戦団東進

 十分な戦闘単位となってしまった獣人戦団となれば、周囲の目から逃れるのは難しくなり、各地の監視網に掛かってしまう。それはたちまち進行先への注意喚起として情報が回された。


 大都市である商都フォルギットを統べるデュクセラ辺境伯オルダーンの元にも伝送伝文の形で届いた。

 将来有望な後継を亡くして失意の中にあるオルダーン。だが、自領内を脅かすような事態の到来となれば領主の務めを果たさねばならない。

 無論、後継は第二位の者もおり、デュクセラ家の名を受け継いでいかせようとするならば、確固たる統治をして見せねば帝室がどう考えるか分からない。

 今回の件に関しては第三皇子が関与しており、要請による出兵でもあるので、それなりの配慮は為されるだろう。


 それ以上にオルダーンは現状に憤怒している。

 レイオットの死に関わったベウフスト侯爵が獣人であれば、今領内に侵入してきた集団も獣人で形成されている。これまでは差別意識など寸分も抱いていなかった彼も、怒りも露に領兵の招集を命じた。


 嫡子を剣に掛けた獣人の元締めを憎み、報復として自領内の獣人追放を宣言しようとしていた矢先に彼らは自ら集団脱走をしている。向ける先を見失っていた矛先を向ける相手が現れたのだ。こうなれば陣頭に立って恨みをぶつけてやろうという意気込みで立ち上がる。


 南部に名高いデュクセラ領軍精鋭四万が獣人集団を迎え撃つべく結集した。


   ◇      ◇      ◇


 東進した獣人戦団は、道々合流してきた者や南の山岳地帯に逃げ込んでいた者達をファルマや森の民エルフィン達が集めて回り、数倍する数にまで膨れ上がっていた。


 人族を含めた家族連れや子供連れの家族は都度西へ逃がす為にかなりの数のセネル鳥せねるちょうが山岳から集められ、その背に乗せて西部連合に向けて出立していく。その数は二万近くに及んだろうと思われる。


 戦団に加わる意思を示した者も一万足らずに上り、総数は一万三千にもなった。

 再編が必要になったのだが戦隊を増やす方向にはならず、ハモロ・ゼルガ両戦隊が五千ずつ。機敏さを押し出したロイン戦隊が三千となっている。

 近接戦を旨とするハモロ戦隊には、普通に考えればチャムが補佐に付くのが適しているのだろうが、彼女を信奉するゼルガに付けるほうが士気が上がると考えたカイが、ゼルガ戦隊の補佐をチャムに任せる。常に冷静な判断が出来る麗人ならば、最強打撃戦力を誇る戦隊の運用に向いているだろう。

 代わりにハモロ戦隊にはトゥリオとフィノが付いて、遠隔攻撃補佐が出来る体制となる。結果的には上手く填まったようにも感じた。

 ロイン戦隊には引き続きカイが付き、機動戦の要となるよう運用する方針である。


 新たに加わった者の中には、元は正規兵や領兵といった集団戦の専門も多く、指揮官となる戦隊長が冒険者の少年少女だというのに不安を抱いたりもしたようだが、四人がそれぞれに補佐に付く事で声高に異存を唱えはしなかった。こういう時には名声というのも役に立つと青年は思ったものだ。


 この頃になると、西方から武器防具がそれなりに届くようになり、装備も充実してくる。糧食も、小麦粉ではなくパン種の形で届く割合が多くなり、食事の手間に困る事はなくなってきた。

 騎乗用の鞍も想定外の数が揃い、行き渡ったのはありがたい状況だ。機動戦闘を行うのに加減が不要になる。

 それだけでなく、開発中のセネル鳥用糧食もふんだんな量が届き、或る意味属性セネル量産の実験場の様相さえ呈してくる。お互いに好都合なのでカイにも不満はなかったが。


 反転リングのお陰で、『倉庫持ち』の居ない獣人戦団でも大規模な輜重隊を必要としない点が大きい。そうでなくては機動戦力として運用するのも難しかっただろう。

 ひとつ問題として、戦団には衛生部隊が欠けているのが不安といえば不安なのだが、治癒魔法にあまり頼りたがらない彼らは先祖伝来の薬も携行している。重傷者はカイ達で対応するしかないだろう。


