刃の車輪

 発現した数多の種類の魔法が弓なりに降り注いでくる。土の槍、氷の槍、紅熱球、風の刃、雷撃の槍。属性魔法を網羅したかのような猛威が迫る。


魔法散乱レジストぉー!」


 意識を攻撃に振り向けて準備の足りなかった魔法士もギリギリで防御魔法を間に合わせ、魔法の雨を受け止める。属性セネルの放った魔法は解かれて散乱していくが、一度に数千の魔法攻撃を受け止めているのである。


「ほ、飽和させられる!」


 標的にされたデュクセラ領軍左翼は恐怖に顔を歪め、効果は薄いと分かりながらも盾を掲げて身を縮こまらせる。

 しかし、覚悟していた阿鼻叫喚は起こらず、魔法の嵐は過ぎ去っていったのだと知った。


「あ!」


 顔を上げた領兵達は気付く。それが束の間の間隙だった事に。いつの間にか敵右翼は方陣を解いて、三千に追随する形で迫っていた。

 獣人戦隊が武器を閃かせつつ猛然と襲い掛かってくる。それだけに止まらない。突撃陣の中央、大きな白い盾が見える辺りでロッドが振り上げられた。


爆炎球バーストフレアマルチ!」

「ひぃっ! 魔法散乱レジストー!」

「間に合いません!」


 無数の紅球が空を埋め尽くし飛来する。次々と爆裂が起こって兵士が宙を舞う。直撃を受けたものは一瞬で焼き尽される。着弾点から離れていても吹き飛ばされ、運の悪い者は自分の武器や味方の武器が身体に当たって大怪我を負う事も珍しくなかった。


「うおおー!」

「来たぁー!」


 恐慌状態の左翼は続く衝突に耐えられない。

 前列を成していた歩兵隊は、態勢の整わないまま振り下ろされ突き込まれる剣や槍に一方的に崩される。中にはセネル鳥と騎手の二対の瞳に睨まれただけで逃げ惑う者も散見された。


「ぐおっ!」

「ぎゃひっ!」

「ぐほぉ……」


 剣戟の音よりは悲鳴や断末魔の声ばかりが目立つ。新参や弱兵の多い前列が崩れるのは早いが、それは仕方のない事だ。そこを抜かれても、古参や腕自慢が並ぶ中列まで容易に崩されないという思いから、まだ潰走したりはしない。

 襲い掛かってきた第二陣も深くまで斬り込まずに、抉り取るように走り去っていった。


「げっ!」

「ちょっと待て」


 ただ、その背後にはさらに追走してきた第三陣が控えていた。

 そして、第二陣が走り去ると同時に弓弦の鳴く音が響き、矢の雨が降ってくる。魔法攻撃に近接攻撃が続いて態勢を整える暇も無い領軍左翼は、斜め上から降ってくる遠隔攻撃への対処に追われる。盾を翳し、武器を振り回して矢を叩き落としていると、本命の重打撃戦力がひと際深く抉ってきた。


「くっ、立て直す暇も無い!」

「やられ放題じゃないか!」


 唸りを上げて落ちてくる大剣の斬撃や、重さ任せに振り回されるハルバートの一閃が大地を赤く染める材料を振り撒く。上ばかりを気にしていると、足元から跳ね上げられたセネル鳥の蹴爪しゅうそうが足や脇腹に穴を開ける。油断すれば嘴が肩に食い付き、肉ごと奪い取られてしまう。

 そのどれにせよ、早めに治療を受けなければ命を失うダメージばかりである。


「おい、冗談だろう?」

「勘弁してくれ」


 中列深くまで切り崩していった第三陣の攻撃を凌ぎ切った古参兵が汗を拭って顔を上げると、そこには初撃を加えてきた第一陣の三千が大きな輪環を描いて向かってきていた。

 今度は属性セネルによる魔法攻撃ではなく、横に翳した武器で薄く削ぎ取るように攻撃が加えられる。重さはないが鋭さは一級品と感じる斬撃は確実に領兵の身体を斬り刻んでいった。


 左翼は押し潰されるように中央の陣と融合していく。デュクセラ領軍とて一方的な攻撃を座視している訳ではなく、反撃の隙を狙ってくる。


 中央の陣の後方には魔法士部隊がロッドを構えて狙いを定めていた。


   ◇      ◇      ◇


 マルチガントレットが高く掲げられ、ハンドサインが送られた。


(陣を小さく? 集結だ!)

