暁光立志団

 パーティーメンバーの大剣使いモリオンから打ち明けられた時、ゼッツァーは悩みはしたものの決断は早かった。

 彼は冒険者グループ『暁光立志団』の団長であり、四十名の団員のリーダーである。本来は熟考すべき事項であり、相談を必要とする場面でもあったと思われるが、いつも通り即断即決してしまう。団員は団長の心意気を善しとして従っている。それが彼の良いところだからだ。


「我ら暁光立志団はこれより、ロードナック帝国の圧政に苦しむ獣人達の救済に当たる!」


 団長ゼッツァーは宣言した。


   ◇      ◇      ◇


 ゼッツァーをリーダーとしたパーティーは、元はウルガン王国で活動していた。

 だが、ラダルフィー事変よりこちら、中隔地方での冒険者へ向けられる視線は冷たさを含んでいる。常に監視の目が光っているような有様だった。


 冒険者稼業に信念を持つ、気骨の人であるゼッツァーはその環境に耐えられず、活動場所を移す考えを持つようになる。

 仲間もそれを承諾し、呼応した六つのパーティーと冒険者グループ『暁光立志団』を設立して活動の場を東方へと移した。


 本拠地が帝国南東部に決まってから二輪にねん半、今では更に二班の冒険者パーティーを加えて、四十名もの大所帯になっていた。

 ゼッツァーのパーティーを中心に、五~六名の班それぞれが魔獣退治や盗賊退治の依頼を受けて活動を続けていた。


 ところが数陽すうじつ前から大柄な獣人女剣士モリオンの様子がおかしくなる。仲間は心配するも、頑なに口を閉ざしていた彼女は、とうとう同じ団内に居る三名の獣人と一緒に脱退を申し出る。

 簡単に承諾する訳にいかない事態に彼が問い詰めると、彼女らは秘密にするのを条件に真相を語り始める。


 冒険者ギルドで同じ獣人から帝国首脳部の獣人への方針転換を伝えられた彼女らは、速やかに離脱しなければ自分達に危険が及ぶばかりか、仲間にも迷惑を掛けるだろうと判断する。

 仲間が引き留める言葉や、彼女らを守護する意気を見せる間、団長は黙っていた。


 そして、団長ゼッツァーは決断内容を宣言したのだった。


   ◇      ◇      ◇


 それから数陽すうじつ。現在は、商都フォルギットの近郊を巡って脱走獣人の糾合を図っている。


 既に三百名ほどの獣人が彼らの庇護下にあり、戦闘集団と化している。それほどの規模となれば領主の耳にも入り、危険視されて領兵部隊を派遣されていた。

 撃退しつつ避難獣人を集めているが、事は容易ではない。領兵相手でも戦って勝つのは難しくない。彼らも危険な魔獣の群れと渡り合ってきた腕の持ち主ばかりである。

 だが、ただ守っているだけでは腹は膨れないのだ。暁光立志団が保有していた食料はすぐに底を尽き、一部の団員がフォルギットに調達に出ていたのだがそれも難しくなる。領主からの抗議で、冒険者ギルドから彼らへの出頭命令が出ていたからだ。


 フォルギットに出入り出来なくなってからは、周辺の村落への買い出しに走らざるを得なくなるが、それにも限界がある。村民達とてそんなに多くの在庫を抱えているはずがない。それにほとんどの所持金をギルド委託金として預けている彼らには、現金の持ち合わせも多くはなかった。


「どうする、団長?」

 盾士シールダーのブアロックが打開策を訊いてくる。

「ああ、何か考えないと進退窮まるな」

「ラルカスタン辺りに逃げ込むか?」

「それなら南の山岳地帯だろう。ラルカスタンに行ったって冒険者ギルドには寄れないんだぞ?」


 ギルド通信で彼らの出頭命令は伝わっているだろう。捕縛されないまでも、聴取は受けないといけないだろうし、活動も制限される。最悪、委託金も凍結されているかもしれない。


