島の現状

 それを問われれば、無いと答えるしかない。


 若夫婦の住む村・シェシェには治癒キュアが使える魔法士はいない。正確に言うと魔法士など一人もいない。そこに居ても意味が無いからだ。

 このロカニスタン島には魔獣がいない。だから、その狩り手がいない。魔法士にも用がない。森の猛獣が海岸近くまで降りてきたとしても、若衆が力を合わせて倒してしまう。


「一応、桟橋から進んだところのロイロイの町には冒険者ギルドもあります。ですがそこに詰めている冒険者もいません。依頼があれば渡ってくる事になっていますが、依頼そのものがほぼ無いらしいので」

 町にも時々顔を出すモルセアのほうが事情に通じているようだ。

「そりゃ、仕事が無けりゃ寄り付きゃしねえよなあ」

「治癒魔法士を置いておけるのはロイロイだけで、それぞれの村にはいないのです。そのロイロイの治癒魔法士も訪問者向けであって、住民を診る為に村々を回ったりなどしませんから」

「それなら、こちらから出向けば診てもらえるんじゃないの?」

 チャムは当然の疑問を口にする。ロルヴァのような緊急を要する怪我ならば搬送してでも診てもらうべきだと誰でも考える。

「それが…、ひどく高価なのです」

「それは、たった一人の魔法士のところに島の傷病者が押し掛けないようにする為ですか?」

「そういう意味合いもあるでしょうが、魔法士当人が金持ちである訪問者の傷病者に魔力を割けるよう意図しているからだと思います」

 四人は怪訝な顔になる。一つの可能性に思い当たったからだ。

「まさか個人で開業しているって意味? ラムレキア王国が福祉体制として派遣しているんじゃないって事?」

「ええ、残念ながら。決して収入の多くない島民では、よほど余裕が有る時でなければ魔法士の治癒のお世話になる事は叶いません。それが実情なのです」

「経済的な理由で、もしもの時の治療薬を置いておくのも無理だと?」

 錬金で製造される治療薬は非常に高価である。大きな街でも日常的に使用される事はない。


 病気にせよ怪我にせよ、昔ながらの薬草を森で採ってきて使用しているのだそうだ。口伝のそれらを村の年寄りが準備しているらしい。

 なので今回も、傷口を荒く縫われた上で、止血や化膿止め、解熱の薬草が使われて、かろうじてロルヴァは命を取り留めたというのだ。


「これって医療体制以前に、島の収益体制そのもののほうに疑問を感じてしまいますぅ」

 何気なく言ったフィノの言葉にすべてが集約されているような気がした。


 ロカニスタンの島民の生活水準や文化水準は決して高くはないように見える。一応、毎運航されている定期船にしても、乗客がいるからこそ維持されているといった感じだった。

 これは果たして統治されていると言える状態なのだろうかと思ってしまう。


「ラムレキアって、対ロードナック帝国の最右翼として君臨しているイメージがあったけど、これは何と言うか、目が行き届いていない感じねぇ」

 侵略大国に対する最先鋒として、正道を歩む国とは言えないようだ。

「国内に目が向いてねえってところか?」

「ええ、正直な話、そういう感じは否めません。確かに宝石は大きな資金源なのでしょうが、大陸の鉱山で産出される宝石類に主眼が置かれて、真珠は北岸でも作れる安価な日用装飾品としか見ていないきらいがあります」

「品質的に大きな差が出なければ、そう見えてしまうかもしれませんですぅ」

 悲しげな声を出す犬系獣人だが、それが現実と理解出来るだけ覆すのは難しいと思っているようだ。

「面積当たりの産出量で言えば、このロカニスタン島が群を抜いているのは事実なんです。品質的にも、色艶ともに一つ抜けているのです。なのに評価は低い。申し訳なく思っています」

「これは単なる搾取の構図とは違うみたいですね? 要は見えていないというだけなのでしょう。現状を変えるには、目を向けざるを得ない状況を作らなくてはいけなさそうですね」


