デニツク砦攻防戦(2)

 砦大門が開くと同時に帝国騎馬軍団が雪崩れ込む。

 当面は城壁を挟んで睨み合いが続くと思っていたガッツバイル傭兵団の思惑は外れ、突如始まった戦闘に慌てふためいて前庭に出てきた傭兵達は一気に押し込まれ、初手から少なくない損害を出す。

 騎兵が馬上や鳥上から繰り出す馬上槍やランス、ハルバートが歩兵を刈り取っていき、その支配範囲を増していく。騎馬軍団が空けた場所に、重装歩兵軍団がけたたましく金属音を立てながら入り込むと大盾を前面に押し立てて進み、その隙間から長槍を突き出してしごきつつ前進する。更に歩兵や弓兵、魔法士部隊が次々に侵入すると、遠隔攻撃も始まり混乱は度合いを深めた。


(あいつら、孤立してしまうぞ。どうする?)

 大門の開放操作に動いていたマンバス千兵長傘下の部隊は城壁上に戻るが、今更階段を降りるのは難しいと感じる。何も無ければ一部の傭兵は階段から城壁上に逃げ場所を見出すような状況だ。ところがそこには一方的な火力で蹂躙してきた四人が居座っており、退路に使えないでいる。

 彼らが退きつつ再び戦闘に及ぶなら、階段という場所は優位性の確保が容易で、一気に圧し包まれる心配も無い。しかし、階段下に陣取った四人は退く気配を見せていなかった。

(仕方ない。援護に回るか)

 そう考えたディアンは視線で合図を送ると、マンバスは下馬を指示し階段への道をとった。


 ところが彼らはディアン達の行動を一顧だにせず、更に道を切り開きつつ前進を始める。

(何だよ、奴ら。周りが見えていないのか?)

 トレバ戦役での活躍が伝わってきているのだから、多数対多数の戦いに慣れていない訳では無い筈。だが、行動はその予想を裏切ってしまっている。

(誰かの指揮下でしか集団戦闘で活きないタイプか? それにしちゃ怖れる事もなく突っ込んでいくな。目的が有るとしか思えない)

 切り離されない内にと階段を駆け下りると、ぎりぎりで追い付く形となった。

(厄介だが付き合うしかあるまい)


 舌打ちと共に、今回の戦闘で初めて抜く事となった剣を鞘走らせる。


   ◇      ◇      ◇


 砦大門が開いたのは、結果的には彼らの援護になる。注意は駆け込んでくる討伐軍のほうへ向き、進路上の邪魔な敵を排除するだけで済みそうだ。


「まったく! 北寄りに来てから鉄弾が幾つ有っても足りないわ! また補充しないといけないじゃない!」

 弾箱カートリッジを抜き去ると、『倉庫』から新しい鉄弾弾箱カートリッジを取り出して盾に差し込む。


 組み換えたプレスガンの弾箱カートリッジ蓄魔器マジカルバッテリーを使用しない分、スペースに空きが出来たので装弾数が多くなって三十五発になっている。換装を少なく出来た効果は大きく、装弾数の多さは精神的な余裕と戦術的な幅をもたらした。

 敵の数と残弾数の計算を強く意識する必要が薄れれば、使い方にも大きく変化が表れるものである。具体的に言えばチャムは、残弾が一桁台になったと感じたら一気にばら撒き間合いを作る。打ち尽くす前に時間が作れれば換装の時期を見誤る事は少なくなる。弾箱カートリッジ内に数発残すくらいで感覚的には丁度良い。

