意識の空隙
四人の猛撃を他の陣はただ眺めていた訳ではない。むざむざやられてなるものかと、領軍の中段二陣は左右から押し包もうと徐々に前進している。
この動きは本陣からの命令ではなく視線を奪われてのものだったので、一気の進撃にならずに前のめりの身体を支えるように一歩一歩踏み出す結果が前進に変わったようなものだった。
自分達が正規軍の盾に使われているとは解っていながらも、現実に彼らばかりが損害を受けている意識が、やられたらやり返すという意思に転化されてしまっていたのだ。
その動きは、本陣からの目が気になる後段二陣とは異なる。それは目の前で見せられている兵達と、遠く透かし見る兵達との意識の差が生み出している。
中段が前進すれば後段との間に空隙が開く。そして、カイ達は空隙を助長するように、押されているように見せ掛けながら少しずつ後退していた。
その空隙を見逃さなかった者もいる。鋭く指し示された空隙に対して信号旗が打ち振るわれ、それを受けた指揮官がハンドサインを送ると、四万近い騎馬兵団は地響きを立てて突っ込んでいく。
申し合せが徹底されて鬨の声も上げずに突進した騎馬兵団に、領軍中段は対応が遅れる。空隙に滑り込ませた騎馬兵団の前には、重装歩兵を有する正規軍中陣三万が控えていた。
◇ ◇ ◇
帝国正規軍が全体に受け身なのには理由がある。相手は機動戦を得意とする騎兵軍団で侮るべきではないのだが、全てが獣人なのだ。基本的には身体強化以外の魔法適正を持たない人種なのである。
つまり、魔法士もいなければ、ラムレキア軍のように
どけだけ機敏な機動を仕掛けてきても、魔法を浴びせかければ簡単に崩壊する軍勢なのである。それが故に戦術的に小細工を不要と考えていたのだ。
「魔法士隊迎撃準備」
慌てふためく領軍をよそに、正規軍中陣は整然と突進に備える。
「撃ち負けるな。何も怖れるものはない」
四つの騎兵隊を菱形に並べて突入してくる連合軍が、先頭に属性セネルを並べているのを見て取って命じる。
「十分に引き付けて確実に仕留めろ」
一角だけではない、敵陣全体を壊滅に追い込むべく魔法攻撃までの溜めを作る。
「よし、撃て!」
魔法士部隊への号令が飛び、数多くの魔法が突入してきた騎兵軍団に向けて放たれる。
「何だと!?」
属性セネルが特性魔法を放った直後、魔法防御膜が展開され、魔法士部隊の魔法が散乱されていた。
◇ ◇ ◇
属性セネルの特性魔法は全て正規軍の
ここまでは想定通りの成り行きなのである。
獣人戦団にもベウフスト騎馬隊にも魔法士はいない。ただし、この戦いを始める前から五百騎に一騎だけが胸元にメダルを下げている。
選抜されたのは、魔力に余裕がある者達である。黒髪の青年が準備した、二枚重ねの金属板の内側に
ハンドサインに合わせて属性セネルの斉射を待ったメダル保持者は、一斉に
カイが予想した通り、帝国正規軍は魔法一撃での壊滅を狙ってかなり近くまで引き込んでいる。それが完全に仇となってしまう。騎兵にとってそれは一息の距離だ。
常道に従い、重装歩兵は大盾を並べて待ち構えてはいるが、魔法の斉射をくぐり抜けてくるとは思ってもいなかったようで、あからさまに動揺の色が窺える。
「キュルキー!」
先陣を切るロイン戦隊の属性セネル達はまともに当たってなどいかない。或る一羽は大地を蹴って大きく跳ね上がり、大盾の上に爪を掛けて乗り越える。或る一羽は軽く跳ねると、大盾の上部に跳び蹴りを入れて押し潰す。本来、防壁となるべき前列がいとも簡単に打ち破られる。
