復讐の貴族

 停止した両者の間で、双方から青旗を掲げた代表が進み出て中央で顔を合わせる。

 デュクセラ領軍側からは辺境伯本人と思われる司令官と副官以下数名の指揮官、警護の騎士が加わっている。

 獣人戦団側も四人の他にハモロ達も同行を促される。彼らは顔を青くして必死に首を振ったのだが許してもらえず、及び腰のまま引っ張っていかれた。


(同胞を救いたい一心で指揮官なんか引き受けちゃったけど、こんな役回りまで有るなんて思ってもみなかったや。カイさんはハモロ達をどこへ連れて行っちゃうつもりなんだろう?)

 獣人少年の胸を不安がよぎる。


 相手の将が四人の騎士に周囲を警護されてやってくる。軍閥らしく、壮年の男性貴族の眼光は鋭い。齢は重ねど未だ勇猛さ衰えず、といった感じだろうか?

 青旗を掲げる役に任じられた男やハモロ達はじろりと睨まれたものの、関心は薄いようだった。ただ、カイに対しては並々ならぬ怒りの表情を露骨に表している。どうやら何か曰くが有るらしい。


「御尊顔を拝し奉り光栄の極みにございます、神使のお方」

 それでいて、やはり貴族らしい振る舞いを披露した。

「丁寧な礼をありがとう。でも、今の私は私人です。そこまでの配慮は不要」

「そのままの意味で受け取っても宜しいか?」

「ええ、冒険者のチャムよ。訳あって獣人戦団に加勢しているだけ」

 彼女の言に含みは感じないが、それで納得出来ないのが人族社会のようだ。

「では、ゼプルの方々は、帝国や我が領地をてきと断じたのではない。そうおっしゃるのですな?」

「その解釈で間違いなくてよ。それとも悪事を働いている自覚でもあるのかしら?」

「ございませんな。拙は清廉潔白ですとも」

 青髪の美貌は軽笑する。

「そうね。確かに帝国貴族としての卿は公明正大なのでしょうね? でも、それは帝国民に対してのものではないみたい」

「これは異な事を。帝国民の平和と安寧を思う気持ちを疑われたくはないものですな?」

「じゃあ、私の後ろにいる彼ら獣人達は帝国民ではないと言うの? 行進しているだけで、これだけの軍を並べて待ち受けておいて?」

 鼻白んだ様子で問い掛けた。

「目的不明の軍勢が自領内を通行していれば、領民を守る為に出兵するのも領主の義務でしてな」


 軍閥貴族と言えど侮れない。弁舌は巧みである。理論武装までしている以上、攻め口を変えねばならないらしい。

 彼らが知らない一面を見せるチャムも苦心しているように見える。


「目的が解れば良いのね? これは軍勢ではなく、難民保護を目的とした救援隊よ」

 準備していた論法ではないのだろうが、さも真実であるかのように滔々と述べる。

「難民とはこれ如何に? 帝国民が国内で苦難をしている事実など聞き及んでおりませんが?」

「事実なのよ。獣人達が不当な扱いを受ける気運を感じて逃げ始めているの。ご存じない?」

「獣人の脱走は把握しておりますが、不当な扱いというのには全く心当たりがありませんが」

 辺境伯という重鎮だけあって、韜晦も見事なものである。

「そう? 卿は事情に通じているほうのはずなのにね? だって獣人侯爵を奸計に掛け、領地を追う片棒を担いだのは卿の息子さんじゃなかったかしら? 聞いていないとは思えないのだけれど?」

「奸計とは人聞きの悪い。あれは叛乱の恐れありと……」

「そう主張するのなら構わないわ」

 遮ったチャムは挑戦的な視線を向ける。

「獣人達が帝国内の支柱を失ったのは事実。デュクセラ子爵が関与したのも事実。それで心理的に追い込まれたのも事実。南部に住めなくなった獣人が溢れているのも事実。救援隊を出す理由は十分にあるの。お解り?」

