魔戦の趨勢

 迫る拳を力いっぱい蹴り落とすと、浮いてしまった身体を回転させて腕に高出力光剣フォトンソードを叩き付ける。殴り付けたような感触が返ってくるが、そこには刻み付けられた傷が残る。

 しかし、時間が経てばその傷も埋まっていってしまう。そんな削り方では、いかに短時間で多く斬り付けるか、或いは再生分の供給源を探すか、どちらかの選択肢を迫られてしまう。

 どちらも困難を極めると思えて、別の方法を考えたほうが建設的だと感じられた。


 トゥリオが必死に暗黒剣を大盾で受け止め、その隙にチャムが斬り込もうとしているが、その線も薄い。魔王の視点の高さからでは彼女の動きは丸見えだろう。背後に隠れて意表を突くなどの、いつもの戦法が全く使えないでいる。

 チャムの攻撃を主軸に置くのは正解だと思う。だが、真っ正面から仕掛けても、間合いの違いが大き過ぎて深く切り込むことが出来ない。


(やってみるか)


 チャムに背中を指で示すと、カイはぐっと踏み込んだ。落ちてきた剣をギリギリで横殴りにして側に落とし、次に迫った左拳を下から突き上げて躱し、横薙ぎの剣の下に入り込んで蹴り上げて逸らし、両手で振り被って斬り下ろした剣は弾ききれないと判断して翻るとチャムの腰を抱いてそのまま回転して躱し、一歩一歩間合いに入り込んでいく。

 腰抱きにされたチャムが回転力を活かして左手首に斬り付け、半ばまで消滅させると左手は力無く下がった。カイは剣を握る右手首に掴み掛かって抑え込むと、チャムに目線で合図する。


 彼女はそのまま下がった胸の中央へ向けて魔法剣を突き込んでいった。ところが魔王は、右手に組み付いたカイごと持ち上げて、チャムの背中に剣の柄を入れようとする。危険を察したカイが組み付いた手を放し手首を蹴って跳ね上がると、空中でチャムを後ろから抱き締め、魔王の胸を蹴って後方に跳び下がる。


 微妙なタイミングだった。そのままだと魔法剣が届くのが早いか、チャムが背中を打たれるのが早いか? しかし、魔法剣を突き立てる事が出来ても彼女が背骨を折られるのは確実だ。

 カイは割って入る事を選んだのだが、あまりの咄嗟の事にその先の事まで計算し切れず、無事に着地は適わず地を蹴ってチャムをしっかりと抱き締めたまま転がる。


「ごめん、抑えきれなかった」

「問題無いわ。何が起こっていたのか下がる時に見えたから。ありがとう、カイ」

「仕方ない。仕切り直そう」

「十分です! 爆炎星バーストノヴァ!」

 時間が欲しかったフィノには、二人の攻撃が稼いだ時間が丁度良い間になったようだ。


 半径数ルステン数十mを焼く焔球が魔王の顔面に向かって飛んだ。四人は少し下がるとフィノの張った風の壁の向こうに退避、様子を窺う。

 漆黒の魔王は暗黒剣を放り出して、両手で焔球を掴んだ。直接ではない。何か力場のようなものが発生して焔球は押し留められるが、そこで爆炎を周囲に放った。しかし、その爆炎さえも力場に包まれ、周囲に広がり切らない。


「ぐううう!」

 唸り声を上げた魔王が更に力を込めて握り潰そうとすると、爆炎は小さく元の球形に押し込められていく。やがて、燃焼の為の酸素を失ったか、炎は消えてしまった。開かれた両手の間からは、僅かな黒煙が舞って終わる。

「そんな! 炎系ではフィノの最強魔法なのに!」

「なかなか歯応えが有ったぞ。やるな、そこな魔法士よ」

「はうぅ」

「諦めずに続けて、魔法そのものがそんなに効かなくても、隙を作ることは出来るわ」

「はいっ!」

 フィノを力付けると、チャムは再び仕掛ける隙を窺う。


 それから様々な攻撃を試みる四人の冒険者達。

 チャムの魔法剣はもちろん、トゥリオの剣でも傷は付けられるのだが魔王の再生力のほうが完全に上回っている。フィノの大量に放った中規模魔法も魔王の身体に届きはするものの付けられる傷は小さい。対軍団魔法並と形容される大規模魔法は潰され弾かれして、大きなダメージを与えられない。カイの打撃は魔王の攻撃を弾き飛ばすのは可能だが、それで大きなダメージを負わせる事は出来ない。