次には、前列を崩した味方の騎兵の上を飛び越え、また横を擦り抜けして一気に突入していく。重装歩兵の層を突き破ると、後列の歩兵までもその武器に、その牙にと掛けていった。
◇ ◇ ◇
釣り出されたと気付いた中段領兵軍は慌てて反転する。このまま失態を演じただけに終わると彼らの主君が叱責を受け、ひいては自分達に跳ね返り、場合によっては給金も支払われずに解雇放逐されてしまうかもしれない。
彼らの働きを買っている雇い主は貴族であり、そういった事も罷り通ってしまうのだ。命懸けでも実入りの良い職だが、厳しい一面も持っている。
連合軍の後尾に挟撃を掛けようとする領兵軍だが、その後尾にも敵がいるのを失念している。
「相手を間違えていますよ?」
無音で狙撃されて脱落する兵もいれば、炸裂音とともにもんどり打って倒れる者が続出する。再び騎乗した魔闘拳士達四人が背後に迫っていたのだ。
「
「
ぎりぎり間に合った防御膜が作用して、鋭利な岩の雨を何とか防ぎ切るが、それで飽和されて防御が切れた。
「キュリラー!」
連続で放たれた光熱球が次々と着弾して兵士が宙を舞う。紫電のビームに薙ぎ払われると数十名単位でばたばたと倒れ伏した。
「
氷の針を含んだ暴虐の嵐が襲来し、多くの兵士が身体の各所に穴を開けられる。そのままでは堪らないとばかりに一部が再び反転すると、目前に四騎が迫っている。
「魔法士から潰せ!」
「来てみやがれー!」
怒号がぶつかり合い、武器が大男の盾とも噛み合う。その一瞬が雌雄を決する。
「
電荷の傘が領軍を覆い、目を焼く稲妻が大地を駆け巡る。
雷撃に貫かれて身体を押さえて蹲る者はまだ運がいい。運が悪い者は直撃を食らって黒焦げになったり、泡を吹いて痙攣していたり、目を見開いて硬直していたりする。
真っ先に狙撃された魔法士も大半が倒れ、左中段の領軍の陣も組織的な攻撃力を失いつつあった。
「おお ── !」
そこへ致命傷となる鬨の声が流れ来る。
正規軍中陣を大きく抉って離脱した連合騎兵軍団が展開しつつ迫っていた。
◇ ◇ ◇
「そのまま直進! 打撃戦闘! 打ち崩せ!」
ハモロが大きな号令を発し、自らの大剣で敵を指し示す。
錐のように鋭く陣形を変えたロイン戦隊が敵陣中央を駆け抜け、カイ達と合流を果たしている。
中陣にはベウフスト騎馬兵団が位置し、肩を並べるようにハモロ戦隊とゼルガ戦隊が横一列で敵陣を叩き潰していった。
今回の戦闘は、帝国正規軍に大きな損害を与えるつもりは無い。与えたいのは恐怖感だ。
重装歩兵の壁をものともせず、魔法攻撃にも耐え、縦横無尽に駆け回る機動兵団の存在を相手に刷り込むのが目的である。
その上で領兵の陣を削り、帝国軍が壁に使って勢いを削ぐ戦力を或る程度排除しておきたかったのだ。そうしておけば今後の戦術に幅を持たせられるのは間違いがない。
「足を留めるな! 抜け様に削り取るだけでいい!」
指示をしつつ、自身も大剣を振るって突き進んでいくハモロ。その姿は勇猛果敢の二つ名に恥じない戦いぶりだった。
「大将に遅れるな! 薙ぎ払いつつ突き進め!」
「うお ── !」
「やっちまえー!」
崩れ立つ敵を粉砕してハモロ戦隊は押し通り、待っていたロイン戦隊と並んで離脱していく。
「上出来、上出来」
尊敬する拳士が笑顔で迎えてくれた。
「任せてくれよ、カイ」
「頼りになるようになったわね」
麗人の誉め言葉に少しはにかむ少年指揮官だった。
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