「山に入れば魔獣だって獣だって狩れるし、連中なら採集だって得意だろ?」

 戦斧バトルアックス使いのセメウェンスが獣人集団を親指で示す。

「出来るだろうが、彼らに頼ってどうするんだ」

「背に腹は代えられんじゃないか?」

「ええ、あの方達とて自分のこと。協力は惜しまないと思いますよ?」

 女性魔法士のフレイエスは妙なこだわりは無さそうだ。

「だがなぁ」


 ゼッツァーの矜持が疼く。保護した筈の獣人に頼って窮状を打開するのはあまりに体裁が悪い。


「山岳地帯に逃げ込んだところで西にはドゥカルがある。連中から聞いた話じゃ、あそこでは獣人捕縛令が出ているらしいじゃないか。それに帝国海軍基地もある。危険過ぎないか?」

 理由付けにも事欠かない。

「簡単に見つかるほど狭くはないはずだぜ?」

「いや、一理あるな」

「ごめんね、みんな」


 意見が分かれそうになるのは申し訳無くてモリオンが割り込む。

 オオミミクロクマの獣人である彼女の大きめの耳が垂れて赤い髪を覆う。金色の瞳も潤んでいるように見えては、男達も議論を戦わせるのは憚られた。

 大柄な体格で、豪放磊落な彼女が背中を丸めてしょげている様などあまり見たくはない。


「あたしがいるばかりにこんな事になっちゃって」

 モリオンは人族社会で生まれ育っているので、少々蓮っ葉だが一人称は普通だ。

「気にしないで。悪いのは絶対にあなたじゃないのよ」

「ありがと、フレイエス」

「そうだ! いっそ北の山地を抜けてインファネスを目指すか? あそこなら奴らを保護してくれるはずだって!」

 セメウェンスが手を打って提案する。

「どっちが無茶かって言えば……」

「聞いてくれ、団長!」


 団員の一人が駆け込んできた。なけなしの私財を売って買い出しに行っていた男だ。何か情報を仕入れたのか、息せき切って喋り始めた。


「西のほうで獣人戦団って奴らが暴れているらしい! フォルギットの領主が領兵軍を出すって騒いでる!」


 重要な情報だ。それが本当ならこちらへ向けられていた注意は完全にそちらに向くだろう。上手く切り抜ける好機になる。

 商都フォルギットに領主館を置く領主はデュクセラ辺境伯である。大戦力と言える領兵軍を擁しているし、戦争巧者でもある。戦闘は一時的なもので終わるかもしれないが隙が出来るのは間違いない。

 ところがゼッツァーはそう考えなかったらしい。


「よし、行くぞ!」

 彼らの団長はまたも即断即決である。

「行こうってどうするんだ? ただでさえ食料が足りないっていうのに、空きっ腹で救援に向かうってのは無茶が過ぎるぞ?」

「だから向かうって言っている。補給線を襲うぞ。連中の食料で腹を満たしてやる。くだらない差別意識で獣人を追い出した連中に正義の鉄槌を食らわせる。俺達の食糧不足は解消されて、その上で獣人戦団って奴らの援護にもなるんだぞ? これ以上の策があるなら教えてくれ」

「ゼッツァー……」

 モリオンは自分達の事ばかりか、他の獣人の事まで気遣ってくれた彼に感動の視線を向けている。

「ここが磨いた戦技の見せどころだ! 気合い入れていけ!」


 冒険者グループの団長は号令を発した。


   ◇      ◇      ◇


 時は遡る。


 歩を進めるうちに戦いの興奮は冷めていくものの、獣人戦団の初勝利を噛み締めると同時に内容も脳裏に甦る。だんだんと私語も増えていき、内容が耳にも入ってくる。


「やっぱり本当だったんだ。話をでかくしてんじゃないかと勘繰ってたんだが」

「冗談みたいな本当の話だったな。まさか獣人だったとは……、万魔の乙女」


「ぷぎゃ ── !」

 犬耳娘の口から驚嘆とも悲鳴ともつかないものが漏れる。


 チャムが聞いたところ、やはり情報元はモイルレルの領兵だった。

 ジャイキュラ子爵領は第三皇子に私怨を抱かれた事で見限ったものが多く、かなり流出したらしい。今では帝室に反感を持つ者が集まって兵数も戻っているが、一時は相当減少したようだ。

 流出した領兵が各地に散り、その噂をばら撒いていると説明した。


「帝国人なんか嫌いですぅー!」

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