子守歌

 はっと気付いた青髪の美貌に手を引かれ、愛鳥パープルに背中を押されてカイは戦団の外れ、非戦闘員が待機している辺りまで連れていかれる。戦えない女性や子供達の万一の為に警護に付いているリドも駆け寄ってきた。


 着替えさせられ血をを拭い取られると、身を横たえさせられる。頭の下にはチャムの膝があって、寝心地は極上。


「本当にごめんなさい。あんな聞き分けの無い輩だなんて思ってもなかったの」

 あまりに申し訳なかったのか、珍しく言い訳が口をつく。

「仕方ないのかもしれないよ。あれでも本気なんじゃないかな?」

「そんな訳……」

 チャムには我儘を誤魔化しているようにしか聞こえなかったが、彼は違う見解を示す。


 暁光立志団の構成メンバーはおそらく、ずっと魔獣狩りだけをやってきたのだろう。戦闘系の冒険者には少なくない部類の人々だ。

 従軍依頼などは受けないので集団戦闘の経験が浅い。それでも冒険者ギルドなどで従軍系の冒険者とも交流がある。そこで戦場での話も耳にする。

 にわかな知識しか無いのに、それだけが印象に残り真実だと思い込む。全体の流れは見えず、実践だけしてしまうのだ。


「さっさと放逐してしまうべきよ。自分達が味方を殺している自覚も無いんだわ」

 今陽きょうは前回より戦死者が多い。少し強引な離脱を行った所為だろう。

「チャムも一度受け入れた以上は責任を感じているんでしょ? 途中で投げ出すと君の中にしこりが残るよ」

「私の事は良いの。命には代えられないのよ」

「その辺は少し考えが有るから心配しなくていいよ。鬱憤は溜まるだろうけど、ちゃんと面倒見たほうが気持ちに決着が付くんじゃない?」


 今後、彼女が治める立場になる上で、今回の事が悪影響を残しては困ると思う。迎える者を信用出来ずに透かし見るようになっては、相手にも伝わってしまう。それでは女王に信を置く人々は増えていかない。

 だが、どんな結果に終わろうとも、向こうから離れない限りは付き合う事で双方納得出来る別れ方は出来るだろう。今は我慢の時だと彼は説いた。


「頑張ってみる。でも、もう少しいい結果の出るやり方も有ったんじゃなくて?」

 前髪が梳き上げられて目と目を合わせてくる。

「いい結果?」

「ゼルガ戦隊だけを先行させて本陣を襲えば、連中を救援している間に勝負は付けられたんじゃないかしら?」

「うん、それで勝ちを拾えた可能性は高いね」

 選択肢の一つだったので、容易に肯定出来る。

「でも、駄目」

「どうしてよ」

「最悪の想定が捨てられなかったから」


 デュクセラ辺境伯を少数で討ち取った場合、領軍は単純に負けを認めない可能性もある。ゼルガ戦隊を包囲して人質に取り、商都フォルギットへの撤退の保証としようするかもしれない。そのままでは怨恨での殲滅戦に移る恐怖を領兵達は捨てられない為に、その暴挙に出る道を選ぶ可能性を捨て切れない。

 その後の展開もカイには面白くない。フォルギットに帰投した後も、攻め込まれるのを厭い、ゼルガやチャムの身柄を確保して放さなくなる事態が想定出来る。それが最悪のシナリオだと説明した。


