王子の葛藤
「思ったよりは上手に立ち回るみたいね。ただの小娘ではないということ?」
ナミルニーデを評して、アヴィオニスはそう口にした。
周到に準備されてきた計画であろう事は容易に察せられる。
まず、見事に同時多発的に市民を暴発させたのが、そう推察する理由に挙げられる。それだけで対応の難易度は跳ね上がっていた。
そして、或る程度は制御が利いている辺りからも窺える。ただ暴発させただけなら勢い任せに暴動に発展してもおかしくはないのだが、そうはなっていない。おそらく、方向性を示す者が要所要所でその役割を演じているからなのだろう。それだけの人員がそれぞれに配置されていたという意味だ。
「出ますか?」
沈静化の為に、表立って前に出るかというカイの問い掛けに王妃は首を振った。
「一つひとつ火消ししていくのは難しい。鎮火させたと思ったところが再燃するのは目に見えているから」
「そうでしょうね」
元から断つしか完全鎮火の道はない。扇動役を押さえなければそれは適わない。
「静観します。じきに報告が上がってくるわ。詳細を纏めて全体把握に努めなさい。抑えどころを狙うか、全体を相手するかはそれから決めます」
「はっ!」
アヴィオニスの指示に、臣下は応じる。
「あっちは?」
一段落したところで、声を抑えたカイが尋ねる。
「泳がせる。無理しなくて結構よ。これだけ騒がしいと見えないでしょ?」
「正直、無理ですね」
「そう時間を掛けるつもりはないから問題無いはず。一気に首根っこを押さえてやるから」
王妃の方針に、勇者王もカイ達も首肯した。
◇ ◇ ◇
城門外の喧騒は王宮の奥まで聞こえて来ていた。それは夜になっても鎮まらず、王子ルイーグを不安にさせている。
(こんなの起こった事なんてなかったのに)
焦燥が少年を苛む。
(こんな事が起こる国ではなかった筈なのに。あの妙な連中がやって来てからラムレキアは変になった)
宮廷人との諍いは彼の耳にも入っている。それが飛び火して城門外が燃え上がっているのもおおよそは承知している。今、批判の的になっているのは母のようだった。
母アヴィオニスの政策は非の打ちどころがないと思えるほど国を良くする方向に働いていたし、その予想は予言ではないかと思えるほどに正確無比だと思えた。彼から見れば完璧な政治家であるように見える。
なのに、それが独断専行を問われるとは嫉妬の結果としか思えない。
(確かにごり押しするところはあるけれど、結果は伴って来たから誰も問題には思っていなかったんじゃないのか?)
それは少年の誤解である。結果が伴おうが、不満を持つ者は持つのだと理解出来ない。
大人なら、職務上の不平不満など割り切れる筈だと考えているのだ。成長途中の真っ直ぐな思考は、複雑な心理に思い至れないでいる。
(父はチャムの剣の腕に惚れ込んで傍に置いているだけ。母はあの男の生み出す珍しい物と発想に現を抜かしているだけ。本来の職務には励んでいるのに、そこだけ拾われて非難の的にされている)
それが正常だとルイーグには決して思えない。だが、現実がそうなのは曲げられない。彼には曲げる力もない。
「なら、遠ざけるしかない。このままじゃダメだ」
「ご相談なさってはいかがですか?」
ハッと振り向くと王宮メイドが心配げに彼の様子を窺っている。
「僕は…、声に出していた?」
「ええ。ですが、大変思い悩んでいらっしゃるご様子に胸を痛めておりました。微力ながらお助け出来ればと…」
「伝手が有るのか?」
彼の懊悩を案じてくれているメイドに、少年は光明を見たように感じる。
「はい。宰相秘書官の方と懇意にさせていただいております。彼に頼れば、閣下と繋いでくださるのではないかと思います」
「頼めるか? 父母の周囲から害になるものを取り除きたい! それが伝われば民は解ってくれるはずだ!」
