デニツク砦奪還

 砦前庭での戦いは一方的な展開になっている。

 さもありなん、城塞内という優位性を失ったガッツバイル傭兵団には数の優位性はおろか、練度、装備、指揮系統の確立といった全ての面において劣っているのだ。その上、予想だにしていなかった奇襲からの戦闘開始である以上、抗する術も無かったのである。


 前庭での戦況が思わしくないと分かった時点で一部の傭兵は砦内部に籠ろうと駆け戻る者も続出したが、帝国討伐軍の侵入を怖れた傭兵が扉を閉ざし、錠までしていたのである。入れないと気付いた者が声高に内部の者を非難し、その声がまた前庭で戦っている者に混乱を巻き起こすという悪循環に、城塞という圧倒的優位性を持っていた傭兵団はいとも簡単に崩れ去った。

 自暴自棄となって突貫する者は重装歩兵の前にあっけなく命の灯を消し、武器を放り出して逃げようとする者は背後から斬り伏せられ、投降しようと抵抗を止めた者さえ軍靴に踏みにじられ死の淵を彷徨う。道を失い、逃げ惑う傭兵の混乱に討伐軍は一気呵成に襲い掛かろうと沸き立つが、翼将軍ジャイキュラ子爵は馬上から冷静な部隊行動を厳しく命じ、乱戦になるのを防いでいた。

 そんな中で一部の者は砦の扉を斧を用いて打ち壊し、内部に逃げ込んでいる。内部では怒号が飛び交いひと悶着あったようだが、それも次々に逃げ込もうとする傭兵団の者に押し流されるように中へ消えていく。徹底された命令で不用意な突入を禁じられた部隊が扉前を固めているうちに、前庭は掃討が続けられていた。


 モイルレルが馬を進め、砦の扉の様子を窺がいに行くと、中には武器を構えて歯を剥き出しにし、獣もかくやという形相の傭兵集団が踏ん張っていた。

 突入を命じるか投降を呼び掛けるか見極めようと観察していると、中の集団の足並みが急に崩れる。

「ぐほぁっ!」

 くぐもった悲鳴が聞こえたかと思うと、投石器で放り投げられたかのように人間が扉から撃ち出されてきた。

「げぅ!」

「ごべっ!」

 聞き慣れない類の悲鳴が連続すると、蹴り飛ばされた石のように人体が地を転がったり、錐揉みしながら飛んだ挙げ句に地に落ち、白目を剥いている者もいる。それらは総じて扉から吐き出されてきた。


「一体、何が?」

 幾度も続く激しい打撃音に、唖然としているモイルレルの前に中から吊り上げられた男が現れ、それに続くように凶暴な感じを否めない銀爪、更に白い金属光沢を放つ装甲に目が奪われる。

「おお…」

 思わず漏れた感嘆の声が自分が発したものだと気付くのに、彼女は一拍の時間を必要とした。

「がふっ!」

 鳩尾に膝を食らって、肺の中身を全部ぶち撒けたかのような呻きを吐いた男は無造作に投げ捨てられた。

 焔光ようこうの下に姿を現したのは、彼女が真に指示を仰ぐ第三皇子が危険人物とした魔闘拳士その人である。冴え冴えとした眼差しは冷たさを多分に含み、自分が下した相手を人とも思っていないかのようであった。


「僕の用事は済みましたので、お望みでしたら奥へどうぞ」

 慇懃に言葉を掛けてくるが、その態度にはそれほど敬意は含まれていないようだ。それは一貫していると感じている。

「分かった」

 衝撃から立ち直ったモイルレルが答えると彼は身を退き、場所の開いた扉からはその仲間達と当のディムザが顔を覗かせる。更にマンバス千兵長が続き、先導をするように百名近くに及ぼうかという妙齢の女達がぞろぞろと現れ、昼の白焔たいようの眩しさに目をすがめていた。おそらく久しぶりの明るい場所なのだろうと思われる。

