絶望の向こう側

 カイの立てた作戦はこうだった。


 まずフィノが光翼刃フォトンブレードシェイパーを連射する。魔王が黒い盾を出現させている間に、チャムは剣を収めてトゥリオの大盾の裏、左腕にぶら下がるように隠れる。トゥリオはフィノを守っている振りをして待機。

 カイが、自分が不利になる剣を持つ右手の側から仕掛けて、チャムは左側から仕掛けると思わせる。カイが注意を引いている間に機を見てトゥリオは突進する。トゥリオはあまり警戒されていないから簡単に近寄れるはず。

 懐まで入り込んだら、そこでチャムが大盾の裏から出て攻撃。魔王に致命的なダメージを与える。


 僅かに段取りは狂ったもののその目論見は成功した。


   ◇      ◇      ◇


「ごあああぁぁ ── !」


 魔王の悲鳴が空間を震わせる。チャムは抜けた場所から、トゥリオはフィノの前に駆け戻りつつ、カイは黒曜の床を蹴って間合いを取りつつその声を聞く。


「ぁぁ ── っはっはっはっはっはっはっはぁー!!」

 しかし、その悲鳴は途中から哄笑に変わった。

「面白い! 本当に楽しいぞー! ここまで我を楽しませてくれる客など初めてだ! 汝らに比べれば勇者どもなど物の数に入らんかったわ! 彼奴等は聖剣頼りで押して来るだけで実につまらんかった。それだけの武器を持ってさえ、我を封じるのが精一杯だったのだからな!」

 魔王本人が過去に何が起こったのか語ってくれた。しかし、それ以上に衝撃だったのは、失われた横腹が再生を始めている事実だった。


 チャムの腕が力無くだらりと下がる。愕然とした表情は絶望の一歩手前に居た。


(届かなかった……。私の剣は届かなかった。私の魔法剣では核石を割りでもしないと魔王を倒せない。どこに存在するかも分からない核石を……)


 勇者に渡される聖剣は基本的に長大な大剣である。それに強固な聖属性を付与してある。それ程の間合いと、強い弱点属性の力が無ければ魔王には効かないという事だ。


(私の会得した力など、強大な存在の前では無力なのね。解っていたのに、勇者でなければ無理だと知っていたのに、もしかしたらという希望を抱いてしまった。同じ手は二度と通じない。これは私の失敗。その失敗がトゥリオもフィノも、あの人も殺してしまう……)

 そんな思いが溢れ、喉をカラカラに乾かせ、涙も零れない状態にしていた。


   ◇      ◇      ◇


「マジか……」


 トゥリオは終わりを悟った。今の状況に比べたら、魔人軍団を前にした時など可愛いものだ。まだ驚く余裕があったのだから。今は脱力感しかない。起死回生の一撃が決まったと思った瞬間突き落とされたのだ。これ以上は無い。


(違う。まだ間に合う。フィノだけ逃がさなければ。セネル鳥せねるちょうのところまで辿り着ければ逃げ切れる可能性はゼロじゃない)


 トゥリオが振り返ってフィノを見ると、彼女はもう大粒の涙を床に落としていた。そして、トゥリオの胸装ブレストアーマーの下、服の部分を強く握ると顔を上げて首を何度も振った。


 口を開き掛けていたトゥリオはもう、何も言えなかった。フィノは自分一人が逃げ出して生き延びる事を望んではいないのだ。彼女にとって最大の寄る辺である仲間を捨てて逃げるなど絶対に嫌だと、その潤んだ瞳が語っている。彼は黙って獣人少女を抱き締めた。


 そのしゃくり上げる背中を撫でていると、不思議と心が落ち着いた。


   ◇      ◇      ◇


「ははぁー。なるほど、そういう仕組みだったんですか?」

 絶望が支配する魔王の間に明るい声が響き渡る。

「聖属性武器でないと破壊できないって言うからどうにもならないのかと思っていましたけど、あながちそういう訳でもないんですねぇ」

「汝、気でも狂うたか? それは散々試したであろう? 汝も、盾の男も、魔法士も」

「いえいえ、貴方が不滅に見えるのは、極めて高い再生力のお陰です。普通の武器ではその硬い身体を傷付けるのがギリギリなだけです。聖剣のような聖属性武器ならば、その身体を構成する質量を消滅させる事が出来るから効いているように見えるんです」

