に大剣を振り下ろすと、敵は跳び下りて躱す。馬の背を両断するだけに終わったが、その向こうから違う一騎が突進してきた。
体勢の崩れたトゥリオの額目がけて、
ブラックが馬を食い殺す間に大剣を引き抜くが、更にもう一騎が弓をつがえて引き絞っていた。
冷静に大盾を持ち上げてセネル鳥ごと覆うが、鏃が当たる音はしない。見ると、パープルが絞った雷撃ビームを浴びせている。痙攣しつつ固まった男は駆け寄ったチャムの斬撃で大きく脇腹を裂かれて絶命した。
先ほど馬から飛び降りた工作員が森へ逃げようとしている。紅熱球の乱れ打ちを受けるが何とか逃げ込んでしまった。
逃げ切れると思ったのだろうが、残念ながらセネル鳥は森林内でも機敏に走り抜ける。すぐに背後に迫られると、チャムに首を刎ねられた。
それで全員を仕留め終わったのだった。
「馬は食べちゃっていいわ」
憐れな馬達もセネル鳥の晩餐になる事で報われる。
さすがに人間まで食べさせる訳にいかないので、森の中に運んで埋めた。
これで魔獣の群れに襲われた悲惨な事故現場に早変わりである。騎乗者は攫われて餌になったと思われるだろう。
既に暮れ始めている
(
また夜には連絡があるのを期待して、お風呂リングで血を洗い流した。
◇ ◇ ◇
「何だと! 女剣士どももまだ捕らえられんと言うのか!?」
街壁外に逃亡した女剣士と盾士の行方を探し当てたかと思ったら、即座に撃退されて戻ってきたとの報告が入ったところだ。
「何をやっている、役立たずどもが! 使えるというから食わせてやっていると言うのに、この体たらくか? ただ飯食らいか!」
いくら待っても朗報は入って来ず損害報告ばかりで、この
(
第二皇子の苛立ちも限界に近い。
(帝都に誘い込んだ時点で詰んでいる筈なのに、どうしてこうも上手くいかん? 栄えある帝国がたった四人に翻弄されているというのか?)
自分は帝国の力そのものという自負がある。それを出し抜かれるなど有ってはならない事なのだ。
「こうなったら外の連中などどうでもいい! 元の地位ぐらいしか誇れない役立たずに任せておけ! 我が手勢は全て呼び戻して魔闘拳士捕縛の任に就かせろ!」
本命だけ手に入れられれば良いとまで思い切る。
「お待ちください、殿下。外の二人が姿を現したのはそれだけ追い詰められている証拠だと言い募る者がおります。今しばらく朗報をお待ちになっては如何でしょうか?」
「そこまで言うか? ならば今度は失敗したでは済まんぞ?」
マークナードの圧力に腰が引けた様子を見せる諜報部門の長だが、詰めを誤れば最終的に責任を問われる事に変わりはないのは理解していると見える。
「多大なる犠牲を払ってここまで追い詰めたのでございます。ここで網から取り逃がしてはもったいなく存じます」
彼が頼みにしているのはあの亡国の軍師だろうか? どちらにせよ、投入した人員なりの成果が出なければ無駄な投資になるのも事実だ。
第二皇子は、これで最後と分からせるように睨みつつ頷く。
それはチャム達に迫る危機の予兆だった。
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