 軍にも匹敵する大戦力が草原を結構な速度で東進していく。


   ◇      ◇      ◇


 斥候の情報から、フォルギットの南の平原で待ち構えていたデュクセラ領軍は動転する。報告には上がってきていたものの、総員が騎鳥兵だというのは自分の目で確認するまで信じられるものではない。オルダーンの頬も軽く引き攣りを起こす。

 しかし、その総数は報告通り三分の一以下である一万三千ほどだと思われる。騎鳥兵の機動力が脅威であるのは間違いないし、歩兵で対抗するのは難しいかもしれないが、数名で取り囲めば対応出来ない事もない。戦力的優位性は失われていないと読んだ。


 ただ、戦闘に移る前に、完全に予想外の事態が到来する。一部の領兵が騒ぎ出し、敵前逃亡を企てようとしたのだ。


「何事だ? あの程度で臆病風に吹かれたのか? そんな兵など役に立たん。捨て置け」

 オルダーンは厳然と切り捨てようとする。


 だが、指揮官達にしてみれば、これ以上の戦力減少は受け入れがたい。ただでさえ全ての獣人が抜けて、再編に血を吐くような苦労が伴ったのだ。これ以上抜ければ用兵が困難になりかねない。


「お待ちください、閣下。この期に及んでの事、何か事情があるはずです」

 兵達も相手が獣人集団だと知った上で招集に応じたのだから、覚悟は出来ていたのだと主張する。

「仕方あるまい。連れてこい」

「寛容な御判断に感謝いたします」

 最敬礼の後に、内の一人を連れてきた。


「どうしたのだ? 閣下にご説明差し上げろ」

 非常に不本意そうだが、説明しないと済まない空気に押されて口を開く。

「俺はジャルファンダル動乱に参加してたんです。閣下はご存じないでしょうけど、あれは見紛う事無く魔闘拳士です。あんな化け物と戦って生きて戻れる道理なんてありゃしません。冗談じゃない」

「何だと?」


 その領兵が指差す先を見れば、確かに三人だけ人族が先頭に立っている。白い冒険者装備の彼らは、獣人達の中で異彩を放っていた。


「あの化け物は、1ルッツ1.2km先の城壁上の敵を魔法で片付けてしまうんですよ? その気になりゃ、この位置だってもうヤバい。さっさと逃げるに限るんですってば!」

 肩を掴まれている領兵は振り解こうともがく。

「魔闘拳士だと? 間違いないんだな?」

「確かめたければ自分の身でやってください。俺は御免ですからね」

「おい、こら!」

 腕を払うと駆け去っていってしまった。

「捕らえましょうか?」

「…………」

「閣下?」

 返答がないので窺うと、指揮官の主は怒りと喜びを混ぜた、壮絶な笑みを浮かべている。

「そうか……。来たか、魔闘拳士! この手でレイオットの恨み、晴らさせてもらうぞ!」


 実際に手を下したのはベウフスト侯爵イグニスだとは聞いているし、十分に確認も取った。だが、魔闘拳士が助勢しなければ子爵軍の劣勢は無かったとも聞いているし、レイオット自身も彼に相当の手傷を負わされて、まともに戦える状態ではなかったと報告を受けた。

 オルダーンも息子の腕前を思えば、簡単に敗れる筈がないとも考えていたのである。その仇敵が目の前に現れた。


「我が剣を持て!」

 普段は総司令官という立場である彼が、自ら剣を取ろうとしている。

「ど、どうかお待ちを、閣下!」

「うるさいぞ! 邪魔するな!」

「お聞きください! 話が確かならば、魔闘拳士の傍らの女性と戦うのは大問題であります! あれは、神使の……」

 新しく立った神使の一族の女王が魔闘拳士を伴っているとはオルダーンも聞き及んでいる。無闇に手を出してはいけない相手だ。

「ぐうぅ!」

「まずは交渉の席を持ちましょう。神使の女王の真意を問わねば」


 副官の懇願は心底からのものに見えた。

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