帝都震撼

 帝都ラドゥリウスの第二街壁に当たる城壁の高さは1ルステン半18m。円周は12ルッツ14.4kmに及ぶ。

 内部は皇城を含めて、全てが各種公的建造物及び高位貴族の邸宅で占められている。そこが帝国の中枢を担っているのだ。


 重要な防壁であるがゆえに城壁外周1ルステン12mは、建造物はおろか樹木の植栽も禁じられている。城壁上への侵入経路とさせない為だ。

 その外周は平坦な舗装路とされており、城壁下部に設けられた基台に灯された魔法の明かりで夜間も照らし出されている。城壁上を巡る巡回兵が、異常があればすぐに察知出来るようにされているのだ。


 その外周の一画が、今夜はいつもより明るく照らされている。騒動を発見した巡回兵が魔法士を呼び寄せ、光輝ブリリアントを追加させたからである。


 照らし出された一画の建造物上には足元近くまでを隠すローブにフードを深く下ろした人物。ロッドを手にしている事から魔法士だと分かる。

 その傍らには覆面の女性。逆手に持ったダガーを両手に煌めかせており、斥候士スカウトではないかと思われた。


 彼らの周りには三十名近い覆面の人物が路上や建造物上に包囲するようにそれぞれ武器を構えている。一見して完全に追い詰められているようしか見えない。

 ところが包囲している側のほうが明らかに緊張の度合いが高い。それもそのはず、この瞬間もうち一人がくぐもった悲鳴とともに屋根上から路面に転落した。


 屋根上には白い胸装ブレストアーマーの黒髪の男。

 腕には三倍近い太さが有りそうな大振りなガントレット。その先の銀爪が光を反射し、不敵な笑みの浮かぶ口元を照らしていた。


「お、おい……、あれが魔闘拳士か?」

 城壁上の兵士が指差して同僚に問い掛ける。

「ああ、間違いない。あれが魔闘拳士だ」

「じゃあ、あの噂は本当なんだな」


 東市場での争乱は彼らの耳にも入っている。そしてそこに英雄譚サーガに歌われし男がいた事も。

 帝都を訪れた魔闘拳士を、帝室の誰かが襲撃させた結果の出来事だと噂になっていた。

 確かにの英雄が敵国ラムレキアへの介入をしたという情報があったのも事実。だからと言って、いきなり襲わせるのはどうかとの意見もあった。

 そして、結果的に魔闘拳士を怒らせてしまったのは、目の前の現実が証明している。


「やらせたのは第二皇子殿下なんだろう?」

 内容が内容だけに声を潜めて言う。

隠剣おんけん殿下だって話だ。だって、あの連中が関わっていたそうだからな」

「そりゃもう確実じゃないか」


 マークナード子飼いの元騎士や戦士が東市場の争乱の中に在ったのも知られていて、襲撃指示を出したのは第二皇子だと言うのも公然の秘密になってしまっている。


「何も出来ないな」

 兵士は周回路を見下ろしている。

「遠巻きにして市民を近付けないようにするのが精一杯だろ?」

「だよな。あんなのに巻き込まれたら命が幾つあっても足りやしない」


 騒動に動員された衛士達が集まっているが、市民の誘導に手一杯な様子を見せている。その実、手出しが出来ないからそう見せているのかもしれない。

 彼らに介入出来るような状況でもないし、上からの圧力が掛かっている所為もあると思われる。


 氷の針を全身に突き立てた覆面がまた路面に転落する。

 先ほどは風の刃に斬り刻まれて、その前は雷撃に打たれている。魔法による怪我そのものは命には関わらないだろうが、落下の際に打ち所が悪ければ即絶命だ。


 転じて、ガントレットに打ち抜かれた者は宙を舞う。一瞬に気絶させられてそのまま真っ逆様に転落の憂き目だ。

 銀爪に斬り裂かれて血を引きつつ落ちる者もいれば、落下以上の速度で蹴り落とされて路面に激突する者も続出する。遠距離から矢や投擲具で狙う者は、黒髪の青年がガントレットを向けただけで転落している。何らかの魔法が用いられているのは間違いない。

