黒き神殿の主
巨大な玉座らしきものに座っている
まず最初に感じる印象は、各部が
節々は歪にせり出して可動部を覆い、棘や鋭利なヘラで彩られている。足には指は無く、その接地面とは別に爪が生えて床を削らんばかり。上腕部より太く見える前腕部は、より強固な鎧に覆われているかのように凹凸の激しい形をしており、その先に節ばった手と黒くぎらつく爪を備えている。皮肉にもそのシルエットはカイのマルチガントレットにも似ている。
頭髪は無く、松笠のような鱗とも棘とも呼べぬ物に覆われて、ギザギザとした耳を囲っている。髭の代わりに爪が生えている角ばった顎の上には分厚い唇から覗く長大な牙。小鼻に小さな爪が生えたどっしりとした鼻の両側には、そこだけ赤く獰猛な光を湛えた眼窩が有る。
見る者に鋭利で凶暴なイメージを与えながらも、全体が人の形を大きく逸脱していない辺りが余計に不気味さを際立たせていた。
「その台詞にも何かルールが有るんですか?」
臆面も無く、恐怖の存在にそんな疑問を投げかけるカイに、仲間達は冷や汗を流すしか無かった。
「異な事を言う。讃えてやったというのに、気に入らんと申すか?」
「自分が生み出した存在をいいように蹂躙されておいてそんな台詞が吐けるのだから、何か決まり事でも有るんじゃないかと思っただけですよ」
彼らがそこに居るという事は、眷属である魔人は全て滅されたという意味になる。それとも魔王にとって魔人は眷属でもないのだろうか? それを倒す力有るもの、勇者を選別する為の試金石であるかのように考えているのかもしれないとカイは思う。
「弱き者は滅される。強き者が残る。節理だとは思わんか?」
「それはあまりに原初的に過ぎますよ? そんな考えの下に繁栄は有りません」
「我らは原初の存在だ。似つかわしいであろう」
「自我が有り個を主張するのならば、その先の望みは繁栄ではないのですか? だからこそ常に進出を狙って勇者との暗闘を繰り返してきたのでしょう?」
重なる鱗のような片眉をピクリとさせると、黒髪の青年をじっと見つめ、呵々大笑を始める。
「面白い! 面白いぞ、人の子よ。我らが繁栄を望むのが正しいと言う者などついぞ現れた事は無い」
「それこそ生きとし生ける者の節理でしょうに。貴方のような存在に『生きる』という形容が合っているのかどうかは怪しいところですけど?」
「道理だ。汝と我ではあまりに在り様が違うな。理解は難しいと言えようか?」
「確かに理解には険しい道のりが予想されますけど……」
カイは眉を寄せて困った風な顔をしている。
「折り合いを付けるのはそう難しくないと思います。ここで永劫に大人しくしておくことは適いませんか? それならば、僕はこのまま帰ります」
「ふむ、汝に免じて叶えてやりたいものだが、それは聞けんな。我はそういう存在だ」
「残念ですね」
魔王は交渉決裂を惜しむ様子を見せず、カイ以外の者を睥睨する。
「困った事に勇者の気配が感じられん。その剣、汝が勇者か?」
ずっと睨み付け続けている青髪の美貌に目を移して言う。
「違うな、巫女か。我が前に顔を見せるとは珍しい」
「私としても不本意だわ。物事の流れって恐ろしいものよ。こんな出会いが有るなんて思ってもいなかったもの」
時の向こうに霞んで見えなくなるほどの敵対の歴史を持つ者同士の邂逅である。特殊な状況下でなければ有り得ない事だ。
「我と汝の関係こそ決まり事のようなものであるからな」
「それには同意しておくわ。どうしてこんな事になっちゃったのか、問い詰めたい気分」
チャムは上を指さして言う。
「それを我に言われても困るぞ」
「期待してないわよ。これが済んでからにするわ」
そう言って彼女は目の前に立てた剣を掲げる。
「汝らは滅びを望むのか?」
勇者でないと断じられ、話し掛けられたトゥリオは苦い顔をする。
「放っといてくれ。気持ちが折れる」
「尻尾の毛が全部抜けちゃいそうなくらい怖いけど、黙って死ぬのは嫌ですぅ」
座して死ぬ気は無いと宣言した。
「ならば良い。来るがいい」
魔王は玉座からゆっくりと立ち上がり、彼らの待つ拓けた空間に歩を進めた。
◇ ◇ ◇
立ち上がった漆黒は
「変形する訳じゃねえのか?」
「我はあれほど便利には出来ておらん」
六条の光芒が閃きその巨体に襲い掛かるが、やはり暗黒色の盾が空間に現れ防いでしまう。その盾は魔人の身体と違って強い光魔法では吹き飛ばされず、光を吸収するかのように吸い込んでしまった。
「ご謙遜を。やれる事は遥かに多そうですよ?」
「劣っているとは言っておらん」
さすがに難しいと感じたカイはリドに下がっているように合図する。不満げに「ちうぅ」と鳴き声を漏らすが、素直に広間の隅の方へ移動した。
「当然ね。聖属性以外の弱点なんか無いと思って」
「だがよ、見てくれは固そうだが、刃は立ちそうなんだが」
魔人に比べてはっきりとした存在感がある。トゥリオはそれを「斬れそうな感じ」と受け取ったらしい。
「試してみるがいい」
「誘い込まれるんじゃないわよ。不用意に近付けばそれで終わり」
「解ってるって」
「
先刻までの大広間と違ってここは幾分明るい。より簡単に光は掴めるとフィノは思う。しかし、光刃は何も切り裂く事無く盾に吸い込まれてしまった。
その隙間を狙って再び
(こう簡単に防がれるんじゃ重いだけか?)
カイは
振り下ろされる暗黒の剣を
床に食い込んだ剣を、すかさず踏み込んだチャムが半ばから斬り飛ばす。やはり聖属性魔法剣だけは間違いない威力を発揮するようだ。チャムが勇者に拘っていたのはこの辺りが理由か?
しかし、魔王が半ばまで失われた剣を持ち上げると一瞬で再生してしまう。
「うーん……」
カイは頭に手をやって悩ましげな声を出す。
「どうした? もう諦めるのか?」
「正直、攻め手に欠けますね。少しずつ試してみるので楽しみにしてください」
「愉快、愉快。汝は勇者よりよほど面白いぞ!」
「お褒めに与かり光栄です、よっと!」
左手に回り込んだカイに剣を振ろうとすれば前に出てきたチャムの構える魔法剣の前を通る。そこで斬り散らされては適わないので左の拳を落とした。躱すと思いきや、カイは胸の前で拳を打ち合わせると、真っ正面から打ち合う構えだ。魔王は心から愉快な相手に出会えたと思う。
衝撃の重低音が魔王の間に響き渡り、黒髪の青年がゴロゴロと転がっていった。
「やっぱり力負けしちゃうか」
即座に跳ね上がりながらカイが零す。
「当たり前でしょ!」
「何考えてやがんだ!」
「無茶ですぅ!」
「おお!」
仲間からの総ツッコミに感嘆の声を漏らすカイだった。
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