生まれる隔絶

 それは損益の天秤の話である。


「それだと余計に人と獣人の間に断絶が生れてしまうかもしれないわ」

 獣人も人族との混血で失われる形質があれば、親交を控える傾向が生れる可能性はある。

「確かにね。でも、人の情って損失だけで割り切れるものじゃないと思うんだ」

「ああ、生まれる子供の可能性が狭まるからって恋愛感情を抑えられるもんじゃねえだろうな。そんなしょうもねえこと考えるのは貴族ぐれえのもんだろ?」

「そうよねぇ。前言撤回するわ」

 トゥリオの意見で自分を曲げるのは癪であるようだが、チャムも認めざるを得ない。

「こんなに皆さんに考えていただけて嬉しいですぅ」

「ただ、僕達にはフィノの感じるような獣人の誇りとかが分からないから、余計なお世話なのかもしれないけどね?」

 本当に嬉しそうに尻尾を振るフィノに、問題の提起者として自嘲するカイ。


 彼もこの干渉に関しては、何が正解だったか断言出来ない。

 母系遺伝の仕組みがあるからこそれんが機能しているのも事実であろうし、れんごうの絶妙な距離感が連帯感を生み出しているだろうとも思う。死活問題となる狩場争いが起きる事はあっても、単純な種族紛争が起きないのも母系遺伝の影響は少なくはないと感じた。

 それでもこの遺伝形質の維持が、人族から見て特殊に感じるのも否めない。やはり根源的な問題は、嫉妬から転嫁する差別意識なのだから、遺伝云々は人類の精神文化程度次第だと思うべきだろう。

 しかし、より大きな断絶を生む問題が、カイが歪みと感じる違和感として存在すると告げた。



「それはどんな問題でしょう?」

 一時に比べると緩やかになった追及に、ルミエラは落ち着きを見せている。

「中隔地方プレートの問題です」

「プレート?」

 形態形成場の権化である彼女には、この世界の人類が知り得る知識以上の知識は無い為、その意味を解せなかったようだ。

「詳しくは割愛しますが、陸地っていうのは流動する岩石の上に乗っている板のようなものの一部なんです」

「岩が流動するのですか?」

「魔法でもなく?」

 ルミエラとチャムにはピンとこなかったようだが、フィノがこくこくと頷いているのを見て、そういうものだと理解する事にする。途端に投げ出したトゥリオよりは反応がいい。

「ものすごく大きなスケールの話ですが、沸かしたお湯のようにグルグルと対流しているのです。すると、その上に乗っかっている板も自然と移動していきます。ただし、その速度は極めて緩やかなので体感出来るようなものではありません」

「なんかちょっとホッとした」

 チャムは知らず流されているのかと思ったらしい。

「一に数メックcmというところなので、特殊な測り方をしない限りはその変化を知る事は出来ないですね」

「そういうものなのですね?」

 ルミエラもざっくりとした理解で済まそうという姿勢だ。

 彼女達に、惑星自転を考えれば一呼5秒2ルッツ2.4km近くも移動しているとは教えないほうが無難だろう。

「その板が世界には多数存在し、中隔地方が乗っている板と西方、東方それぞれが乗っている板は別のものだと僕は考えています」


 カイはそれぞれのプレートの動きに関して、身振り手振りを加えて説明を始める。

 まず中隔地方の乗っているプレートは北海洋の方向、北側から南に向かって進んでいる。西方のプレートは西から東、東方のプレートは東から西へと移動しており、この境界が地表にも表れていると語った。

 西方プレートと中隔プレートの境界が魔境山脈、東方プレートと中隔プレートの境界が隔絶山脈となる。これらの境界は、お互いがぶつかり合う収束型境界であり、いわゆる衝突型と呼ばれる境界だと説明した。


「この衝突型境界には必ず或る現象が伴います」

 カイは手の平同士を合わせて強く押し付けて見せる。

「こうして強く押し合わせるとそこに熱が生れます。そして更に…」

 その手の平をゆっくりとずらしていく。

「こうするともっと熱くなります」

 三人とひと柱は真似をして確かめている。

「人間程度の力なので熱くなったなという程度ですが、これが大きな山同士がぶつかり合って擦り合わされると思ってください」

 三者三様に想像を膨らませている様子が窺える。

「そこにはとてつもない高熱が生まれて、岩石をも溶かしてしまいます。火山の誕生です」

 チャムとトゥリオは驚きを見せ、勉強済みのフィノは理解に及んだ仲間に喜びを感じていた。

 ただ、ひと柱の神は表情を閉ざしてしまう。


「ところが魔境山脈も隔絶山脈も火山帯ではありません」

 黒髪の青年は魔境山脈のほうを指差して続ける。

「あそこに火を噴く山も無ければ、地下水が熱せられて出来る温泉も湧いていません。なぜでしょう?」

 最後のひと言だけはルミエラに向けて発せられた。

「……」

「僕の予想では、神々の力によって魔法で火山の生成が抑えられています。おそらく噴火や地震によって生まれる被害を怖れての事でしょう」

 ここに及んでチャム達はルミエラの反応がおかしいことに気付いた。

「どうなされたのですか? 御神は噴火や地震で人の子に被害が及ぶのを止めてくださっているのですよね?」

「おー、すげえ。さすが神様のやる事は規模が違うな」

 ルミエラの悲しげな表情に気付かないトゥリオは純粋に賛辞を贈る。

「そこに別の弊害が生れてしまうとは、神々も想定してはいなかったようです。地殻変動によって生まれる巨大な力を魔法を用いて抑える為に、現状大量の魔力が投入され続けています」

「はい…、カイさんのおっしゃる通りです。…我らの力によって火山は生まれていませんが、二つの山脈は魔境化してしまいました」


 ルミエラ達神々は、激しい火山活動による噴火や地震で人的被害が出るのを懸念して、生まれたマグマを冷却し、摩擦を抑制する魔法を使い続けていたのだ。

 巨大なエネルギーに抗するには大量の魔力を必要とし、そこに拡散した余剰魔力は空間魔力と化してしまい、魔力量の多い空間を作り出してしまう。そこへ侵入した魔獣は空間魔力を吸って強力化し、中には変異する個体も大量に出てきてしまって、人が進入出来ない地帯と変化していったのである。


「人の天敵である魔獣を強くする結果を生み出した事に遺憾を覚えてはいます。ですが、今では退くに退けぬ状況となっているのです」

 悲痛な響きを含んだルミエラの言葉に、チャム達は彼女を唖然と見守るしか出来なかった。

「これも損益の天秤と言えるでしょう。もし、この二つの山脈が激しい地殻変動を続けていたら、中隔地方は人の住める場所ではなかったかもしれません。それだけでなく、恒常的に火山が噴き出す噴煙が東方に流れて、一帯も耕作には不向きな地域となっていた可能性もあります」

「それなら神々の御判断は正しかったのよね?」

「あくまで可能性だね。この地殻変動っていうのはすごく予測が難しくて、想定通りの結果が出るとは言い切れなかったりするんだ」

 彼の口調は決して責めるものではないとは感じられる。しかし、淡々と告げる現実は、時に鋭い刃となってしまうのも事実である。

「ただ、神々が人の交流を妨げる隔絶を生み出してしまっているのは否定しませんよね?」

 ルミエラはこくりと頷いた。


 ここまで挙げてきたのは、どちらが正しいのか明確に断じるのは難しい類の問題であるとカイは思っている。彼が知る、自然とは異なる違和感を感じさせてきたものだ。


 そして、黒髪の青年は明確に歪みを感じる事柄を切り出していくのだった。

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