 モルセアは青年の黒瞳に知性の輝きを見た気がした。


   ◇      ◇      ◇


 ロルヴァからの申し出で、夫婦の両親が使っていた家に寝泊まりさせてもらうことになった。渡航当は、陽暮れから簡単な掃除をして、落ち着けるくらいにしてから就寝の運びとなる。

 翌からロルヴァの歩行訓練も兼ねてカンム貝の養殖の様子を見学させてもらう。


 カイが知っている範囲の真珠の養殖と言えば、テレビで観た程度の知識しかない。育ったアコヤ貝に真珠の核を入れる作業をして、イカダから海中に吊す行程である。後は取り出しの場面くらいしか見どころが無いのか、映像を観た覚えがない。


 なので、改めてタブレットPCで調べてみた。

 アコヤ貝の稚貝を育てる事二年、十分に育った貝に手術を施し、核になる物体と少し切り取った外套膜を、卵を抜き取った生殖巣の中に挿入する。

 再び二年間育てて核の周りに真珠質と呼ばれる硬質タンパク質の層が出来るのを待ち、アコヤ貝から真珠を取り出すという行程になる。

 これは安定した大きさの真珠を得る為に人々が生み出した方法だ。核の大きさで真珠の出来上がりの大きさが決まるので、粒ぞろいの真珠を作り出し易いのである。


(思ったより面倒な事をやっているんだね。それと同じ事をこの世界でもやっているんだろうか?)

 こう言っては何だが、はなはだ疑問である。


「あそこに並んでいるのが俺のところの簾囲いすがこいなんだ」

 そう言うとロルヴァはそのまま浜から海に入っていく。


 かなり気温は高く、今陽きょうは防具も着けてきていないので、続いて海の中へ。泳がなければならないかと思ったが、遠浅の海は波打ち際から10ルステン120mほど進んでも鳩尾くらいまでの深さしかなかった。

 そこに4ルステン48m四方の区画が木の杭で仕切られている。杭は一定間隔で打ち込まれており、その杭の間には蔓で編んだが張ってあった。

 なるほど見るほどに簾囲いすがこいであるが蔓の編み目は粗く、小魚くらいは入れそうだ。実際にカンム貝を食べるような大型魚さえ入り込まねば良いという構造にしているらしい。逆に粗いくらいでないと海水が入れ替わり難くなり、貝の育ちが悪くなるそうだ。


「こいつはもう真珠の種を入れた簾囲いすがこいだから、親の区画みたいなもんなんだ」

 一ヶ所の簾を巻き取ると、中に入っていくロルヴァ。続いてミーザが入り、促されてカイ達もお邪魔する。

「カンム貝は砂地に住んでいる貝なのですね?」

「ああ、そうだ。もうたぶん踏んでるだろう」

 確かに所々、かなり固い感触が足の裏から伝わってきている。

「あひっ! ご、ごめんなさいっ!」

「はははは! 気にしなくても踏んで割れるような貝じゃないから心配しなくていい」

 慌ててじたばたするフィノを、ロルヴァは愉快そうに笑いながら安心させる。

「もう真珠が採れそうなやつを上げてみるから待ってくれ」

「いよいよ真珠が拝めるのか?」

「まあ仕事人の手際を見させてもらいましょうよ」


 話からして海底にはカンム貝が多数居る筈なのだが、透明度の高い水を透かしてみても砂地と貝の区別が付かない。相当巧妙に擬態しているか、砂の中に潜っているかだろう。

 ざぶんと全身を水中に没したロルヴァはしばらく上がって来なくなる。丁度良い育ち具合の貝を探しているらしい。

 それでも、十呼50秒としないうちに顔を上げた。

「これなんか良さそうだ」

「「でかっ!」」


 彼が持ち上げた二枚貝の直径は、およそ60メック72cmはあるように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る