転移の理由
「実は少し考えていたんですよ」
黒髪の青年は、博愛神ルミエラを見つめる。
「僕をこの世界に呼んだのは神と称される存在なのではないかと?」
カイはそう思った原因について言及する。
まず初めて彼が転移した時、その場所はホルムトの近くだった。二度目の転移の出現場所は魔境山脈の山中。
単なる偶然という可能性も少なくないが、この二つの関連性を模索する必要性を感じていた。それほどまでに彼は存在意義を求めていたのである。
「一度目はホルムトの南側でしたので、トレバの侵攻を防ぐべく送り込まれたのかとも思いました。それが成功していたらトレバ皇国は一気に国力を増し、フリギアをも飲み込んで往時の勢力を取り戻していたかもしれません」
そうなれば、西のトレバ皇国、東のロードナック帝国という巨大国家の対立に繋がり、世界規模の大戦に繋がる可能性は小さくないように思ったらしい。
「しかし、二度目の転移でその可能性は捨てました。明らかにあのタイクラムの森を意識した、魔境山脈のかなり北の山中だったからです。つまり、最初の転移はダッタンの塔の機能停止を発見してもらいたかったのだと判断しました」
「それでは両方とも魔王に関連する場所への転移だったとお考えになったのですね?」
「はい。かなりの誤差がありましたが、そう考えると意図的な場所の選定だったと思えるからです」
二度目の転移場所の告白にトゥリオが「よく生き延びてんな?」と突っ込むと、カイはすぐに飛んで逃げたと答える。
「この二つから、僕をこの世界に引っ張り込んだ意図は、魔王対策だと考えて良さそうです」
「それじゃあ、カイ、あなたの使命はもう済んでいるんじゃないの?」
チャムの問い掛けを、皆がもっともだと思う。彼は何かを成し遂げないと解放してもらえないと言っていたのに、だ。
「おそらく問題は、魔王を倒すだけに留まらないほどの歪みなんだと思っているんだ」
続きを促す青髪の美貌に、彼は納得する答えを述べるつもりらしい。
「魔王は、一定とはいかないまでも或る程度の期間を空けて発生するわ。それ以上の問題は考え難いのだけれど?」
「うん、問題は次の魔王じゃない。たぶん、あの魔王」
「え? それこそもう倒しちゃったじゃない」
話が堂々巡りになりそうで彼女は困惑する。
「魔王の発生じゃなくて、あの魔王の強さが問題」
タイクラムの森の黒き神殿の主は、ダッタンの塔の機構により封印されていた。この封印されていたのが問題だとカイは言う。
それはあの神殿に攻め込んだ勇者の手で討ち果たせなかった事を意味する。しかも、その勇者の仲間にはカイと同じ異世界人のコルネリウスがいた。
イメージ力は彼と同等で、魔法士としては彼以上に優秀であった筈の仲間がいてさえも魔王を討つ事は適わなかったのである。あの魔王は、勇者の力では討滅できる強さを越えていたのだ。
「おそらく、それこそが歪み。僕に課せられている目的ははその原因の解消だと思う」
告げられたその答えに、仲間達は真剣な目で応える。
「じゃあじゃあ、カイさんは魔王が強過ぎるようになってしまった原因究明を求められているんですかぁ?」
「そうじゃないかと思っているよ。無視していたらきっと何らかの介入がある気がする。それで君達が危険な状況になるのは非常に面白くないから、自分から進んで探すしかないかな?」
溜息を吐いて頬を掻くカイに、掛ける言葉が見つからない。でも、自分達も関与する以上、何か答えを出さなければいけない気がして、まずは彼から情報を引き出そうとする。
「今のところ、どのくらい解っているの?」
「さっぱりだね。何せ転移場所しかヒントをくれないんだもん」
あっけらかんとした物言いに、皆が項垂れた。
「でも、やっとアトル神が最後の欠片をくれたから、少し進むんじゃないかと思う」
