カイとディアン
「おや?」
手を振る人物には当然見覚えがある。
「やっと会えました、ディアンさん。お招きいただいたのに、なかなか会えないので心配していましたよ」
「ちっ! そういう事か。手荒い歓迎で悪かった。色々と手違いがあってな」
「そうでしたか。申し訳無いんですが、招かれた本人は今は壁の外です」
赤毛の美丈夫を示唆する。
「知ってる。積もる話もあるし、この先の料理屋で飯でも食わないか? お詫びに奢ろう」
「では遠慮なく」
二人の女性の頷きを受けて、カイは快く応じた。
その料理屋には個室が有って、人の耳を気にせず話せる構造になっていた。
「済まなかった。早めに接触したかったのだが、
後頭部に手をやった黒髪に青緑の瞳の第三皇子は渋い表情を隠していない。
「この辺りからは遠ざけたのですか?」
「ああ、外してもらっている」
カイは店の奥、厨房の裏手に当たる辺りを透かすように見ている。
「
「……君には手出ししないように言い聞かせてある。
「そう思っていない方もいらっしゃるようですが?」
ディムザは顎をしゃくって見せる。
「あれは大丈夫、別の班だ。それに君に穴を開けられてから聞き分けも良くなったさ。助かったよ」
「あれは貴方の目でしたか」
「この件が終わるまでは動かさないから安心してくれ」
それは無理な注文だとカイは思った。
「どうやら大体事情も知られているみたいだな?」
毒見役を買って出るように、運ばれた料理を口にしながら言う。
「こちらにも事情通の味方は居るのですよ」
「うん、こっちの彼女は初めてだ。よろしく」
灰色毛皮の美猫にウインクを送る。
「よろしくにゃ、
「それは良い情報だ。しっかり頭に刻んでおくよ」
ファルマは気軽に料理に手を伸ばしている。取り出したロッドを膝の上に置いて、警戒の視線を送っているフィノとは対照的だ。
料理を頬張っているのには変わりはないが。
「実は、君には捕縛命令が出ている」
何でも無いような口振りでとんでもない事を切り出す。
「やっぱり! カイさんの『神
「名推理だったね、フィノ」
「んふー!」
犬耳娘は自慢げにヒゲをぴくぴくとさせている。
「そんな事、フィノがさせませんですぅ!」
「心配しなくたって、俺もこんな人の多いところでそんな無謀な事をしたりはしないさ」
今はそうと分からない服装の第三皇子は「何と言おうが我が臣民を犠牲には出来ないからな」と手を振りながら添える。
「でも、一部の者は無茶をしてでもと考えているようですね?
「これは耳が早い。街中で軽々しく口にしていい名前じゃないんだがなぁ」
「被害者にはその権利くらいは有るでしょう?」
苦笑いで認めるディムザ。
「俺達は次期皇帝の座を巡って競い合っている」
カイが窺うとファルマは頷き返した。
「失点の多かったマークナードは半ば暴走状態だ。誰がどれだけ犠牲になろうがもう気にしないだろう」
「追い込み過ぎましたか?」
「いや、元からそんな性格だから君達の行動が大きな原因になっている訳じゃない」
気休めにはなっても結果は変わらない。
「分かりました」
「だからあまり早まった真似はしないで欲しい。ここが焼かれたら東方はどうなるか分からない」
「ええ、もう
テーブルの上に組んだ手に顎を乗せた
「俺は連中の言う事などまともに聞くつもりなどない」
ディムザは囁くように思いも寄らない台詞を口にする。
「ですが、彼らには不相応なほどに発言力が有るのでしょう?」
「無視は出来ない。帝位を手にしなければ成し得ない事がある。だから今はあんな謀略家気取りや狂信者どもにも表立って楯突くわけにはいかない。汲んでくれ」
僅かとは言え苦しい胸の内を吐露した彼に、カイは微笑んで見せた。
「僕も市民が巻き添えになるほど暴れる気など毛頭有りませんよ。狙いは本人だけです」
「助かる。さあ、食おうぜ。せっかくの料理だ」
「食べてるにゃ」
いつの間にか空になっている皿もある。
「うお、マジか!」
「話に夢中だからお腹減ってないのかと思ったにゃ」
「美味しかったですよぅ」
男二人は失笑を交わす。
「良し、負けていられないな。おい、主人!」
扉を開けたディムザは大声で追加注文をするのだった。
◇ ◇ ◇
チャムは通話を終えた遠話器を隠しに戻した。
「ディムザの奴、居たんだな。もしかしたら居ねえのかと思ったぜ」
会話から何となく察したトゥリオは、肉を切る手を止めずに言う。
「名前を使われただけじゃなかったみたいね。ブルーもいらっしゃい!」
周囲の警戒がてら、野草をついばんでいた
正直、肉を前にすると焼いて食べたい衝動に駆られる。しかし、煙の上がる料理をする訳にはいかない。
ここしばらくはシチューを初めとした鍋料理ばかりで食傷気味。色々と味で小細工してはいるのだが、いかんせん食感に変化を付けるのは限界がある。大きく移動するのではない為に野草の植生にも変化はなく、それで味の多様性は得られない。
思いがけずに分断された為に、食材はチャムが『倉庫』に納めていた分しかないのだ。今のところ派手な狩りをする訳にはいかず、状況的に利用価値の低い木弾を使って小動物をプレスガンで狙うか、セネル鳥に狩ってもらうしかない。
それでも何とか遣り繰りしてきたのだが、そんな苦労も後しばしの我慢で済みそうだと思っている。街壁内のカイ達がもう最終の詰めに入っていると話があったからだ。
合流したらこんな業腹な都とはさっさとおさらばするに限る。そうしたらまた、カイの料理を食べられる。その
「何か
食事をしながら、通話で聞いた会話の内容をトゥリオに詳しく話す。
「そりゃ奴もこんなでっけえ国の第三皇子だぜ? 色んなもんを背負い込んでいるもんだろ?」
「だからって無辜の民を巻き込むような策略を正当化していいなんて思えないわよ」
「まあな」
大男にもそれは否定出来ない。
「イエロー、リドのところに食事を運んでくれない?」
チャムは食休みを済ませたセネル鳥にお願いをした。
◇ ◇ ◇
ラドゥリウスのある南のほうを重点的に見張っているリドの元へ、イエローが食事を運んできた。
「キュ!」
あいにくの生肉だったが、軽く塩がしてある辺りがチャムの気遣いを感じさせる。
「ちるちー」
「キュキュッ!」
両の前肢で持ち上げて齧り付く。
「ちゅー……」
想像するだけで切なくなってきた。
「ち?」
「キュ?」
だが、そんな事も言っていられない事態が起きている。
「ちー!」
闇の彼方に居並ぶ魔法の灯りを発見して、リドは驚嘆した。
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