反転脱出
トゥリオとフィノはすぐさま
「なにバカやってんだ、手前ぇら!」
横手から迫る兵士に大盾越しに体当たりをすると、手足を妙な方向に折り曲げて宙を舞う。それで怖気付いた兵士が後退って少し空間が出来た。
「とりあえず止めますぅ!
暁光立志団が形作っている戦列の外側、いくらか離れた場所から扇状に衝撃波が放たれ、兵が吹き飛ばされて転がる。残兵は背後で起こった事態に気を取られて打ち倒されていった。
(どうするよ? こいつらの首根っこ引っ掴んで引き摺ってでも連れていくか?)
それから本陣を襲えば勝負は付くはずなのだ。
「カイの指示! 敵右翼を攻撃!」
追い付いてきたハモロが叫ぶ。
「あっちだと? 本陣は?」
「もう遅い!」
見れば、敵左翼陣と中陣の左端が後退して本陣への道を閉ざしてしまっている。
「ちぃっ! 完全に失敗じゃねえか! 逃げるしかねえ!」
「フィノさんを後ろへ。魔法無しじゃ突破出来ない! 魔力は大丈夫?」
「平気ですぅ」
刻々と状況は悪くなっていく。右翼陣も中央を割るようにして騎馬隊が裏側に出て来つつあった。
「ぶち当てるぞ! お前ら、さっさと騎乗しろ! それともここで死にてえか!」
「む! 皆、騎乗しろ」
周囲を確認して状況を把握したゼッツァーの指示で暁光立志団の面々も騎乗する。
「ハモロ、フィノを頼めるか? 俺が穴を開ける。そこを抜けろ」
「そんな! ダメですぅ!」
「時間が無い。聞き分けてくれ」
獣人魔法士も、必死の形相をする男を止めるのは躊躇われた。
「行くよ」
しかし、それも杞憂に終わる。
「待ってたぜ!」
「遅れないでね?」
「任せろ!」
白ずくめの青年と赤髪の戦士は疾風と化す。
「
躊躇いも無く強化魔法を使ったカイに、トゥリオは状況の悪さを再確認した。
◇ ◇ ◇
結果的には離脱は成功する。だが、無傷の右翼陣を断ち割るのはかなり力任せだった。
先導をパープルに命じたカイが飛び降りて敵陣の真ん中で擦り抜ける戦団をフォローする。
大怪我を負って落鳥した者に駆け寄り
大混乱の最中を駆け回っていた。
「カイ!」
先頭を形成していた一団をチャムが率いてやってくる。
「私も……」
「行くんだ! 急いで!」
「でも!」
青年は既に血塗れである。ほとんどは敵兵や負傷した味方のものだろうが、疲労は計り知れない。
「これが抜けたら僕も逃げる! 早く!」
「ごめんなさい!」
加勢したい素振りは見せるが、それでは足を引っ張ると分かったようだ。
彼も最後尾を騎鳥と変わらぬ速度で走る。突き込まれ振り下ろされる刃を弾きながら疾走する。
各所に小さな痛みを感じるが構ってもいられない。僅かな時間のはずなのに長い長い嵐の中を抜けている気分になる。
だがそれも終わる。獣人戦団の縦陣は何とか全てが敵陣を抜けた。
そこで止まって振り返る。追撃を掛けようと武器を振り上げている兵士の一群が見える。しかし、誰一人として踏み出せるものはいない。
そこには怖ろしい量の闘気を放散している一人の男がいたからだ。
◇ ◇ ◇
(痛み分けというところか)
使い過ぎで熱を持つ額に当てた手が冷たさを伝えてくる。そちらは緊張で血の気が引いているのだろう。領軍の参謀の男は、皮袋の水を飲み干してひと心地ついた。
デュクセラ辺境伯は獣人軍を敗走させたのがご満悦なようで、被害報告にも寛容に応じている。だが、その内容に彼は頭を抱える。
戦死者、重度な負傷者がかなり多い。中でも痛いのが魔法士部隊の損害である。死者も多いし魔力は枯渇している。衛生部隊が負傷者を連れ帰っても治癒の魔法を使える者がいない。
負傷者の大部分はフォルギットに送り返すしかあるまい。そうなると、概算で戦力は三万を割るだろう。
