機動戦力
ドゥカルでの戦闘を終えて、東へと移動を始めた獣人戦団には少しずつまともな武器や防具が届き始めている。主にフリギア王国が武装を提供してくれて、戦いの態勢が整いつつある。
だがその出鼻を挫かれる。右斜め前方、南東の方向から大集団が土煙を立てて迫って来た為、足を止めざるを得なかったのだ。
「うはぁ、あれが敵だったらひとたまりも無いねぇ」
黒髪の青年のサーチ魔法にはとんでもない数の集団の反応がある。
「敵じゃないのね?」
「味方の当てもねえだろ?」
「違うね。これは人間の出せる速度じゃないさ。そろそろ見えてくるよ」
陸生鳥類の群れが土を蹴立ててやってくる。八割以上が通常種のようで、焦げ茶色や灰色の羽根を下向きにして走っていると、全体にくすんだ色に見える。それだけに、原色に近い色に染まった飾り羽根や尾羽根が映える。
中央の原色の体色を持つ個体は更に色とりどりで、その一団だけが浮き上がって見えるほどだった。
「
人族よりはこの陸生鳥類に馴染み深い獣人達も、この規模の群れはあまり拝めるものではないらしく、歓声を上げている。
「入用かと思い、連れてまいりました」
群れは自然のものでも、勝手にやって来た訳ではない。一羽の原色の属性セネルの背には、エルフィンの姿。
「ありがとう。助かるわ。この子達は納得済み?」
「はい。元は隠れ里周辺で暮らしていた群れの残りです。陛下のお役に立てると分かると、行き先も気にせず付いてきましたので」
神使の里移転時も、全てのセネル鳥を連れていった訳ではない。転移魔法陣の負荷を鑑み、最低限の数に抑えられていた。
里周辺で
その群の一つを彼女が誘導してきたらしい。
一般に人の手で繁殖されたのではない個体は、騎乗に適するようになるまでは調教が必要だ。手間暇を考えれば捕獲してくるよりは繁殖させるほうが早い。栄養環境だけ整えてやれば、この陸生鳥類は簡単に増えていく。
ただ、その過程でほとんど属性セネルが生まれないが為に、天然物のセネル鳥を調教する業者もいるし、依頼で捕獲に向かう冒険者もいる。
この環境は、ホルツレインの王孫セイナの開発した繁殖法によって改革されつつあるのが実情。だが、技術流出は起こっておらず未だ属性セネルは希少種として扱われている。
繁殖法そのものが魔石を必要とするものであり、西方に比べて魔獣の個体数が数分の一といわれる東方では、属性セネルの発生確率はどうやら二割に満たないようであった。自然の群れがそれを証明している。
「普通に考えれば騎乗具揃えるのも骨なんだけど、この子達、裸でも乗れちゃうのよねぇ」
ざっと見渡して、一万以上はいそうな群れである。
「仰せの通りにございます。或る程度は数が揃えられないかと相談申し上げるつもりではありますけど、全ては難しいかと思われます」
「鞍だけでも少しは揃えば格好がつくんだけどね?」
チャムの言う通り、セネル鳥は鞍無しでも騎乗出来る。それどころか騎乗戦闘さえ可能だ。
その理由は彼らの体構造にある。重心の上のところに乗り手が腰掛けると、セネル鳥はぶらさがった両足を翼で締めるように包んで固定する。その状態で走れもするし転回もするのだから、乗り手が振り落とされる事はない。
翼で下向きの力を掛けて身体が浮かないようにしなければならないほどの疾走や、乗り手が中腰になろうと思えば鞍や
「それでも有るに越した事はないな。セイナに話を通しておくから訪ねてみてくださいます? 鞍の開発にも躍起になっていたから、相当数の試作品が眠っていても変ではないんですよ」
カイは緑髪の女性にお願いする。
「承りました、騎士様。お心遣い感謝いたします。早速、人を集めて向かってみます」
「よろしくね。セイナに私からもお願いって直に伝えておいて」
その辺りは礼儀の問題である。麗人は欠かさない。
「さて、彼らのうちどのくらいが裸のセネル鳥に乗れるかな?」
そこが悩ましいところだ。
「難しくねえか? 俺だって鞍なしじゃ厳しいぞ」
「フィノは平気ですよぅ」
「どの程度信頼して身を任せられるかだものね」
人族社会、特に上流階級や軍の中流以上では、馬の使用が常識である。それはおそらく、人間よりかなり大きい馬体を乗りこなす事が、度量や器を表しているように感じられるからだと思われる。世話や調教にも資金が必要で、目に見える経済力とも扱われる一面もあるだろう。
馬は権威の象徴なのである。
比してセネル鳥は、体高は人より多少高い程度で、体長も
しかも、とりわけて世話を必要としない。放せば勝手に狩りをして腹を満たす。肉食獣寄りの雑食獣である彼らは狩りも得意。
羽根繕いも自分でするし、好んで水浴びもして清潔を保とうとする。世話の簡便さとしては至れり尽くせりだ。
ただ、歩行及び走行時の上下動は馬より若干大きい。それが軍用騎乗動物としての欠点といえば欠点なのだが、慣れれば気になるほどでもないのも事実。
普通の陸生鳥類が地面に向けて垂直に足が伸びているのに対して、セネル鳥は前向きに斜めに接している。足爪を持ち上げて前に滑らせるように出し、着地してから爪を掛けて後ろに引くような走り方が、他の陸生鳥類に比べて遥かに上下動を少なくしている。それが彼らを騎乗動物として発展させた大きな要因だろう。
ただ、それが骨格強度や筋肉量を増大させ、捕食者として絶対的に優位な空から彼らを追放する。
小柄な所為で積載能力がほとんど無いのと食事量が多い事を除けば、様々な点で馬に勝る騎乗動物なのである。
ただ、人族社会での生活が主だった獣人達では、どちらかといえば馬に接する機会のほうが多かっただろうと思える。裸馬を扱える者などほとんどいないという常識が、鞍無しのセネル鳥に乗るのも難しいと感じさせるのではないかと危惧しているのだ。
「おいでー」
チャムがハモロ達を手招きする。
「あなた達、セネル鳥に裸で乗れる?」
「もちろん~。遊び友達だもん~」
「郷生まれなら大概は乗れる筈ですよ」
コウトギではどこの郷にも数十羽は飼っていた。当たり前といえば当たり前か。
「じゃあ、立候補……」
原色に近い属性セネル達が「キュイキュイ」と大騒ぎをしながら殺到してくる。
彼らは魔獣に分類され、それなりに脳容量は大きいし、簡単な言い回しなら人語の意味を解する。強き王であるパープルに入れ代わり立ち代わり挨拶をしていた彼らは、その主の声掛けに顕著な反応を示した。
「ごめんごめん、みんなには乗れないや。じゃあ、君と君と……」
カイは何羽かを指名する。
鞍を着けていれば
ひらりと跨ると、その赤いセネル鳥は軽く翼を広げた後に両足をキュッと締めてきた。この感覚に慣れると下半身に力が要らず楽になる。
「良い子良い子~」
ロインが乗った個体も悠々と歩みを進める。
「こんな風に皆さんにも乗っていただきます。しばらくはゆっくりと進むから、その間に慣れてくださいね。仲良く出来そうな相手を選んで乗ってください」
属性セネルを通してお願いしてあったので、通常セネル達も獣人達を乗せてくれるだろう。
こうして獣人戦団は、全てが機動戦力となった。
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