 何しろ彼は「魔法をも以って闘う拳士」『魔闘拳士』なのだから。


 夜闇の上に、頭覆いヘッドギアを目深に被っている所為で人相は判然としないが、彼が当代の英雄なのは誰にでも分かるのだった。


「冗談じゃないぞ。今度は俺達があれと戦わなきゃいけないのか?」

 兵士は隣の同僚の肩を掴んで揺する。

「嫌だぞ、俺は! まだ死にたくない!」

「し、仕方ないだろ! だって次は……」


 眼前で繰り広げられているような騒動はこの夜だけの事ではないのだ。連夜に渡って争乱の報告が上がってきている。

 そして、それは一晩ごとに城壁に近付いてきて、今夜は城壁の横での戦闘を彼らが目にしているのだ。

 次は城壁内、そうすれば兵士たちの管轄なのである。


「なあ、殿下は怒らせたらいけない相手を怒らせてしまったんじゃないのか?」

 わななきながら問い掛ける。

「しっ! 言うな! どこに耳があるか分からないんだぞ?」

「でも……、あれ……」


 また一人、宙を舞った覆面が今度は城壁に激突してべったりと血の跡を付ける。


 ゆっくりと振り返った魔闘拳士の黒瞳が自分達を睨み付けた気がして、兵士達は震え上がった。


   ◇      ◇      ◇


「はっ……、はっ……、はっ……、はっ……、」

 浅く短い呼吸が繰り返されている。


 だんだん追い詰められ、丸裸になっていくのを感じる。


 昼前には御前に召され、皇帝から叱責を受けた。

 早く片付けろとまで言われる。しかし、彼の手足はもぎ取られていく一方だ。

 掻き集めたというのに諜報部の人員ももう半分近くが失われている。その他の人員は遠隔地に派遣している為、間に合わない。


(どうしてこうなった……? どこで間違えたのだと言う?)

 視線は定まらず、手が震える。

(何がどうなっているのだ?)

 焦りが汗に変わって全身を濡らす。


「は、早く外の連中を捕らえろ! すぐにだ! 魔闘拳士への盾を早く我が元に寄越せ!」

 後に控える諜報部の長に喚き立てる。

「今しばらくお待ちを。すでに動き始めておりますれば」

「早くしろ! 奴が来る前に!」


 渇望が手を宙に彷徨わせた。


   ◇      ◇      ◇


「忙しいにゃ」

 灰色の尻尾が宙を揺らめいている。

「夜は魔闘拳士で昼は成金商家のドラ息子にゃ」

 両腕にフィノとファルマをぶら下げて歩くカイを揶揄する。


 夜間の戦闘は深更までは及ばない。

 まずはカイが先行して周囲の夜の会ダブマ・ラナンを片付けると二人を迎えに戻って街に出向き、程よい場所で通り掛かった彼らを捜索中の諜報工作員を攻撃。味方を呼び寄せさせてから殲滅する。

 そうして隠剣おんけんの手勢を削り取って追い込んでいっている。


 それは第二皇子に対する報復措置の一環であるが、同時に帝室やその周囲の者へ、彼らに手を出せばどうなるかを知らしめるためにやっている。

 ゆえに恐怖感を煽るような策を採用しているのだった。


 そして、昼間はこうして街をぶらついては噂話に耳を傾ける。

 帝国の中枢に対して恐怖を与えるのも重要だが、市民感情も大事な要因。今回の騒乱の責任が帝室の蛮行に向けられるようでないと困る。ただ相手を刺激するだけでは逆効果で、市民からの不信感で手控えする方向に持っていきたい。

 それはそれなりに成功しているように思えた。市民の噂に魔闘拳士の名が上り、動揺と怒りの矛先は帝室に向かおうとしている。


「意地が悪い事を考えるにゃ」

 ファルマはほくそ笑みながら言う。

「罠を仕掛けてきたのは向こうなんだよ? これくらいは覚悟しておいてもらわないとね」

「そうですよぅ。ディムザさんの名前を騙って呼び寄せるなんて汚い真似をしたからいけないのですぅ」

 手を振る人物が目に入る。

「よぉ、ご無沙汰だな!」


 フィノは、今口にした人物が待っているとは思いもしなかった。

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