今回の戦闘でも、戦術的には敗北を喫している。それどころか、あのままであれば自分も主君も討ち取られていただろう。敗北は必至だ。
獣人軍内部の確執は好材料だが、これで魔闘拳士が名将でもあると判明した。
実際の損害は軽いであろう獣人軍に、三万以下の軍で勝てるものだろうかと頭が痛い。それでもオルダーンは戦いを止めはしないだろう。
何か策を打たねば自分の命も危うい。しかし、魔闘拳士は常道など洟も引っ掛けないように奇策を打ってくる。対策の練りようもない。ならば現場で奇策を上回る対処をするしかないだろう。
頭痛は深まるばかりだった。
◇ ◇ ◇
「いったい何を考えているの!? あんた達は!」
離脱に成功し、再び離れた位置に舞い戻った戦団を貫いて、暁光立志団のもとに駆け寄ったチャムは開口一番責め立てる。
「何と申されましても、我らは必要と思った位置で戦っていただけですが?」
ゼッツァーはどうして責められているのか分からないという風だ。
「必要? 何を言っているのか分からないわ」
「戦場に於いては退路の確保も重要と聞いた事があります。神使のお方を危険な状況にする訳にはいかず、我らは懸命に努力していた次第です。さすがに数百程度の人数では何とも致しがたく上手くいきませんでしたが」
「退路……」
彼女はがっくりと項垂れる。
「そんなものが必要? あのまま本陣まで寄せて大将首を取れば終わりなのに逃げ道を用意しておかないといけないの? 何をどう考えればそうなるの」
「そうなのですか? 我々には戦争の決め事の細かい部分は疎くて分かりかねますな」
「それなら、せめて集団行動を乱さないようにとか考えなさいよ」
その意味は理解出来たようでゼッツァーも口ごもる。
「何だよ、この女。団長がせっかく気を遣ってやってんのに。ちょっとお綺麗な面立ちだからって鼻に掛けやがって」
「何ですって!?」
「止せ、ロドロウ。我らにも落ち度はあった」
団員の一人が舌打ちとともに暴言を投げ付ける。それには戦団の獣人達も気色ばむ者が現れて、荒れた空気が流れ始めた。
「だったらよー、これが戦争で命令に従えってんなら、その責任はそっちの大将にあるんじゃねえのー? 俺らにも分かるような命令出してくれねーと分かんねーし」
指差す先にはパープルの背に乗って戻ってきた黒髪の青年の姿がある。
さすがに我慢し切れず、トゥリオはその冒険者の胸倉を掴んで吊り上げた。
「手前ぇは自分の尻も拭けねえガキか? 一遍ぶちのめされねえと分かんねえなら俺がやってやろう」
「止めよう、トゥリオ。仲違いをしても意味は無いよ……。そうですね。ここは戦場で、あなた方に適した指示を下せなかった僕に責任があります」
「放せよ! 大将がああ言ってんだろーが!」
怒気に染め上げられた大男の腕をロドロウと呼ばれた男は振り解く。
「次はあなた方の働き場所も考えておきます。今はわだかまりを胸に納めて、身体を休めておいてください」
大きく息を吐いて目を瞑るが、すぐに冷たい視線が彼らを射抜く。
「ただし! 連れてきた獣人の人達はこちらで引き受けさせていただきます。これは譲れません。協調を旨とする彼らには戦い方が合っていません」
「う、まあそうかもしれないな。そちらに任せよう」
彼らが仰ぐカイを責める暁光立志団と、同じ一団を作り上げる獣人達にも険悪な目が向けられていた。チャムが見逃していたその怯えを彼は見過ごしていなかった。
「彼らはロイン戦隊で引き受ける。いいね?」
金髪犬娘は手を挙げる。
「はいは~い。じゃあ、こっちね~」
「屈託の無いあの子なら適役でしょうね」
背中に手を当てた麗人にカイは微笑み返してくる。
「ごめん、休むよ。ちょっと疲れちゃった」
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