 カイは魔王の身体を差す指を振りながら続ける。

「聖属性武器で攻撃を続けて、身体の構成質量を失わせる量がどこからか補充される量を越えた時、貴方の身体は滅びるのです。勇者が魔王を倒すのはそういう仕組みだと思いますよ」

「だからどうしたと言う? その理屈では汝ら全てが聖剣を持たなければ我を滅ぼせまい?」

「ところがそうでもないんですよ」

 カイは口元が欠け盆みかづきを形作る。


(彼は何を言い始めたの?)

 チャムは不思議に思う。だが、その話に引き込まれているのも事実である。


「魔法ってすごいですよね?」

 その疑問は誰の答えも期待していないようだった。

「僕の世界ではトンデモ理論だったものが、実際に作用しているのが見えてしまうのですよ」

 歩き回っていた彼が、立ち止まって魔王を指差す。

「その再生能力は『形態形成場』を基に働いているんです。そこに質量が充填される事で再生しています」


   ◇      ◇      ◇


 形態形成場。


 シェルドレイクの仮説とも呼ばれる。


 それによると、種は一定の形態形質をそれぞれ保持しているという。個はその形態形質によって形成され、影響を受け続ける。謂うなれば、種のデータベースのようなものである。そのデータベースの作用によって力場が生み出され、形態形成場として種と個を確定させているのだ。


 確かにトンデモ理論に聞こえるかもしれないが、これでなら簡単に説明出来る事象も存在する。


 例えば『百匹目の猿現象』。或る日本猿が海水でジャガイモを洗うと塩味が付いて美味しいと感じる。それを見て、別の日本猿が真似をし始める。海水でジャガイモ洗って食べる日本猿が百匹目を数えた時、そこから離れた全く違う場所で、海水でジャガイモを洗って食べる日本猿が現れ始める。

 これは百体の個が共通認識を持ったことで、形態形成場が書き換えられたからだと説明出来る。データベースの書き換えが行われた日本猿達にとって、ジャガイモを海水で洗って食べれば美味しいのは当然の事になったのだ。


 この形質を司る形態形成場をもう一歩進めた考え方も有る。カイが固有形態形成場と呼んでいるものだ。


 不思議に思った事は無いだろうか? 生物の細胞核が持つDNAは一種類だけである(ミトコンドリアDNAを除く)。

 細胞の設計図であるDNAが一種類しかないのに、身体を構成する細胞には様々な種類が存在するのだ。皮膚を形成する細胞も、筋肉を形成する細胞も、内臓を形成する細胞も、全ての細胞が一種類の設計図だけで作られている。理解に苦しむ話だ。なぜ分裂して新しく生まれた細胞はそこに適した形態を得るのか?


 そこに形態形成場の考えを組み入れたのが固有形態形成場。身体の構成にも或る種の力場が作用していて、種のデータベースから派生した個のデータベースが形態を形成する力場を生み出しているとする。細胞はその力場に従って形態を決定されているという理論。


   ◇      ◇      ◇


「難しい話だが解らんでもない。だが、それが今の状況にどう関係しているというのだ?」

 魔王にはどうにも繋がらない話のようだ。

「そう難しくはありません。貴方の再生能力も、固有形態形成場が司っているという話です。どこからか補充される質量は、固有形態形成場に従って元の形の戻っていると言っているのです」

「ふむ。では、それが解れば我を倒せると汝は申すのか?」

「ええ、その固有形態形成場を破壊すればいいんですよ」



起動アクティベイト


 その起動音声トリガーアクションには聞き覚えがあった。カイが重強化ブースターではとどめを刺せなかったアトラシアの神聖騎士相手に使おうとしたものだ。それが今、使われようとしている。


神々の領域ラグナブースター

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