カイの笑顔は、彼の中で状況が整理されつつあるのを意味するようだ。
「アトルが何か言いましたか?」
「はい。はっきりと教えてくれました。彼女は『この世界から疾く去れ』と言ってくれましたから」
「…それは言葉が過ぎているだけかと」
ルミエラは責められている気分になったらしい。
「いえいえ、それでやっと判明したんですよ? 僕をこの世界に呼んだのは神々ではない、と」
当初は転移場所からして、魔王討伐に呼ばれたのかと彼も思ったらしい。しかし、それでは神聖騎士へのアトルの干渉は妙な話だ。それでも、神々でさえ一枚板ではない可能性を捨て切れなかった。
ところがアトルは正面切ってカイに『この世界から疾く去れ』と言った。つまり、彼女には青年を元の世界に送り返す能力は無いのである。神々には引き込む力も送り返す力も無いと判明した。
あの言葉からはそういう意味も読み取れるのだ。
「だから、残っていた可能性を僕は捨てました」
フィノは首を傾げて「可能性?」と問い掛ける。
「魔王が、神々の自作自演である可能性だよ。人類から醜い争いを取り除く為に、共通の脅威として生み出していた可能性」
「そんな事は絶対にしていません! 我らが人の子を意図的に苦しめたり殺めたりなど致しません!」
ルミエラの語気は強い。
「お願いだから止めて、カイ」
「もちろんそれは最悪の想定。僕も信じてなんかいない」
チャムの懇願にすぐに折れる。
「ただ、意図せず生み出していた可能性はあったと思う」
ここには思念で制御出来る魔力というエネルギーがある。
もし、神が魂の浄化と称して、死した者の残留思念から悪意を取り除こうと考えたら。魂の海に戻る時点で悪意の濾過を行おうとして、その排除された残滓が凝り固まって魔王と化していたら。
そんな可能性を思い描いていたのである。
「人が栄え、人口が増えていくほどに魔王も強化されていく結果になったとしても変じゃないと考えたんだ」
そして、強くなり過ぎた魔王の排除の為に、応急措置として異世界から魔法の制御に長けた人間を引き込もうと考えたのではないかと想定していたと彼は語る。
「ルミエラ様にゃ悪ぃが筋は通ってんな」
「有り得ま…、はぅっ!」
チャムに睨まれて口を噤む。
カイに「まあまあ」と肩を叩かれ、彼女は元凶に向けても口を尖らせて見せた。
「いろんな可能性を模索していたってだけの話だよ。アトル神のひと言で全部終わり」
「本当? もう疑ってない?」
「残念ながら別の可能性が浮上してきちゃってね」
神々の行った次元壁の強度緩和に話は戻ると彼は言う。
「もし、その強度緩和で接近した異次元世界が魔法空間だけじゃなかったとしたらと考えてしまうのさ。あの、魔王や魔人を構成する黒い粒子。あれがこの世界のものではない可能性。どう思う?」
「あの黒い粒子に意思があるって言うの?」
「それが凝り固まって生まれてくるのが魔王って事ですかぁ?」
青年は何も語らない。それこそが強い肯定であるかのように。
「次元壁の強度緩和…。繰り返し現れる魔王…。黒い悪意を示す粒子…。それが流入してきたものだとしたら」
ルミエラが囁くように推論を挙げていく。
「魔王が発生する毎に、流入する経路が増えていっているのかもしれません。それで流入量そのものが増大しているのでは?」
「或いは経路そのものが拡大していっていると考えれば?」
「それそのものが、この世界を歪ませていっていると言えます!」
博愛神は、歪みの元凶が神々ではないと判明した事実と、それに一部関与してしまっている事実に複雑な面持ちを見せる。
「でも…、それじゃあ、誰がカイをこの世界に呼んだの?」
チャムは最も大きな疑問に突き当たっていた。
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