干渉の歴史
黙って聞いていたカイの仲間達も沈黙を保つのは難しい内容だった。
「そ、それじぁあよ、神様が魔獣を産み出しちまったって言うのかよ?」
深刻な顔で乗り出したトゥリオがそう口にする。
「待ちなさいよ! それは語弊があるわ! あくまで間接的な関与よ。御神にとっても想定外もいいところだったはず。そうですよね?」
「はい…。認めたくはありませんが、実際に起こってしまったのです。罪を免れようとは思っておりません。ですが、人の子もまた、我らの思った以上に剛健だった」
魔獣への対抗手段として、集団での武器による攻撃と相克属性魔法しか持ち得なかった人類の中から、魔獣にも抗し得る存在が現れ始めたのだとルミエラは語る。
身体強化能力者の出現である。当初こそ、人類の滅亡、つまり自分達の消滅さえ覚悟をした神々だったが、徐々に盛り返していく人類を心強くも感じたらしい。魔獣の問題は関与せずとも解決するであろう結論に至ったようだ。
「弊害もあったけど、人類の進化も促したんですねぇ」
しみじみとフィノは相槌を打った。
「驚かされもしましたが、頼もしくさえ感じました。この事実は教訓として我らの中に残り、大規模な介入は避けるべきだという方針を打ち立てたのです。良く気付かれましたね?」
「僕にとっては違和感しか無かったのです」
それで異世界人だと看破された所為もあるが、統一言語というのに強い違和感を抱いたという。
彼の常識では、神が人類を生み出すという考えは一切ない。生物とは自然に発生し、種の本能に従って貪欲に増え、広がっていくものである。人類も各地に版図を拡大するとともに、それぞれに独自の文化を生み出していくはず。なのに、この世界は風土による多少の文化の違いはあれ、似通った国家を形成し、言語まで統一されているのである。
どう考えても正常な状態とは思えず、魔法を礎とした文明形成には何らかの干渉が有ると見えたのであった。
「これほど大規模な操作を可能にするには、統一国家か信仰を利用するしかありません。前者の歴史が残っていない以上、信仰を基にしていると考えたのですが、あなた方神々の直接的な影響力を知るにつれ、それしか有り得ないであろうと思うようになりました」
筋道立った推論の展開に、皆が舌を巻く。
「カイ、それだと歪みの基は御神の存在だとあなたは思って、その…、取り除かねばならないと思って…、る?」
チャムの舌は重い。辿り着きたくない結論が見えてしまうからだ。
「そんな事はないよ。一概に全て悪いなんて思ってないから」
「何かあるの?」
「例えば奴隷制の撤廃なんか非常に優れた考えだと思っているよ」
白い美貌はキョトンとしている。
「ん? ここで魔法大戦の話が出てくるの?」
「うん。それ、たぶん嘘だから」
魔法大戦とは奴隷制度廃絶に至る原因となった世界規模の戦争の歴史である。
魔法に拘束力のないまま侵攻と支配を繰り返した国々が、奴隷化した敗戦国家の人民の魔法を使用した叛乱に翻弄され、それが徐々に世界規模に広がって極めて荒廃した時代を指す。東方の暗黒時代と並び称される、人類の危機の歴史だ。
「嘘? 嘘って…」
激しく戸惑うチャム。
「ごめん。正確に言うと方便だね」
苦笑いのカイに彼女は顔をしかめる。
「これにも違和感しか感じられないんだ。各地に歴史書のような魔法大戦に関する記録は有るんだけど、物理的な痕跡が全く見られない。世界規模の大戦だよ? 何か残っていないとおかしい」
「忌々しい歴史だから全て破壊したり抹消したりしたんじゃねえか?」
「そういう考えをする人も少なくないと思うよ」
トゥリオの考えも間違いではないと彼も思う。
「でも、忌避したいからこそ戒めとして形に残そうとする人も必ずいる筈なんだ。そういった物が何一つ残っていないのは不自然としか思えない」
「カイさんのおっしゃる通りです。魔法大戦の歴史は捏造です」
ルミエラの断言はトゥリオ達に衝撃をもたらす。
文明の黎明期には、奴隷制が生まれてしまったとルミエラは語る。
人が人を支配し使役する状況は何ら益を生まないと考え、それに頭を悩ませた神々は一策を講じる。形態形成場を操作して人類に魔法大戦の歴史という危機感を植え付け、世界規模での人権の保全に努めたのである。その結果は語るまでもなかった。
「僕の世界にも、当たり前のように奴隷制が存在した歴史があって、決して短いとは言えない歴史を刻んでしまったんだ。結果、その意識は禍根を残し、世界的に禁じられた後も人種差別や紛争の原因としてずっと残ってしまっている」
痛ましい事だと彼は思う。
「御神はそれを予測されて早期に策を講じられたのですね?」
「幾つかある世界規模の干渉の一つです。この頃には、我らも分化していたので時間を掛けて協議して決断しました。この対策には自負があります」
「はい、お見事と言わせてください」
チャムの喜びも、カイの笑みも深かった。
「この魔法大戦絡みの対策が優れているだけに、どうしても片手落ちに感じてしまうのです」
空気が和んだところに、また問題提起をしてしまう黒髪の青年。
「なぜ、獣人遺伝子に母系優性を組み込んでしまったのでしょう?」
「フィノ達の話ですかぁ?」
いきなり振られた話に彼女は仰天したようで、頓狂な声が出てしまう。
「だって、君達は
人族と獣人族は別種ではない。人種として分かれているだけなのは、混血可能である事から容易に認められる。なのに、獣人が混ざると如何なる場合でも母系遺伝となる。
人族男性と獣人女性の間に生まれた子供は、獣人
「この仕組みは、どうあっても獣人族の形質が維持されるように出来ている。意図的に分けられているように感じてしまうよ」
フィノに膝を向けたカイが疑問を呈する。
「それは問題ですかぁ? 獣人族の誇りが守られ、
「ええ、彼女らの強靭な肉体が維持され、魔獣の多い環境下でも生き残れるように干渉した結果ですが、何か不都合を感じるのでしょうか?」
フィノにも、さらりと真実を語ったルミエラにもその問題点が見えてこないらしい。
「獣人の形質が維持されるのは環境上問題無いかもしれません。ですが、そこに生じる人族と獣人族の隔絶感は否めないと思います。それが差別の温床になっているとは思いませんか?」
カイの常識では、人種の混血に於いて形質は混じり合っていくのが自然だと思えた。
獣相が極めて薄い子供が生れたり、様々な幅が見られるのが普通だと考える。例えば、獣耳や尻尾は持っていても毛皮の無い子や、逆に毛皮だけ持っている子、見た目はほとんど人族なのに身体能力だけは獣人の子など多様性が見られて良いと思うのだ。
「そういった存在が当たり前に人族社会に入り込んでいれば、獣人だ人族だという区別は付きにくくなり、自然に融和が進んでいく筈なのです。でも、確固として人種が分かれている為にそれは進まず、地域によっては差別を生み出しているのは間違いないと思いますよ?」
フィノにとっては目からウロコの理屈である。彼女には形質が混じり合うという常識がない為だ。それはルミエラや他の者も同様で、異質であるだけに気付かない常識であると思う。
皆が眉根を寄せて考え込むという、奇妙な状態が訪れた。
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