魔法榴弾
(さて、下拵えしなくちゃね)
属性セネルの騎鳥隊と対峙する騎馬隊は中央の陣の魔法士部隊からの魔法防御を受けている。彼らの余裕の源はそれだ。最終的には騎乗戦闘技術の差だと考えている。
装備品にムラがあって見るからに寄せ集めだと分かるロイン戦隊では、
カイは『倉庫』から拾っておいた石を取り出す。何の変哲もない直径が
表面に親指をするりと走らせて、精密変形魔法の効果で刻印記述を施す。そして手首のスナップを利かせて遠投した。
何気無い動作で投じられた石は放物線を描いて宙を飛び、魔法士部隊の真ん中に落ちる。落下すると爆音とともに炸裂した。
「なっ! 魔法攻撃を受けたぞ! 何をしている!」
「馬鹿な!
「実際にやられているんだぞ!」
石に刻印されていたのは、衝撃を受けたら炸裂する記述である。それに魔力を充填してから投げ込んだのだ。
石は
落下の衝撃で炸裂した石は、欠片を飛び散らせて被害を及ぼす。
だが、被害の実情は軽微である。確かに魔法士部隊に金属鎧を着けている者など少ない。せいぜい鎖帷子か、防刃布製のローブが良いところ。
石の欠片が直撃したところで大怪我を負う事はないのだ。鋭利な角が身体を傷付けても、命に関わったりはしない。金属片を撒き散らす元の世界の手榴弾のような効果は望めない。
望んだのは心理的効果。
そうすれば魔法士は間違いなく動転する。防御魔法が崩れる時に彼らの常識も崩れる。普段は自分達の制御下に有るべきものが牙を剥く。そんな風に感じるだろう。
重ねて何度も魔法榴弾と化した石を放り込まれると、その感情は止まるところを知らない。
動揺した時、咄嗟に人は有り得ない行動を取る。防御を擦り抜けた事に恐怖を感じているというのに、その防御を強めようという心理が働く。
結果として、騎馬隊に対して追従制御されていた
放り出されたのは騎馬隊である。自分達では対処出来ない魔法にも防御が働いていた筈なのにそれが外される。魔法士はロッドを掲げて口々に自分への防御魔法を唱えている。
目の前には、属性セネルだけで編成された騎鳥隊。先頭の人族が手を振り下ろすと、全ての属性セネルが魔法を放った。
次々と着弾する様々な種類の魔法に騎馬隊は蹂躙されていく。突撃体制を取ろうと密集していた隊は、大雑把な狙いの魔法でも十分な効果があった。
直接ダメージを受ける騎士。驚いた馬に振り落とされて踏み潰される騎士。鐙から足が外れず引きずられる騎士。踏み潰されはしなかったものの、重い鎧で動けず魔法の直撃を受ける騎士。
戦闘不能の騎士が量産されるも、逆に馬が驚いて散ったばかりに命拾いする騎士も徐々に増えてくる。周囲が開ければ、山なりに落ちてくる魔法から身を躱すのも可能になってきたからだ。
(残念だけど立て直す時間はあげられないなぁ)
カイがパープルの首筋をポンポンと叩くと彼は大きくクチバシを開き、紫光のビームを放つ。それは未だ動揺の渦中にある騎馬隊のど真ん中に突き刺さり、馬も人も薙ぎ倒してしまう。
そうなればこちらのものだ。これまでの戦術と同様、崩した後に突撃である。
白銀の薙刀を煌めかせつつ突進する黒髪の青年と、その横に並ぶ金髪の犬系獣人少女の背中を追って、ロイン戦隊は敵騎馬隊に向けて疾駆する。
駆け抜けざまに薙刀は肩や腿を斬り裂いていく。痛みで挙動が遅れる隙に、続く獣人戦士が一撃また一撃と加えて仕留めていく。
正面から挑み掛かってきた騎士の剣を峰で受けると鉤に絡めて折り、跳ね上げた刀身で胴を斬り裂く。反対から突き込まれた槍の穂先は柄で受けて弾き、石突の鉤で顔面を斬り、後頭部に石突を返して殴り落馬させる。滑り込んでくるランスの先端を左の銀爪で掴み取り、切っ先を飛ばして喉笛を掻き斬る。
真っ向からぶつけるように当たってきた騎馬の馬首にパープルが食い付くが、騎士は構わず大剣を大上段から落としてくる。それに斜めに刃を当てるように受けると、滑った刃は鋸の刃のような牙に当たり、半ばから斬り落とされた。弱って膝を折る馬から乗り出すように騎士は殴りかかってくるが、拳甲で逸らすとカウンターで左拳を振り抜いた。
上体を跳ね上げるだけに止まらず、そのまま宙を舞う大柄な身体を眺めていた騎士達は顔を青くして間合いを取った。
おそらく彼は名のある騎士だったのかもしれない。勝利への執着がそれを感じさせた。
間合いを取って並ぶロインは、以前と装備が変わっている。魔獣狩りをするようになったからか、小剣一本でなく右手に長剣、左手に小剣の二刀流であった。
防具も少し上等で優れた物に変わっていたが、送られてきた防具の中に美麗で軽い物を見つけて飛びつき、今はそれを着けていた。
屈強な騎士が振り下ろす剣を、彼女は小剣で容易に受け止める。それさえも騎士にとっては屈辱らしく、余計に大振りになって隙を作ってしまう。金髪犬娘はそれを見逃してくれず、長剣の鋭い突きが騎士の脇、鎧の隙間に深く差し入れられる。歪む顔に涼しい顔で応じると、するりと背後に回り背中の防具の隙間へ逆手にした小剣を鍔元まで押し込んだ。
悶絶する騎士に一瞥もくれず、自分で選んだ朱色の
そのまま滑らせるように間合い奥深くまで騎鳥が足を運ぶと小剣で槍の柄をずらし、自由になった長剣を肩口に振り下ろす。鎧に当たって斬撃は止まるが、刃が食い込んだ場所からは派手に血が吹き出した。
動脈を傷付けられた騎士は視線が定まらず、ふらふらと頭を揺らして落馬する。それを後ろへ躱すと、背後で蹄が大地を叩く音がした。
「危ないよ」
大振りな刃を持つ
「ありゃ~。びっくりした~」
「気を付けようね?」
ここに辿り着くまでにロインはこの朱色の属性セネルとの絆を深めている。ちょっとした指示や膝の動きだけでかなり深い意志疎通が出来るようになっていた。
それだけに彼女が後ろへの注意を欠いたままの指示に騎鳥が反応してしまう。息が合っているが故の失敗と言えよう。
「ありがと~。後でキスしてあげる~」
騎鳥を転回させて視線を配りつつ、片目を瞑って寄越す。
「それは役得だね」
「んふふ~」
相手の騎士は、小兵に見える人族の男に
強く振って穂先の血を払うと、刀身を寝かせて前に突き出す。それは構えでなく指示だ。パープルが嘴を開け、口内に紫電が舞う。カイが刀身を横へゆっくりと動かすと、放たれた紫光のビームが領軍騎士を薙ぎ払った。
「止まるな! 潰せ!」
騎馬隊の中ほどまで切り込んでいる形のロイン戦隊を押し包めという指示だが、ビームで麻痺させられた騎士や馬が邪魔である以上に、薙刀の戦士を怖れて動けない。
(見つけた)
先の行動は指揮官を見定めるため。即座に左腕のマルチガントレットを向けて狙撃する。がくんと首を揺らした指揮官は後ろに倒れ、それに驚いた馬が連れ去っていく。
指揮官を失った騎馬隊は一斉に反転して逃走した。
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