大いなる意思
チャムの疑問は当然である。
神々が召喚者ではないというカイの指摘は、慈愛神アトルの発言から明確に読み取れるし、博愛神ルミエラも否定していない。
ならば、如何なる存在が異世界人カイ・ルドウをこの世界に召喚し、目的を課しているのかが問題になる。青年の説明で、強化されつつある魔王対策という意図がそこに感じられる。明確ではないとは言え、そこまでの意思を感じさせる存在が介在している可能性は高い。
「気になるじゃない。だって、御神さえ成し得ない事を可能とする意思が存在するって感じられるのよ?」
美貌の顔色はいささか優れない。
「それって…、いったい…」
「神様と同じか、それ以上の力が有るって意味じゃねえか?」
「でもぉ、魔王の脅威を考えてくださっているのですよぅ。人類の敵ではなさそうですぅ」
既に話の規模が大きくなり過ぎていて、ルミエラに配慮する余裕は彼らにもなくなっているようだ。
「もしかして」
思索から浮上したのかルミエラにも表情が戻る、
「意志ある黒い粒子がこの世界に流入を果たしたのだとしたら、その対抗存在も流入している可能性はあるのではないでしょうか?」
「確かにそうですね。魔王と違って、そういった存在の痕跡が全く見られないので断じるのは難しいですけど、御神の語られた可能性は調べる価値があると思われます」
チャムは一つの新たな目的が出てきたのではないかとカイを見やる。
「一概にそうとは言えないかもね?」
「もちろん単なる推論の域を出ないのは確かよ。でも調べてみないと分からないんじゃないかしら?」
「違う違う、僕が否定したのはそこじゃないんだ。歪みというのは、黒い粒子の流入だけじゃないと思ってるからね」
彼の考えが、自分達とは切り口が違うと気付いた。
「その存在が魔力の流入
それは彼らに衝撃をもたらす。チャム達にとって問題になるのはもちろん魔王の存在だ。その脅威を、叶うならば永遠に取り除きたいと誰もが考える。
しかし、先の発言は彼らの常識を覆す。カイにとっては、魔王ももちろんこの世界に流入しているものはすべからく異質なものなのだと。そこには魔力も含まれているのだと、彼は明確に伝えてきたのだ。
「あなたは魔力さえも歪みだと考えていらっしゃるのですか? 取り除くべく行動するおつもりですか?」
ルミエラにとって、それはあまりにも重要な事柄になる。神々にとって魔力は既に必須のものだ。もし、彼にそんな意思が感じられるのなら、アトルと同じ選択をしなくてはならないかもしれない。
「いえ、そこまでは考えていません」
「良かった…」
チャムはくたりと折れて隣のカイに縋る。
相当緊張を強いられていたようだ。場合によってはルミエラの側に付かなければならないと彼女は考えていた。絶対に敵対はしたくはないが、今感じている体温の持ち主は往々にして果断な面を見せる。それを思えば最悪の事態もあり得ると思えた。
「魔力は、正確には魔法はもう人々に欠かさざるものとなっています。ここまで強く癒着したものを無理矢理剥がそうとすれば間違いなく大量の出血を伴います。断行すれば、千
明確な否定にルミエラも胸を撫で下ろした。
「安心しました。脅かさないでください」
「言いたいのは、僕を動かそうとしている意思の思惑…、とまでも言えないものかな? うーん…」
さすがに歯切れが悪い。言葉にするには材料が少な過ぎるのだろう。
「もしかしたら、感想に近いものなんじゃないかと思います」
「そこまでおっしゃるのでしたら、あなたにはその意思持つ存在に心当たりがおありになるのでしょう?」
「誰もが知っていると思いますよ」
そう言って彼はふわりと笑う。皆が固唾を飲む中、知的好奇心に駆られたフィノがきらきらと瞳を輝かせていた。
「この世界そのものです」
その思想は、彼の世界ではありふれたものだ。
大地を母と慕い、神と讃え、信仰とするもの。地母神信仰である。
世界各地に見られ、広く親しまれる考え方だ。
科学的にさえ、惑星を一つの生命体に例える事は多々ある。そこに意思を認める事も稀ではない。
カイ自身がそんな信仰を持っている訳ではない。
それでも惑星が、世界が一個の生命体となる可能性を秘めているならば、そこに意思を持ち得ると考えるのは普通だとも思える。
そして、ここにももう一つの世界という意思が有るならば、それも認められると考えている。
「世界の大いなる意思ですか…」
ルミエラの口調に動揺は見られないが、その内に様々な思いが交錯していると思われる。
「我らとは違うその神の意思に従ってあなたは行動するつもりなのですね?」
「
露骨に肩を竦めるカイ。
「でも、とりあえずは行動しておかないと介入の可能性は拭えませんので。ともかく、現状あなた方神々を敵に回すつもりはありません。そんなほうぼうに敵を作っていたら身が持ちませんから」
「ですが、大いなる意思にとって我らの行いが歪みとして認識されて、取り除きたいと思われているのだとすれば、いずれ敵対の方向に進む可能性も拭えないのでは?」
彼女は強い懸念を表明する。アトルとの遣り取りで、彼が神を討滅し得る存在だとはっきり意識しているからだろう。
「否定はしません。けど、大袈裟に考える必要もないと思っていますよ?」
彼は、大いなる意思を人になぞらえて説明を始める。
人体に於いても、体内にも体表にもそれこそ無数の生命が暮らしているのだという。それらが起こす病気も少なくはないのも事実。
だからといって全てを排除していい訳ではない。相手によっては、人体の維持に大事な役割を担っているものも存在する。排除すればより大きな問題が起きてしまう可能性は高い。
「だから、おおらかに接してくる筈なんですよ? 野生動物だって身体が大きければ大きいほどおおらかでしょう? 小さいことに目くじら立てていたら大変ですから」
そこまで語ると、ルミエラは口を尖らせて文句を言い始めた。
「我らの行いは些事ですか? 人の子に善かれと思っての行いは、大いなる意思にとってはそれほど気に掛けるような事ではないとおっしゃるのですか?」
「まあまあ、そんなに怒らないでください。この例えを、あなたが正確に理解してくださるかは分からないのですが、身体が痒ければ指で掻いたりするでしょう? 汚れていれば、手でパッパッて払ったりします」
いきなり身近になった内容にチャム達は苦笑いする。フィノなどは何か気になったのか、自分の尻尾を前に回してもふもふと弄り始めた。
「大いなる意思にとって、僕の存在はそれをやる道具程度のものだと思っています。痒みが或る程度治まれば、汚れが目立たないくらいになれば、気にしなくなるものでしょう? 何もかも綺麗さっぱり収める必要など無いんじゃないかと思いますよ?」
それはカイの意思表明だとルミエラは受け取った。
「我らと協調…、折り合いを付けてくださるおつもりだと思って構いませんね?」
「ずいぶん下世話な表現をなさるのですね?」
「わたくしの歩み寄りだと思っていただけますか?」
青髪碧眼の神が差し出した手に、黒髪の青年はその手を重ねた。
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