網の中

 元騎士の一人は周囲を眺め回して溜め息を吐く。

 完全に暗闇に閉ざされた平原は、魔法の灯りをもってしても数ルステン数十mも見通せない。


「おい、こんな状態で魔獣に襲われたらただじゃ済まないぞ?」

 闇を見通そうと目を凝らしていると、そこから何かが飛び出して来そうで気味が悪い。

「何ビビってんだよ。見てみろ。こんな人数が居れば魔獣だって近寄って来るもんか」

「そう言われればそうなんだがな」


 夜闇の中をかなりの人数が横並びに光輝ブリリアントを従えて行進しているのだ。よほど腹を空かせた魔獣でもない限り、近寄っても来ないだろう。

 物音に敏感な草食動物である馬は、移動に使った後は一ヶ所に集めて繋いである。戦闘に及んだ時に恐慌を起こさせない為だ。


「それはともかくだ、本当に奴らは居るんだろうな?」

 彼らは全て女剣士達の捜索隊である。各国で英雄と称えられた元騎士や戦士、魔法士だったが、第二皇子マークナードに寝返った者達と、彼の手勢である諜報工作員で構成されている。

「だが、あの軍師殿の言によれば、この辺りに潜んでいるのは間違いないらしいぞ」

「その根拠っていうのが薄いように思えてならないんだが?」

「行方不明の捜索班がここいらで姿を消したって話だぞ?」

 確かに彼らは先ほどその捜索班の馬の残骸を発見していた。

「あれ、食い荒らされてたじゃないか? 狼か犬系魔獣にやられたんじゃないのか?」

「あいつらの死体は一つも見つかってないだろ? そこが余計に怪しいって言っているらしい」

「軍師なんて、相手のやる事為す事いちいち疑うのが仕事みたいなもんだろ? 勘違いって可能性も」


 頼るべき頭脳の筈だが、彼らは協調性に乏しい。

 ほとんどが亡国の徒である。お互い、母国を帝国に滅ぼされたのには変わりはないが、母国同士がいがみ合っていたケースも少なくない。その上、それを離間策に使われて、余計に険悪な状態のまま終わった国も片手では足りない。

 そうなれば、今は同じ目標を示されていても、共闘しようという思いも薄ければ信頼など望むべくもない。それが彼らの実情である。

 鷹揚な姿勢を演じて見せるマークナードだが、その辺りが理解出来ないのが人心掌握に欠けるところと言える。


「やれって言われりゃ今はやるしかないさ。他に当ては無い」

 話を聞いていた大剣を担いだ戦士が肩を竦める。

「確かにな。無駄足になったとしたって構いやしない。連中みたいに痛い目に遭う事はないだろう」

「だな。たった二人に十五人もの班がやられたって言うんだからな。情けねえ」

 反撃を受けて敗退した捜索隊が肴にされる。

「不意打ちだったんだろ?」

「不意打ちっつったって、魔法士もいなきゃ、あの魔闘拳士もいないんだぜ? 今は中で暴れてやがる。それに比べりゃこっちは女剣士の訳の分からない遠隔攻撃だけだ。楽勝だって」

「ま、そうか」


 話しながら歩く彼らの前に、鬱蒼とした森の姿が浮かび上がった。


   ◇      ◇      ◇


「どうしてここが割れたの?」

 チャムの中には疑問しかない。


 慌てて駆け戻ったリドとイエローに連れられて様子を見てみれば、彼女らを半包囲する光輝ブリリアントの輪が見える。完全に居場所が割れて包囲を受けているようにしか見えない。