 換装を考える前に二十発使える。それが二十発と三十五発の違いである。


「また補充するからそんなに気にしなくていいよ。素材にそう困る事はないし、何ならその辺に落ちている剣を後で何本か拝借すれば十分」

 鉄弾はその名の通り鋼で作っており、街でなら探さずとも買えるくらいに流通しているし、武器素材としても最も普及していると言っていいだろう。

「そうね。せめて素材分くらいは取り返させてもらう事にしましょう」

 酷い言い草に聞こえるかもしれないが、この世の中無法者の人権まで認めていると、治安など求めるべくもない。


 トゥリオに側面を守ってもらいながら、前衛三人がフィノの援護を受けつつ人の海を切り拓いていく。

「君らは一体どうしたいんだ!?」

 背後を取らせないよう気を配っていたトゥリオの横に帝国兵と冒険者の混成部隊が入り込んできた。

「どうしたいって何がだ? 決まってんじゃねえか? ここへ何しに来たんだよ」

「何って砦の奪還に決まってるだろ?」

「じゃあ、降りてきたりせずにあの昇降階段で削ってろ」

 思いがけない返答に、彼らは目を白黒させる。

「救援に来たのにそんな物言いは無いだろう!」

「要らねえっつってんだ。お前らまで守る余裕はねえぞ?」

 憤慨したマンバスが声を荒げるが、トゥリオは取り合わない。

「まあまあ。こんな敵のど真ん中で喧嘩したって仕方な…、っと! だろ!?」

 突き掛かってきた槍を躱し、穂先を斬り飛ばしたディアンはトンと踏み込むと斬り上げの一閃で死体を一つ増やす。

「乗り掛かった舟だ。もう退路は無いから最後まで突き合わせろ。指揮官殿達だって十二分に戦力になる」

「好きにしな。着いてくるならその気で掛かれよ?」

 そんな遣り取りの間にも血臭は濃くなり、進路上には重傷者と死体の道が出来上がっていた。


 前庭で繰り広げられる攻防戦を余所に、カイ達は砦内部に押し入る。

 待ち伏せの襲撃もサーチ魔法で見破られ、ことごとく撃退されていくが、その数もどんどん少なくなっていく。それもその筈、進路は地下に向いており、この状況下ではあまり用の無い場所へと入り込んできたからだ。

 だからと言って人気が無い訳ではない。そこには地下に押し込めておくのが都合の良い者達が捕えられていたからである。


 見張っていたのか奇襲に怯えて隠れていたのかは知らないが、一人の男が通路を塞いでいた。しかし、その男も駆け寄る勢いのまま放たれた黒瞳の青年の回し蹴りによって宙を舞い、石の床を転がると糸の切れた操り人形のように折り畳まれて微動だにしなくなった。

「助けてっ!」

 その様を確認すれば、騒ぎ出す者がほとんどになる。

「檻から離れて!」

 狭い通路内に入ってからは薙刀を格納したカイは、通り抜け様に銀爪を振るう。切り取られた格子が派手な音を立てて倒れる中、出入りが出来るようになった女達が溢れるように飛び出してくる。

「落ち着きなさい! 救助に来たのよ! 慌てず騒がず指示に従うの!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 チャムが強めに呼び掛けるが、聞く耳を持てる状態ではなかった。

 近隣から拉致されてきたと思われる女は解放されると手当たり次第に縋れる者に縋り付く。特に縋り付き易かったチャムとフィノは取り囲まれる結果になり、手にした剣で彼女らを傷付けないよう手を差し上げるしか無くなっている。

「ふええ…」

 圧し潰されそうなフィノからは情けない悲鳴が聞こえる。

 助けに向かいたいトゥリオだったが、彼自身も幾人もの女性に縋られてそう身動き出来る状態ではない。出来ると言えば落ち着くように声を掛けることぐらいだ。


   ◇      ◇      ◇


「皆、落ち着き給え! 私は帝国陸軍千兵長マンバスである! 君達は私が責任をもって保護するから大人しく指示に従って欲しい!」

 泣き声も多少は収まってきた頃合いに、千兵長は声を張り上げた。

 身も心もボロボロになっている彼女らは少し怯える気配を発し、身を寄せ合って頷き返すのが精一杯という風情である。後は大人しく兵達の負傷の確認に身を任せた。


「これがやりたかったのか?」

 保護される女性を見ながら、ディアンは傍らのトゥリオに問い掛ける。

「他に何をするってんだ? こいつがまず第一に決まってんじゃねえか」

「道理は道理だがな、命を賭けてまでそれが出来る人間は少ないんじゃないか?」

「どうあろうと、これが俺達のやり方だ。な?」

 その問い掛けに、トゥリオの返り血を拭っているフィノも、カイの顔を拭いているチャムも笑って肩を竦める。


(何を言っているんだ? この連中は)


 笑い返しながらも、ディアンは彼らを腹の内では見下していた。

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