街壁外の二人
チャムとトゥリオは腹這いになって茂みから観察する。そこには騎馬を中心にした捜索隊。もちろん、捜索されているのはチャム達であろう。
昨夕は川向こうを一団が通り過ぎた。
二人が潜む森のほうを
今朝方は北に向かう一団の姿が見られた。かなりの人数が捜索に駆り出されているのが分かる。
「このままじゃ網に掛かっちゃうわね?」
後ろから「キュルキュー」と応えが有る。
もちろん背後で伏せている
「
不思議そうに尋ねてくる。
「向こうだって私達が移動を繰り返しているくらい分かっているわよ。一回調べたところには居ないなんて考えている訳無いでしょ!」
「キュルルルルル」
「笑うなよ」
ブラックの鳴き声に突っ込む。
この森にやってきたのが
これ幸いとばかりに彼らは気配を殺して捜索隊を追跡する。相手も既に捜索した方向から尾行を受けているとは思わなかったようで、そのまま捜索を終えて立ち去った。
多少は時間が稼げると思ったチャムは、その森への潜伏を決めたのだが、これほど周囲をうろつかれるとなると、早晩再捜索の対象になるだろう。
「カイのほうは間諜組織が嗅ぎ回ってるみてえだな?」
昨晩の通話で、街壁内の三人の様子は聞いていた。
「例の
「出鱈目な連中だな。あいつに手ぇ出して、ただで済むと思ってんのかよ?」
『僕個人を狙っているうちは様子を見るよ。チャム達に手を出せばどうなるか、痛い目には合わせておくけどね』
あっけらかんと、そんな事を言って寄越した。
どうやら今回は実行組織である
「もう! カイはいつも自分の事に頓着しなさ過ぎなのよ!」
姫様は引き続きご機嫌斜めである。
「それを俺に言うなよ。それより、その所為でこっちの追手が増えちまってるんだろうが?」
「だからのんびり構えてたら包囲されるって言っているんでしょ!」
薄い網ならこまめな移動で抜けられるものと当初は考えていたのに、捜索隊の数が増えた所為で無闇な移動は遭遇戦になる危険を孕んできた。
そんな理由で移動を控えていたのだが、様子を見る限り動かなければじりじりと追い込まれるだけである。
「仕方ないわね。連中を襲うわよ」
しばし、思案をしていた彼女は大胆な意見を出す。
「おいおい、自分から居場所を喧伝してどうするよ。追い詰められんぞ?」
「こっちの姿が見えないから浅く広く捜索されてんのよ。そんな状況じゃ一ヶ所に留まる訳にはいかないでしょ?」
その対策として意図的に発見させるのだと言う。
目標の潜伏場所が特定出来ないから捜索範囲が広がっているなら、どこかに的を絞らせるように立ち回ればいい。その第一歩としては接触するのが手っ取り早い。
「良い? 出来るだけ殺さない。理由は分かるわね?」
トゥリオにはもちろんのこと、セネル鳥達にも念を押すように言う。
「ああ、報告させんのが目的なんだから、生きて返さなきゃいけねえんだろ?」
「はい、ご名答。行くわよ?」
「ちっ、俺は
それぞれが騎乗すると、パープルとイエローを従えて森から出る。リドにも今は何とか起きてしがみ付いておくように言い付ける。
移動の為に何気なく森から出てきたように装い、接近してきた一団に向けて驚いたような演技をする。すぐさま首を巡らせて逃走に移ると、誰何しつつ追跡してきた。
「掛かったわよ。適当に逃げたら反転してひと当てするわ。半分くらい動けなくさせなさい。そうすれば追えなくなるから」
指示を飛ばすと「へいへい」と返事をする赤毛の盾士。
「やれやれ、遣り口が誰かさんに似てきたぜ」
「あら、それは誉め言葉よ? 戦上手になってきたって意味だもの」
手綱を持ち手に絡めて放すと、腰の剣を抜き放ち左腕に盾を展開する。右の脇から後ろに向けると雑な狙いで鉄弾を
幾つかの悲鳴と馬のいななきが上がり、後ろを窺うと落馬する姿も確認出来る。パープルとイエローが先に反転して左右に展開すると、チャムの駆るブルーとトゥリオのブラックは呼吸を合わせて反転した。
逃げ切れなくなって反転攻勢に出たのだと見せかける。
大盾を翳した大男に先行させると、その間に
この一団は戦士崩れがほとんどを占めている。或る意味、だからこそ狙い目だと思ったのだ。
相手が諜報工作員では、損害を与えても無視して襲ってくる可能性が高い。しかし、戦士は違う。負傷者を出せば庇う姿勢を見せたり救護を優先させたりする。チャムの意図するところにちょうど良いのだ。
「抵抗するな! さすれば手荒な真似はしない!」
投降を呼び掛けてくる。
(今更? なんだかんだ言っても横の繋がりが無い。中でお仲間がどんな目に遭ったか知らないわけ)
呆れが先に立つが、それで容赦はしない。
トゥリオが真正面から当たっていき、仰け反らせたところへ大剣を突き入れる。相手は半身でいなしたつもりのようだが、切っ先は外せても刃は脇を捉え、鎖帷子ごと斬り裂いた。
堪らず押さえながら退こうとするが、その馬の首にはブラックの牙が食い込んでおり、痛みで棹立ちになると大地に叩き付けられた。更に数本は骨が折れただろう。もう戦闘不能だ。
トゥリオが当たったと同時にその影から出たチャムは集団に向けてプレスガンを数射し、怯ませつつ前に出る。盾を正面に掲げたまま突進する戦士に肉薄すると、手首のスナップを利かせて軽く振り抜いた。
剣閃が走ると盾の下半分が斬り落とされ、更にその裏の前腕部もぱっくりと口を開ける。奥歯を食い縛って悲鳴を殺し振り下ろしてきた剣を横から弾いて、空いた身体に斜め下から斬り上げる。わざと踏み込まずに浅く斬るが、もう出血が多くて戦えまい。後退するに任せた。
接敵すると同時に後方から左右に展開しようとする相手には、いきなり紅熱球が襲い掛かる。足元に狙いを定められた炎系魔法は地面に炸裂して衝撃波と高熱を撒き散らした。
まともに食らった戦士達は馬ごと横倒しで動けない。その奥に控えていた魔法士らしき女の馬にパープルとイエローが挟撃を掛け蹴り倒す。落馬した魔法士はイエローに噛み付かれると泣き叫んで助命を請う。
「離脱!」
更に何名かを戦闘不能にすると、チャムは高らかに叫んだ。
瞬時に反転したセネル鳥は一気にラドゥリウスから離れる方向、東へ走り去る。
やはり十分なダメージを与えれば、戦士達はそれ以上は追撃してこない。ただ、混じっていた諜報工作員らしき女が尾行しようとする素振りを見せた。
ブルーの鞍上で、後ろ向きに片膝立ちしたチャムがプレスガンで狙撃して落馬させる。
青髪の美貌は鼻息を一つ吐くと、元通り鞍に跨った。
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