それぞれの宗教観

 ジギリスタ教会クステンクルカ本部を辞去した四人は、買い物を済ませつつ既に取ってある高級旅宿への帰路についている。


「何か気に入らねえんだよなー。言ってる事が浮世離れしててよ、現実が見えてねえというか何というか」

 トゥリオの場合はフィノの辛さを理解されなかったのが主な理由だろうが、言っている事は一般人の感想から大きく外れてはいないように思える。

「皆に尊ばれている方ですし、聖職者様なのですから理想を語るのも普通の事のような気がしますよぅ?」

「そんなもんかよ」

 フィノから見ると違う世界の人間のように感じてしまい、議論にならなくても特に不満は感じていないようだ。

「宗教家なんてあんなものよ。むしろかなり完成度の高い理想論だと思ったわ。教会に籍を置く者としては完璧に近い答えかしら?」

「はい、隙が無いと言えば嘘でしょうけど、宗教理論としてそうなのだと言われれば反論は難しい感じでしたですぅ。人々が心の寄る辺として頼る聖職者様としては、一つ高いところにいらっしゃる理想像に近いと思いましたぁ」


 西方の獣人郷では、信仰は無きに等しきものと言っていいだろう。しかし、街に出た者の中には博愛の神ルミエラに帰依する者も居ない訳ではなかった。

 フィノもそんな者達から話を聞いた事がある。彼らは総じて、立場上不安定な生活から意識を逸らせるように、一段上から諭してくれる者を求めているように彼女は感じた。

 なのでフィノの宗教家に対するイメージはそんな感じに纏まっていた。


 対してトゥリオの宗教家へのイメージはあまり宜しくない。尚武の国に身を置いて、一時は腕一本で生きていこうと思った彼は、教会の人間の教えは胡散臭いものに感じたのである。

 いつも守られる後方に居ながらにして、高いところからものを言う。殺生や荒事を戒める言葉を吐きながら、汗水たらして働いている者の上前を撥ねていく。そんな風にしか感じられなかったのである。


 同じ姿勢に対するイメージでも、見方が違えばこれほどに印象が変わる具体例のようなもの。二人の宗教観を聞きつつ、チャムはそう思っていた。


 そして当のカイはというと、既に公言しているように彼の中には神は居ない。信じているのは己が正義と信念のみ。どんな神にも従わず、彼は彼の道を行く。

 とは言え、どの神や信仰に対しても排他的なところは見られない。如何なる信仰の徒であっても、彼の正義に反しない限り極めて寛容である。自ら好んで近付こうとはしないが。

 その図式が今回に限り崩れそうになっているとチャムは思う。


「ジーナの姿勢は誰から見ても安心出来る、信頼に足るように映ると思うわ。近くに居ながら遠くを見ている。触れていながら高くに在る。そんな人物像だからこそ人気があって信奉を集めているんでしょうね」

 偶像としては理想に近い。信徒は彼女に神の似姿を見ていると感じる。

「あー、そう言われりゃそうだろうな。何を言ってもこう、やんわりと受け流されるみてえだった。なのに押し切ろうとすりゃ絶対に倒れない、何か芯のようなもんが有るんじゃねえかと思ったぜ」