「お任せください。少々お時間をくださいませ」
とある空き室に通されたのは夜も深くなりつつある
「申し訳ございません、ルイーグ殿下。お立場上、私と親しくしているところを見咎められればお母上に叱られてしまうかと思いまして」
入室してきたルイーグに対して、一人で卓に着いていたクルファットは立ち上がり、腰を折りながら配慮を見せてくる。
「済まない。僕の悩みなどにかかずらっていられないほど貴殿も忙しいだろうに」
「いえ、王族の方に心安らかにいていただくのも臣の務め。ご遠慮など無用にございます」
殊勝な言葉に王子の顔は明るく輝いた。
悩みを相談できる相手にも困り、ただただ悶々とした
「それは難しいお話ですね」
勢い込んで全てをぶちまけるルイーグの悩みを、静かに頷きながら聞いていた宰相の言葉がそれだった。
「陛下にせよ王妃殿下にせよ今は新しいものに夢中になっておいでです。私が諫言をお耳に入れても、聞き届けてはくださりますまい」
「貴殿でもか。それじゃあ、僕が言っても子供の戯言と一蹴されてしまうだけじゃないか?」
「こう言っては何ですが、その通りかと」
王子の目には薄く涙が滲む。
「何か知恵を貸してくれ、ギアデ卿。このままでは我らが勇者王の国はおかしくなってしまう!」
「そうですね…」
瞑目したクルファットは考え込む素振りを見せた。
「殿下のお覚悟を確かめさせていただけますか?」
宰相はそう切り出してきた。
「覚悟? 僕に出来る事があるならやってみたい」
「今、城門外で市民が訴えているのは殿下がおっしゃった通りにございます。民や臣の言葉を省みる事無く独裁を続ける王妃殿下と、ひいてはそれを許す国王陛下の責任を問う主張まであると聞き及んでおります」
「そんなにまでか!?」
ギアデ侯爵は髭を整えながら、重々しく頷いて見せた。
「それは噂話から生まれた誤解であると殿下はご存知の事と思います」
「もちろんだ! 父王は国政をないがしろになどしてはいない! 口数少なだから誤解を受けるかもしれないが、母の立てる方策に耳を傾け、ご自分の判断で許可を与えていらっしゃる!」
真正面から政治と向き合うザイードの姿と、それだからこそ懸命に政策を練っては父を助けようとするアヴィオニスの姿は、幼い頃から日常のように接してきている。
「城門外の民は…、市民にはそれは伝わり難い関係なのですよ? でしたら、殿下が直接市民に伝えなくては理解を得られないと愚考致します」
「僕が? 市民に伝えるのか?」
「はい。現在、市民達は何らかの答えを求めて、ああも騒いでいるのです。決して勇者王陛下や王妃殿下の排斥を訴えている訳ではございません。ならば殿下がお答えを与えて差し上げてはいかがですか? そのお手伝いなら私にも出来ましょう」
それはルイーグを連れ出す為の甘い囁きだった。
「それは出来ない…」
しばらく黙って熟考していた様子のルイーグの答え。
「僕の拙い言葉では市民の説得など難しい。万一の事があったりすれば、父や母は本当に怒って市民に剣を振り上げてしまうかもしれない。それだけは起こってはいけない事なんだ。だから、誰か僕の言葉を市民に伝えられる人を選んでくれ。貴殿にはそれが出来る配下の者くらいいるだろう?」
「代弁者ですか?」
「そうだ! 貴殿の書記官はどうだ? 現状を憂いた彼女が今、市民に声を上げるよう訴えているのだろう? 僕が彼女を説得する! 彼女に合わせてくれないだろうか?」
顎に手をやったクルファットが首を傾げる。
「お覚悟が足りませんか。残念です…」
その言葉と同時に王子の口を布が塞いだ。咄嗟に背後を見ると彼のメイドの手が伸びている。
(そ…、んな…)
ルイーグの意識は闇に飲まれていった。
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