「大軍を前にする僕らは、基本的には一団で行動するしかない。それでこその脅威であるからね」

 その深慮に彼女も納得してくれたらしい。

「あの一瞬で、良くそこまで考えるものね」

「今は司令官でいようとしているからさ」

 そうは言うが、彼はチャムを孤立させるのが怖ろしいのだろう。

「頑張った司令官は少しお眠りなさいな」

「うん」

 愛情が心に染みて、口をついて出る。



♪天の光差し込む地に 降りし賜うは小さな命 健やかに健やかに 願いは天に響き渡らん


 可愛や可愛や我が愛し児よ ともに穏やかなる道を歩まん


 光溢れる永久とこしえの その未来さきにある魂の海に いつか還るそのまで ともに生を謳歌せん 神の望むそのままに



 美声が朗々と響き渡る。


 カイの意識はその中を揺蕩たゆたうように落ちていった。


   ◇      ◇      ◇


「はぁー、聞き惚れちゃいますぅ」

 非戦闘員の陣地を見回せば、母親に縋って安らかに眠っている子供の姿が目立った。


「なんつー寝顔してやがる」

 子供のように無邪気な笑顔で黒髪の青年は寝息を立てている。

「えれえ寛容だと思ったら眠かったのかよ。本当に疲れてたんだな?」

「疲れてたのは確かでしょうけどそんな理由じゃないと思いますよぅ」

 フィノは首を振っている。

「あの人達は理不尽に誰かを傷付けたのではないですからぁ。それどころか善意も一部混じっていますぅ」

「それだけにタチが悪ぃってのもあるがな」

 トゥリオはまだ憤懣やる方ないという風情である。

「そんな人を咎めたりはしませんですぅ。カイさんは一貫していますからぁ」

「だろうな。ただ幻滅しただけだ。チャムの顔を潰したのは気に入らねえだろうがよ」

「手を上げない限りはきっと責める事はありませんですぅ」

 チャムも青年の胸元で丸くなっているリドを撫でながら言う。

「そうね」


 この男は『力ある意志』である。謂わば理念の塊だ。感情や利己を極力廃しようとする。そうしなければ、自分がただの破壊者になってしまうと一番良く知っているから。

 そんな男が自分にだけは執着を見せる。申し訳ないと思うと同時に誇らしくて仕方がない。ならば、彼が守ってくれる分だけ彼を癒そうと思う。心の霧がほとんど晴れたチャムに出来るのはそのくらいだ。


「だがよ、連中は一遍痛い目合わせとかねえとこれからも足を引っ張られるぞ?」

 トゥリオは渋い顔で頭をがしがしと掻く。

「カイさんは何か考えるとおっしゃってましたけど、そう簡単に行動を改めるとは考えられないですぅ。だって善行のつもりなんですもん」

「まあな。チャムが神使の一族だって知るとめちゃくちゃ反応してやがったからな。たぶん自分達が正義を行っていると勘違いしてやがる」

「本当は私が追い払うべきなんでしょうけど、この人は駄目って言うし」

 チャムの正義も人類正義にしか過ぎず絶対的な正義などではない。それを分からせる何かが起こらないと難しいだろう。


「そんな風に言ってやるものじゃないにゃよ」

 麗人の背中にずしりと重みが掛かり、後ろから首元に手が回る。

「チャムのやる事は全て正義だと思っているのにゃ」

「あいつらの目は節穴なの? 今陽きょうだけでも私が何人斬ったと思っているのよ。これはただの戦争よ」

「団長の目には、天から舞い降りた美しき神の遣いが悪に裁きを下しているように映っているんにゃよ」

 剣を片手に豊かな薄絹を纏った女剣士が、光の粒を放ちながら戦場を舞っている姿をトゥリオとフィノは想像する。

「うへぇ」

「どういう意味よ!」

 あらぬ想像の的にされた彼女は、手元の草をちぎって大男に投げつけた。


「フィノだって同じにゃ」

 妄想に顔を赤らめて俯いていた犬耳娘は自分に飛び火して目を剥く。

「止めてくださいよぅ」

「きっとチャムの後ろで、サッと手を振るだけで奇跡を起こす魔法の守護みたいに見えているんじゃないかにゃ?」

「ひゃうわん! そんなの恥ずかしくて死んじゃいますぅ!」

 膝に顔を埋めてゴロゴロと転がっている。


「俺も勇壮な戦士に映っているのかよ?」

 フィノの様に失笑しつつ、赤毛の美丈夫が言う。

「ん? トゥリオは二人が乗ってきた馬車にゃよ。悪をガッツンガッツン撥ね飛ばしているにゃ」

「どうしても俺は物なのかよ!」


(この人はどう思われているのかしら?)

 安らかな寝顔の頬を撫でる。

(冷徹な人非ざる存在もの? 彼を魔人と呼ぶ人々にはそんな風に映ってしまうんでしょうね?)


 チャムはどれだけ時間を掛けてもそれを払拭したいと願った。

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