「どうあっても通せとおっしゃる。強情な方ですな」


 容易に挑発には乗らないが、苛立ちは透けて見えてきている。揺さぶりを掛けてきた意味は形になってきた。

 獣人戦団を正当化する方向なのか、激発させて相手から挑ませるつもりなのかは狼系獣人の少年には分からないが、この議論にも終わりが見えてきているように思える。


「ええ、通してくださらないなら卿にも子爵と同じ道を辿ってもらわないといけなくてよ?」

 チャムは大胆に踏み込んでいった。力で白黒つけようというのだ。

「何ですと! 拙を馬鹿にしておいでか!? 三倍する軍勢を前に力で挑むと!」

「神ほふる者に挑む気概があるなら見せてくださらない?」

「そこだ! 結局そこなのだ! 貴様が……! 貴様こそが全ての元凶だ! 貴様の所為でレイオットが! 銀爪の魔人め!」

 辺境伯がカイに指を突き付ける。この貶めるほうの二つ名も帝国に深く伝わっているようだった。


「わぁーっはぁっはっはっはー! この魔闘拳士に剣を向けるとは愚かなり! その命をもってあがなうがよい!」

「…………」

 突如の哄笑に周囲は静まり返る。皆が呆気に取られていた。


「いや、それ、要らないから」

 チャムはげんなりと告げる。


「あれ?」


   ◇      ◇      ◇


「おかしいなー。あの場面だとあの台詞しかないと思ったんだけどなー」


(たまに素っ頓狂な事をするのよねぇ、この人)

 協議が物別れに終わってそれぞれの陣に戻ってからも、青年はしきりに首を捻っている。

(あのまま終わってたら私が喧嘩を吹っ掛けた感じになっていたから、それが嫌でやらかしたんでしょうけど、他にもやり様があったでしょうに)

 そうは思うのだが、腹の底から笑いが込み上げてくるのが止まらない。


 どうあれ説得に応じて退いてくれるつもりは、デュクセラ辺境伯には無かっただろう。同じ物別れに終わるなら、激論の上に相手の士気を高めてから戦うのと、肩透かしを食らわせてから迷いを感じさせているうちに仕掛けるのでは、後の流れは大きく変わる可能性は高い。その辺りの計算もあったのかもしれない。


(本当に食えない人)


 チャムはまた笑いの発作が込み上げてくるのを抑えるのに苦労した。


   ◇      ◇      ◇


 デュクセラ領軍は中央の二万、両翼一万という正攻法で布陣する。

 相手は全てが起動戦力。確かに変則的な編成ではあるが、三倍の兵力差を引っ繰り返すのは一般的には困難だと考えられる。それ故に、どんな変化にも対応し易い両翼陣を採用した。


 不気味なのは敵方ほぼ総員が獣人だという事である。戦闘能力の高さでは劣ると考えなくてはならない。目途として、一万三千を二万くらいの戦力だと見積もって見るべきだと思っている。

 それでも戦力比は2:1。魔法士部隊がいないのを加味すれば、更に戦力比は開くだろう。場所が平原で、地形を利用した奇襲戦法が使えない以上、決して不利な会戦になるとは思えなかった。


 その敵方も布陣を終えている。見た目、実に奇妙な陣形に見えた。

 前面に二個の方陣が形成されている。それぞれが五千ほどだろう。その背後に本陣だろうか、三千の陣を敷いている。

 その三千に魔闘拳士の姿が見えている事から、その予想は大きく外れていないだろうと思える。


 その魔闘拳士が腕を掲げて振り下ろす。すると向かって左端に位置していた獣人少女が号令を発し、向かって左側、右翼を回り込むように円弧を描いて走り出した。

 本陣と思っていた集団が、いきなり先頭を切って攻撃に移ってきたので多少は面喰う。しかし、動いているのはたかが三千。四万から見れば十分の一以下の騎鳥兵である。突撃に怖れるまでもない。


 そうは思っていたのだが、その三千の騎鳥兵の姿には特色がある。いや、がある。

 セネル鳥せねるちょう全てが体色を持っているのだ。これにはデュクセラ領兵も焦りを抱く。まさかそんな事はないだろうとは思うが、嫌な汗が背中を伝う。

 左から迫ってくる騎鳥の群れがその嘴をパカリと開く。


 領兵は悪い予感が事実に変わったのを悟るのだった。

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