 誰一人として魔王の余裕の態度を崩せないでいた。


   ◇      ◇      ◇


 魔王との戦いも四詩24分に及んでいる。それ以前に森での魔人戦、広間での魔人軍団戦を経て疲労は激しい。魔力こそ虎の子の魔石で補給はしたし、魔王の間に入る前にひと呼吸は入れている。そこで取り戻した分も消費してしまって、仲間達の集中力の限界はそう遠くないと思えた。


(ただ単に身体を破壊しただけでは倒せないっていうのが厄介だね。チャムの魔法剣頼りでは戦術の幅が限られて読まれているみたいだ)


 カイが感じた通り、問題はそこに有る。彼らがどう仕掛けるとしても終着点はチャムの攻撃に偏っているのだ。逆に言えば彼女の動きにさえ目を配っていれば、防ぐのは難しくない。それ以外の三人の攻撃があまり効果を上げていないからなおさらである。


(賭けみたいな作戦は好みじゃないんだけどな)

 カイは何気なくフィノに近寄ると作戦を伝える。


光翼刃フォトンブレードシェイパー!」

 フィノのその魔法は黒い盾によって吸い込まれる。

光翼刃フォトンブレードシェイパー!」

 再び黒い盾が出現する。魔王はこの魔法に限り、必ずこの黒い盾で防いだ。光魔法による攻撃の傷はあまり負いたくないらしい。


【光翼刃を途切れなく打ち込んでくれない? 出来るだけ正面から】

【でも確実にあの黒い盾で防がれてしまいますぅ】

【ダメージを与えようって言うんじゃないんだ。あの黒い盾を出現させている間はこっちが見えてない】

【あっ! なるほど、その間に?】


 カイはそう伝えてきた。だから効果が無くとも今は連射を続けるのが正しいのだ。トゥリオに前で守ってくれるよう頼んで、フィノは魔法に集中する。


   ◇      ◇      ◇


 魔法の途切れ目に盾を解除する。そこには魔王に向かってきている黒髪の青年の姿。


(今度はどう繋げる気か? 本当に色々と楽しませてくれるわ)

 巫女の女の姿が無い。青年は右に回り込んできている。

(わざわざ剣の有るほうとはな。すると巫女は左か)

 不利になる方向にカイが向かうのは陽動だと読む。とは言え、放置する訳にもいかず、飛び込んでくる前に剣を薙いで出足を挫く。ところがそのままカイは剣の間合いに入ってきて刃の先に身体を晒した。

(む?)

 迫る剣に右手を置くと刃に爪を掛けて、そこ支点にしてその場で側転した。

(全く面白い事をやる。確かにこれでは注目してしまうではないか?)

 チャムが回り込んでいる筈の左側に気が配れなくなっている魔王は、その手管に感心してしまう。

(だが足りん。巫女はそれほど面白い動きは出来んぞ?)


 ここまでの戦いで彼女はトリッキーな動きは見せず、手本のような剣技を見せている。仕掛けに気付いてからでも対処は遅くない。

 カイは踏み込んで脇腹に向けて拳を振り上げる。その一撃は受けてやるつもりで、左側に目をやった。まだ巫女は仕掛けてこない。


「うおおおおお!」

 魔法士を守っていた盾の男が突進してきた。


(今度は此奴が陽動か。念の入った事だ)


光翼刃フォトンブレードシェイパー!」

 目前まで飛んできた光の円盤にチラと目をやって躱す。盾の男の攻撃は受けても良い。どうせ引っ掻き傷程度だ。

 左側を確認してから下に目を向けると、そこには腰溜めに剣を構えて大盾の上に立つチャムの姿。


「何いぃ!」

「もらったわ!」

 そこはもう完全に懐の中。躱し切れるものではない。跳ね上がった彼女は剣を横薙ぎにし、胸と左脇腹の間辺りをごっそりと消滅させた。


「ごあああぁぁ ── !」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る