 ハモロ達はその指示を正確に受け止め、号令を掛ける。


 輪環を描くように長く伸びていた各戦隊を、そのままの状態で小さく纏まるように命じると、輪の直径は自然と小さくなった。


重強化ブースター

 犬耳魔法士が強化魔法を使用する。

魔法散乱レジスト!」


 相手は獣人の集団。魔法攻撃には弱かろうと踏んでいた魔法士部隊からの狙い澄ました魔法攻撃が、輪形陣の傍まで飛来すると光の粒に分解され、効力を失ってしまう。領軍魔法士部隊の全力攻撃は、わずか一人の娘の前に脆くも崩れ去った。


「すげえぞ! 全部防がれた!」

「やってくれた! さすが万魔の乙女!」

「万魔の乙女が俺達を守ってくれるぞ!」

 ほうぼうから上がる喝采の声に、異なるものも混じっている。

「嫌ー! やーめーて ── !」


 輪形陣は小さく纏まって回転したまま、再び領軍の中央の陣まで迫る。

 そこまで行くと守りの固い重装兵の層があって、獣人戦団の攻撃も防がれ、虚しく金属のぶつかり合う音が響く。そして大盾の隙間からは長槍が突き出され、容易には近付けなくなる。


「付いて来い! 崩してやる!」

 トゥリオが号令一閃、突き込まれる長槍をへし折りながら突き進み、大剣で薙ぐと大盾の壁は大きく斬り裂かれてしまう。前面の守りを失った重装兵に、長柄の武器を握る獣人騎鳥兵が駆け込む。動きの遅い兵を突き倒し踏み押さえると、武器を真下に落とし戦闘不能に陥れていった。


「おおお、何て固いんだ、剛力の盾!」

「真っ正面から粉砕したぞ! 何て力だ、剛力の盾!」

「怖れも無く突っ込んでいったぞ、剛力の盾!」

 派手な攻撃に喝采が集まる。だが、その内容には不満があるらしい。

「俺は盾の付属物かよ!」


 一角を崩され、そこから傷口を広げつつある重装兵の層だが、一気に崩れ立つほどのダメージは負っていない。

 第三陣の前面に位置取った青髪の美貌は、駆け抜け様にプレスガンを連射していく。鉄弾は大盾の隙間を縫うと、内側の重装兵に突き立っている。耐え切れる者もいなくはないが、突然の激痛に大盾を取り落とす者が頻出し、そこから後続に切り崩されていった。


「おおお……」

 麗人の美技に、周囲からは低い感嘆の声が漏れる。

 容姿の美しさと相まってそんな反応が起こるが、本人は至って普通の技を見せたつもりなので、澄まし顔でブルーの走りに身を任せている。

「あの……、チャムさんもいじって欲しいとか思ってます?」

「なんでよ!」

 機転が利くばかりに変に空気を読んでしまって、要らぬ藪を突いてしまい叱られるゼルガであった。



 デュクセラ領軍は次の策を打ってくる。中央の陣を割って、騎馬隊が姿を現した。起動戦力には起動戦力をぶつけて攪乱するつもりなのだろう。

 騎馬隊が突撃陣形を整える前にカイも対処を決める。銀爪が閃いてハンドサインを送ると、輪形陣からロイン戦隊だけが抜け出て集合する。ハモロ、ゼルガの両戦隊は輪形陣をより狭く維持して、崩した一画に深く抉り込んでいっている。


 側撃を掛けるべく陣形を整えつつある騎馬隊の数は六~七千ほどだろう。ロイン戦隊が対峙する位置に移動をしても、鼻にも掛けずに悠然としている。突撃力に自信ありか、おそらく相手が三千なら一蹴してやろうとでも考えているのかもしれない。


「さて、慣らしだと思ってずっと指揮に専心していたけど、そろそろひと暴れしようかなぁ」

 余裕綽々の騎馬隊を見て悪戯心がくすぐられる。

「いいよ~。やっちゃってやっちゃって~」

「戦隊長の許可も下りた事だし、頑張らなくちゃね?」

「ロインも頑張るよ~」

 倍する数の精強な騎馬隊を前に、指揮官が緊張の様子を見せないのは戦隊の戦士に安心感をもたらす。

「でも、その前によろしく」


 カイはパープルの首筋を優しく撫でる。

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