追及と離脱
橋を
最も過酷な戦闘になるであろう砦の攻略戦を最小限の損害で切り抜けられた帝国軍は少し浮かれた雰囲気を醸し出している。それも仕方ないだろう。砦攻めとなれば、普通に見積もれば最低でも数百単位の戦死者は覚悟せねばならない。ところが、実際の戦死者は何十名かに収まり、戦線復帰に時間を要する負傷者でも数百名に留まった。
もしかしたら、予想される数百名の戦死者の中に自分が入らないかとビクビクしていた兵は、二度と家族や愛する者に会えないかもしれないと心のどこかに宿る恐怖感と戦っていたのだ。それが薄まったとなれば、多少羽目を外すくらいは大目に見てやろうと司令官である翼将軍のジャイキュラ子爵は考えている。
「あれは噂通りの武威を持つ戦士ですね、殿下?」
僅かな疲れを見せつつ、指揮官の輪にスルリと忍び込んできたディムザにモイルレルはしみじみと言う。
「ああ、それどころか戦士の域さえ超えている。たった一人で戦況を左右できるほどの武器だよ、あれは」
「理解出来ます。しかも、周りを固めている者も凄まじい。それぞれが、どんな為政者でも喉から手が出るほどに欲しがりそうな勇士ばかり揃っている。不思議で仕方ありません」
彼女はしきりに首を捻りつつ続ける。
「ホルツレインという国はなぜあのような者達を手放して平気でいられるのです? 普通ならどれだけ大金を積んででも慰留するものではありませんか?」
「それが怖ろしいところなんだろ? あんなものを送り込んでくるという事は、あの遥か彼方の西方の国は我が帝国をよほど危険視しているとしか思えない。あわよくば…、と考えていても変じゃ無くないか?」
「…心に留め置きます。もし、味方じゃなければ真っ先に抹殺命令を出しています。それほどまでに怖ろしい」
(味方でも、抹殺出来るものならすぐにでもしたいさ。だが、それをやろうとするには今は期が悪い)
そんな会話が行われたのは、砦の掃討が終わって休養が命じられた晩の事であった。
◇ ◇ ◇
「やあ。どうにも気掛かりで寝覚めが悪いものだから不躾な質問をしても良いかな?」
ディアンがそう訊ねてきたのは、カイが少し外している時の事だった。
その友人の様子を見てトゥリオは軽く皮肉る。
「お前な、そんなにあいつの事が苦手か? 確かにとんでもない奴だが、何もしていないのに噛み付いてくるようなタイプじゃないぞ? 筋さえ通せば大概の事は話が通じるんだがな」
「それも何となくは分かるさ。でも、何か底知れない感じがして一歩引いてしまうんだよ。解ってくれよ」
「あら? あなたがそんな風に言うわけ? そっちのほうが何か言葉に含みを感じる時が有るんだけど?」
遠話器を使うと言って離れているカイに意識を向けながらチャムは問い返す。
「チャムもそう思うのかよ。俺も似た者同士じゃねえかと常々感じてたんだぜ?」
「へえ、そんな風に見えるのかい?」
「ああ、何か腹蔵に抱えていやがるような感じが重なって仕方ねえよ」
ディアンは内心汗をかく。単純で一番与し易いと思っている相手にさえそう思われていたとは少し衝撃を受ける。
だが、トゥリオにしてみれば普段からカイを見ている分だけ、そっち方面の人物眼が養われているだけの話なのだ。
「ひどいな。俺はこんなに開けっ広げな性格なのにさ」
フィノはむっつりとして距離を置いている。彼女にどの口でそれを言うという思いはあれど、相手から本音を引き出せるほどの腹芸は出来ないと感じているからだった。
「正直、どうも観察されているような感じがして落ち着かないんだよ、彼といると」
「なるほどね。でも、私だってあなたを観察しているわよ? 胡散臭い奴だってね?」
「こいつは手厳しい! でも美人に観察されるのは大歓迎さ! 興味を持たれているって事だろ?」
おどけるディアンは更に胡散臭いとチャムは思う。
「それで、何が訊きたいの?」
ひとつ肩を竦めてチャムは話を進める。
「君の飛び道具さ。あの、『パン!』って音がするやつ」
「確かに不躾な質問ね。女の持ち物に言及してくるなんて」
彼女は誤魔化すように言い添える。
冒険者同士でも武器について話す事はある。それでも隠し武器に関しては遠慮するものなのだ。
「それでもさ、気になって仕方ないだろう? あんな便利そうな武器。それは西方では売っている物なのかな? それとも特殊な魔法の一種?」
「残念ね」
青髪の美貌は口元を歪めてニヤリと笑う。それはそれで得も言われぬ妖艶さを含んでいるが。
「私達の装備品は全部、あの人のお手製よ。あれの構造なんて私でも知らないわ。知っているのは使い方だけ。どうしても知りたいなら彼に訊いてみなさい?」
「そう来たかぁ。それはきついなぁ。せめて見せてくれる訳には?」
「嫌よ」
けんもほろろにチャムは切り捨てる。
「これは起動の遅い魔法しか使えなくて、他には剣しか取り柄の無い私にとっては生命線に近い武器よ。おいそれと人に渡す訳にはいかないの」
「そう言わないでさ。君には美貌っていうこの世に稀な最強の武器が有るじゃないか?」
「おだてても嫌なものは嫌」
彼女の目には悪戯げな光が宿っている。まるで駆け引きを楽しんでいるかのような。
しかし、それはプレスガンの秘密を絶対に守らねばならないという思いを相手に悟らせない為のものでしかない。装って見せているのだ。
「いやぁ、手強いね、君は。仕方ないからもっと信用を得られるように努力をするよ」
「なかなかの度胸じゃない? あの人の実力を見て喧嘩を売る気が有るなんて」
「いやいや、そっち方面は諦めているさ。俺も命が惜しい」
大袈裟に手を振って無罪を主張するディアン。
「そうなさい」
カイの想いを独占している自信を見せつつチャムは
◇ ◇ ◇
北に進路を取る帝国討伐軍は、ウィーダスまでの距離をかなり詰めてきている。
それだけに高台に差し掛かった辺りでは、遥か遠くに北海洋の煌めきが拝めるようになっていた。
「綺麗ですぅ」
海岸線と遠く広がる海の景色を眺めているフィノはうっとりとしている。
「さすがにジャルファンダル島までは見えないわね。でも、本当に綺麗だわ」
「おお、北海洋は荒れてねえ時は本当に穏やかだな。俺はクナップバーデンの南海洋しか知らないから、こういう景色は格別に感じるな」
上空のジェット気流の影響で比較的風の強い南海洋は、波があるのが普通で鏡面のような海面を見せる事はほぼないと言っていい。
それしか知らなかったトゥリオがウルガンを訪れた時に海を見て大騒ぎをしたのは少し前の事になる。その時はフィノも北海洋は初めてだったので感動したようだ。もっとも彼女の場合、ホルツレインの港町カロンを訪れたのが初めての海だったので、飽きもせずにずっと眺めていたのである。
短い期間に様々な景色に触れている獣人少女は、世界の美しさにいつも言葉を失っているのだった。
「うん、綺麗な海だね」
自身は海無し県の生まれなのだが、子供の頃は拓己の家と二家族で日本海や太平洋側の色々な海水浴場を訪れた事のあるカイにはそれほどの感動はない。島国生まれの不幸と言うべきだろうか?
「そろそろ釣りもしたいよね?」
まさかここで離脱はしないだろうと思っていた三人は、その言葉に驚かされたのだった。
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