魔法空間
博愛神ルミエラは最後にもう一度頭を下げて、霞むように消えていった。それは一時的に物質を固着させて作った身体だったのだろう。
途中から開き直ってしまっていたトゥリオは照れ隠しに頭を掻きながら見送り、個人的に声を掛けられたフィノは平伏しきりで去るのを待った。
そして、一礼で送ったチャムはそのまま突っ伏して力尽きた。
慈愛神アトルの時は感情の昂りだけで乗り切った感があるが、今回は終始緊張しっ放しだったようだ。もう精も根も尽き果てた様子で、ピクリとも動かない。
普通に会釈だけで見送ったカイは、その様子を見て失笑する。
「笑いたければ笑えば良いわ~」
にこやかに笑った彼は、また横に腰掛けると取り出したモノリコートをひと欠け割り取ってチャムの口に押し込んだ。
「お疲れ様。いきなりの正念場で大変だったね。残念ながらこっちの都合なんかお構いなしみたいだから、これからも僕が付き纏う限り、一度ならずある気がするよ? まあ、慣れるのは難しそうだけど」
「たぶん大丈夫…。ちょっと緩んでたかもしれないし~」
もにゅもにゅしながらそう言うと、ぱかりと口を開けるので次のひと欠けを放り込む。
フィノも似たような状態で寝転んで口を開けるので、まるで雛に餌を与える親鳥のようにカイはモノリコートを割り続けていなくてはならなかった。
リドも真似するに至って、親鳥度はいや増すばかりになる。
◇ ◇ ◇
お風呂リングを使って十分に疲れを抜いた彼らは、
事実上神々の公認も得たので、今後少しは派手な動きも見逃してもらえるはずだ。探りながら動かなくて済むというのは、カイにとっては気が楽になったと言っていい。これまではどこで干渉を受けるか読めなかったので、安全率を取りながら行動しなくてはならなかったが、仲間の行動にあまり気を張らなくて済むだろうと目算が立つ。
大いなる意思のほうは、彼の見立てではかなりざっくりとした目的意識しか持っていない。つまらない介入の仕方はしてこないと思われる。
「上機嫌じゃねえか?」
気の緩みが態度に表れていたのか、ブラックの背から赤毛の美丈夫が茶々を入れてくる。
「当然だよ。神みたいな厄介なのを敵に回さないで済んだんだからさ」
「お前、そんなん大して気にしてねえだろうが? そのつもりになりゃあ勝てる相手だろ?」
「
拍子抜けしたようにトゥリオは肩を竦めるが、ニヤつきながら片眉を上げる。
「あんだけ強くなれるのはどんな気分なのかは俺にゃあ分からねえがよ、出し惜しみする事ぁねえだろ? 結構訓練してきたんだし、全開放したってぶっ倒れたりはしねえんじゃねえか?」
「普通に使えるし、もうそれで身動き取れなくなるような羽目になる心配は要らない。でも、あまり使い過ぎると僕はあっちに飲まれちゃうよ」
それは仲間達にも聞き捨てならない台詞だった。
「ちゃんと説明してちょうだい!」
全体停止を宣言したチャムは、ゆっくり話せる状態を作ると膝を突き合わせてカイに詰め寄る。
「大丈夫、大丈夫。そんなに切羽詰まるような問題じゃないから」
「良いから話しなさい」
そう言いつつ、彼の頭上からリドを摘み上げる。
リドが齧るクッキーから零れる粉が前髪に降りかかっているのを青年が気にして払っていたからだ。
「ちゅちゅ?」
「大事な話なの!」
彼女は
「どこから話そうか?」
「最初から最後まで!」
「ちー!」
あくまで飄々とした態度を崩さない彼に、少し苛ついている。
「身体強化って魔力まで上がるのは妙だと思った事ない?」
咄嗟にチャムは言葉が出なかった。考えた事がない。
「思いますぅ。魔力を使って身体能力を強化するのに、魔力まで強化されるなんて変な話ですよぅ?」
「で、でも定説じゃない? 魔力が一定以上無いと身体強化は働かないはず」
「うん、実はそれ間違った定説だと思う」
実際に身体強化能力者は、任意発動の者は発動時に魔力の消費を感じるし、常時発動の者は魔力の流出を明確に感じている。しかし、カイはその魔力は実際に身体強化に使われている訳ではないと言った。
あまりに身近に過ぎるその能力はほとんど研究されておらず、決して詳細が解明されているとは言えないのだそうだ。
「実はその魔力、接続に使われているんだよ」
彼の口から出た情報は意外な内容だと皆は思う。
「接続?」
「うん、接続先は魔法空間。『倉庫』の中身の格納/展開を行う時に使うくらいの魔力を常時接続で使用しているから身体強化に使っているみたいに感じているんだ。身体強化の構成って、そのくらいの魔力じゃ発現しないくらい大きいと思わない?」
「う…、確かにかなり大きめの構成よね」
カイの言う通り、身体強化の構成は大きいと感じるくらい複雑で拡がりを見せている。普通に発動すれば、稼働時間は制限されるだろうと考えられた。
しかし、実際には常時発動が可能である。なので小さい魔力量で発現する魔法の一種だとされ、定説となっていた。
ところがそれは勘違いだという。身体強化構成を稼働させる魔力は、実際には魔法空間から直接流入している。常時発動型の能力者は、その経路を確保する為の『倉庫』展開と同等の魔力が消費され続けているらしい。
「じゃあ、俺達みてえなのはずっと魔法空間と繋がりっ放しだって事か?」
カイは首肯して続ける。
「細い糸みたいな経路だけど繋ぎっ放し。魔法空間の存在やそこの媒質が魔力だっていうのは、僕独自の見解だから誰もそんな研究はしてなくても当然だけどね」
「そう言われりゃそうか」
だが、それはルミエラも認めた紛れもない事実である。
魔法空間という仮説から様々な事象を解明していくカイに、青髪の美貌は呆れるばかりだ。
「身体強化が魔法空間との接続?
チャムは言葉を紡ぐうちに何かに気付き、フィノはあんぐりと口を開けた。
「そう。
「あんな量の魔力が…!」
あの時、チャムの身体を包み込んだ膨大な量の魔力が、次元の境界を少しだけ踏み越えたカイの身体を通過してこの世界に流れ込んでいるのである。
彼の説明通りなら、魔法空間の或る種の気体のようなエネルギーが肉体を導線のように使って流れるのだ。加わった力で導線が変質したとしても変な話ではない。
「飲まれるって、まさか人体があちらの世界の性質に変化しそうになるってこと?」
獣人少女は、彼の二の腕に縋って嫌々と首を振っている。
「うん。だから短時間に何度も起動したり、長時間の起動は避けたいところかな? まあ、そんな心配するほどじゃないよ。時々使う分にはまず支障はないね」
「それでも危険な事に変わりはないわ。と言っても禁止するのは無理よね?」
「必要なら躊躇う気はないよ」
真摯な視線が本心だと物語っていた。
仲間達も理解している。彼は大切なものを守る為になら絶対に手控えしたりはしない。
「だから、お願い。自分の身体も慮って」
縋るようなチャムの緑眼に、カイはしっかりと頷いて「気を付けるよ」と言った。
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