 実はこの時、捜索隊側は横並びに歩いているだけだった。

 夜闇を透かして見る光明は距離感を著しく削ぐ。ただ並んでいるだけなのに、彼女の抱く焦燥感が半包囲されているように感じさせているのだ。

 それも思惑なのが軍師の計算高い部分だが、チャムにはそれが分からない。


「これは完全に網の中よ。トゥリオ、やるしかないわ。包囲が厚くなる前に仕掛けるから」

 睨み付けつつ覚悟を決める。

「そりゃ構わねえが明かりをくれよ。これじゃ相手が何持っているかも分からねえ」

「それは向こうだって同じ。あんたの剣が届く範囲に近付けば得物も自ずと知れるわよ」

「無茶言いやがる」

 赤毛の大男は顔を顰める。

「心配しなくたって、接敵したら向こうが十分に照らしてくれるから。いい? この暗闇で連中が一番怖れるのは同士討ち。こっちは当たるを幸いぶちかましてやれば良いのよ」

「おいおい、その頭の悪さは他人の事言えねえんじゃねえのか?」

「言ってなさい」

 トゥリオの指摘は、彼が恐怖に駆られていないのを感じさせて、チャムは少し安心した。


 闇の中、二人は駆け出す。包囲が完成するまでにと右の端部に食い付こうと走る。ところがなかなか敵が見えない。ここでチャムは自分の失敗に気付いた。


(やってしまった。こいつら、包囲態勢に入っていない。こっちの位置を掴んでいないから、誘い出すのに並んで歩いているだけなんだわ)

 それを悟ったとしても今更後には戻れない。

(このまま仕掛けるしかない。突き破って抜ける!)

 敵は魔法の明かりで自分の位置を知らせてくれている。闇に潜んで隊列を切り裂きつつ各個撃破を狙う。


 目標は見えている。並ぶ頭の周辺に向けてプレスガンを連射。相手がこれほどの数を揃えてきた以上、加減など不可能。

 物言わぬまま二人が倒れ伏す。が、発射音は襲撃を悟らせてしまう。


「来たぞ! 掛かった!」

 叫び声が上がる。

(掛かった? ここまでは予定通りって訳ね)

 網に掛かった獲物を押し包んで来ようとするだろう。

(その前に抜ける)

 チャムとトゥリオは突っ込んでいった。


 捜索隊が追従型光輝ブリリアントを浮かべたまま大きく移動する。彼らから向かって左側の端部が接敵を果たしたので、右の隊列が押し寄せる形になる。その過程でどうしても集団が形成される。

 セネル鳥せねるちょう達にはそこしか狙い目が無い。鳥目の彼らでは夜間の近接戦闘は無理。足元の凹凸で転倒すれば命取りになる。

 光る集団に向けて紅熱球を斉射する。パープルは雷電ビームで薙ぎ払い、数を削りに掛かる。しかし、捜索隊にも腕利きの魔法士がおり、魔法散乱レジストで損害を最小限に防がれた。

 数斉射したら速やかに移動する。一ヶ所に留まれば矢の狙撃や魔法の反撃を受けてしまう。ここはチャム達が敵と乱戦になるまでの勝負。時間との戦いだった。


 照らされている範囲に入ると同時に、深く踏み込み斬り上げる。腰から肩口を斬り裂くと、回転して横の戦士に斬り付けるが、その斬撃は剣で受けられた。

 盾の先を鳩尾に突き込むと剣身射出器ブレードドライバーを作動。腹部を深く抉られた戦士は膝から前のめりに倒れると大地をのた打ち回る。

 その身体を低く飛び越えて、振り下ろされる剣を頭上で弾き、胴を薙ぎつつ駆け抜けた。


 トゥリオも大盾で防ぎながら数名を倒しているが、その間にも敵勢は押し寄せてきている。事前に奇襲を受けた時の対応を決めてあったのだろう。

 殺到しつつある集団をセネル鳥達が魔法攻撃で撃破してくれていたが、十分には削り切れないまま、翼を広げるように包囲態勢に入りつつある。


 魔法の灯りが追加されて辺りが照らされる。背中合わせになったチャムとトゥリオは逃げも隠れも出来なくなった。

 こうなっては魔法の援護は期待出来ない。絶体絶命である。

 それを悟ったか、敵勢は余裕を見せて間合いを空けて包囲する。


「もう抵抗は無駄だぞ! 武器を捨てて投降しろ!」

 投降を呼び掛けられるが、二人は剣を下ろさない。


「トゥリオ、あれ、使うわよ」

 チャムは切り札の投入を決意した。

「良いのかよ? あいつの許可は?」

「この状況じゃ仕方ないでしょ?」

「しゃーねえな」


 青髪の美貌は、盾を握る手の指二本に魔力を込めて伸ばし、垂直に立てた右前腕、腕甲アームガードを肘から手首に駆けて撫で上げる。

 するとそこには、小型の魔法陣と上下に更に小さい従魔法陣が輝線で浮かび上がった。


重強化ブースター!」

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