「閣下、こちらで捕えられていた者達です。どうか丁重に保護をお願いしたいのですが?」

「もちろんだ! 任せたまえ!」

 少ないながらも彼女の傘下に居る女性兵を呼び寄せると案内させる。提供された毛布に包まれて、皆が涙ながらに頭を下げつつ大門のほうに連れていかれた。

「中の掃討は手を付けておりません。状況からしてもう人質を使われる心配は少ないと思いますが、注意しつつの捜索を進言致します」

「うむ、そのようにしよう」

 昨晩はそれどころではなかった筈なので、女達は纏めて地下牢に入れられていた筈である。その内十数名が今朝城壁に引き出されてきたのだろうと考えられた。


 ジャイキュラ子爵の命令で小隊単位に再編された部隊が各個に砦内部の捜索に投入されていく。組織的な抵抗は考えにくいが、それでも相当数の残存戦力が砦内部に潜んでいるだろう。

 前庭には卓が据えられ、その上に砦内部の図面が広げられる。元は帝国陸軍の管轄である。内部の詳細は割れているし、極秘の脱出路などが存在しないのも調査済みだ。

 これから彼女と傘下の指揮官達は図面と首っ引きで虱潰しの捜索指示を出し続けなくてはならない。陽暮れの後も継続を要求される作業に、腰を据えて掛かろうという姿勢が見られた。


   ◇      ◇      ◇


 その傍ら、暇になったのは四人の冒険者とマンバス指揮下の部隊である。別動隊として砦門の開放に貢献し捜索作業を免除された帝国兵達は城壁上に残した馬を回収しなくてはならない。免除にはそういう意味も含まれている。

 城壁上へ上る階段はかなり急に出来ているので、そこを馬では降りられないし下ろす術もない。そうなれば必然、来た道を帰らなくてはならなくなる。上る時は勢いで上り切ったものの、今更下を覗いてみると、よくもまあ無事に辿り着けたと思う。

「これを戻るのかよ…」

 悄然とする兵や従軍冒険者達だが、とにかくやっつけなければ終わらない。とりあえず狭間の上まで歩を進める為の斜路を作る必要が有る。馬を移動させて、木材を担いで階段を上る。

 面白くも無さそうに傭兵団の死体から鉄弾素材にする剣を剥ぎ取っているカイを放っておいて、トゥリオもその作業を手伝ってやる事にした。

「どうせ君らも使うんだから、そんな恩着せがましく言わなくてもいいだろ?」

 ニヤニヤしながら板を担いで階段を上るトゥリオにディアンは不平を漏らす。

「いや、うちの奴らならこのくらいは跳び越えるぜ。あいつら、妙に肝が据わっていやがるからよ」

「下手すりゃあんたよりもね?」

「うるせえ」

 応援に回っている二人の女性陣だが、口にしたのは皮肉だった。

「なるほど、君達は属性セネルを使っているからな。融通が利くから羨ましいね」

「何言ってんだ? あいつも相当いい馬だろ? それなら買えるじゃねえか、属性セネル」

「そうもいかないのさ」

 ディアンは渋い顔をする。

「でかい依頼を受けたきゃ馬にでも乗っていないと嘗められてしまうからな」


 管理費用の掛かる馬に乗っていればそう金には困っていないという証明になって、足元を見られないで済むと言う。依頼者に拠っては金回りの良し悪しで信頼度も変わってくるらしいのだ。貴重品を扱ったり貴人の警護をする場合も、懐具合が怪しければ盗難や買収による裏切りを心配しなければならないから、と。


「そんな話があんのか? 東方の冒険者ギルドはそんなに信用されてないのかよ?」

 西方では、その辺りの審査は冒険者ギルドの業務範囲だ。前科や違反歴を鑑みて依頼の受諾の可否が判断される。

「いや、もちろん冒険者ギルドだって仕事はしているさ。それ以上に客の目が厳しいんだよ」

 冒険者の分業化が進んでいる東方では、身なりや持ち物でもその差が見極められるらしい。普段から高い信頼度が必要な依頼をこなしている冒険者ならそれなりの外見をしているという考え方なのだろう。

「面倒臭え話だな?」

「効率的だと言ってくれ」


 そんな話をしつつ、彼らは大地の角グランドホーンの橋を渡っていくのだった。

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