「解りますぅ……。あ! そうです! 質は違うんですけど、カイさんに感じるのと似たような感じがするのですぅ。何があろうと決して折れない支柱が有るのですぅ」

「確かにそうね。だからこそ寄る辺に向いていると、誰もが本能的に感じてしまうのかもしれないわ」

 全く揺らがない柱は傍にあると安心する。いざという時縋れば良いからだ。それは彼らだからこそ心底実感出来るというものだ。

「嫌が応にも耳目は集まり、人が寄っていくって寸法か?」

「教会としては最高の人材よね。集まった人は癒しの力に触れ、更に多くの人を集める宣伝塔になる。この循環は留まる事を知らないでしょうね」

「ジーナ様にしてみれば、それでどんどん人が集まれば自分の思想を広めていけるのですから、好都合なのですぅ」

「本人がそこまで計算しているかどうかまでは分からねえが、現状を利用する事ぐれえは考えてんだろうな?」

 トゥリオにしては穿った見方だが、多少の悪意は含まれている。

「教会と持ちつ持たれつの状態が今の人気であって、この噂の広まり方なんだわ」


「うーん?」

 それまで静聴していた人物には疑問点が有るらしい。

「良好な関係なら、何で監視が付いているんだろうね?」

「「監視!?」」

 チャムとトゥリオは耳を疑って聞き返し、フィノは口に手を当て息を飲む。

「本人にも付いているし、接触した人間にも尾行が付くみたいだね? 今は切れたけど」

「本当なの?」

「おいおい、尋常じゃねえな?」

 カイが嘘を吐いているとは思わないが、反射的にそんな台詞が口を吐く。

「どういう事なのでしょうかぁ?」

「解らないね。情報が足りない。ちょっと調べてみたほうが良さそうだよ」


 四人は顔を見合わせた。


   ◇      ◇      ◇


 商都クステンクルカでは、輝きの聖女は今や有名人中の有名人である。実家のトーミット家の事までも、調べる必要もなく耳に入ってくる。


「尾行にまで回すって事はかなり組織的に動いているって事よね?」

 確認するようにチャムが訊いた。

 暗くなってから、とりあえず身軽なカイが一人で調査に出る算段をしているのだが、状況の整理の為の発言のようなものだ。

「街中のサーチ魔法の反応なんて区別しようが無いからね。規模までは判然としないけど、組織で活動しているみたい」


 つまり、それだけの組織力と資金力がある人間の指揮の元で動いていると思ったほうが良いだろう。状況的にそれがジギリスタ教会だとは思えない以上、外部の誰かの思惑が関与していると想定すべきだ。そうなると部外者である彼らは何の予備知識も無いのである。


「当たりだけは付けてくる。本格的には明陽あす以降だね」

 三階の窓から身を乗り出しつつカイが言う。

「お気をつけてですぅ」

「無理しないのよ」

 彼に限って入れ込み過ぎる事は無いとチャムも思うのだが、ラエラルジーネの存在を思えば確信は出来ない。

「了解」

 カイは夜闇に身を躍らせた。


   ◇      ◇      ◇


 ラエラルジーネが帰宅していると思われるトーミット家近くまで辿り着くと、やはり監視らしき反応がある。その辺りは高級街区で夜間は人気も少なく喧騒も無い事から、監視達の存在が浮かび上がってきた。


(五人かぁ)

 裏扉と通用口に一人ずつ。正面玄関に三人。体制的には、ラエラルジーネ本人の監視ではなく、人の出入りを調査している感じに思える。見ている限り、隠密行動に長けたプロだ。


 孤立している二人の内一人を締め上げるのは難しくないが、今はまだ彼らが調べ始めているのを察知されたくはない。事情が見えない内から手を出せば、無駄にこじれたり不用に過激な行動を誘発してしまう可能性が少なくない。

 当面はこうして監視だけしている以上、派手な動きに出る段階ではないのだろう。


(動いた)

 カイは玄関側の三人組に注目していた。


 彼らとて定期的に雇い主に報告を入れる筈である。だとすれば複数人である玄関側の人間が走ると考えるべきだろう。

 そして彼が予想した通り、一人が離れて夜の街を走り始める。カイは気付かれぬよう気配を抑えて追尾に入る。このまま着いて行けば自動的に彼らの雇い主の所まで案内してくれるはず。

 尾行にも慣れたプロだが、まさか自身が距離を置いて気配を感じさせずに尾行されるとは思ってもいないようだ。


(やはり教会の方向じゃないな。でも領主館の方向でもない)

 これだけの組織力を持っているとなると、真っ先に疑いたくなるのは権力者だが、そうではなさそうに感じる。

(!!)

 その瞬間、いきなり背後に微かな気配を感じる。そして囁きが耳に忍び込んできた。


「猫の手を借りたくないかにゃ?」

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