ルミエラ
霧の向こうで待っていたその女性は非常に美しい。波打つ青い髪に青い瞳、白い面は美麗以外に形容出来ないほどだ。
これほどに相似点が見られれば誰にでも理解出来る。彼女もひと柱の神であろうと。
ただ、その態度は
彼ら四人が距離を取って止まると、深く腰を折って礼をしてきたのだから。
これにはさすがに皆も慌てる。地に降り立って膝を突くと頭を垂れた。これは半ば本能に基くものだと言えるので仕方ないであろう。ただ一人を除いては。
「何らかの方針転換があったと受け取って構いませんか?」
そう訊ねてみるが、女性は
「我らの総意に変化はありません。傍観を旨としています」
「その主張はどうにも信じられないのですが?」
「もちろん理解しています。ですから、まずはアトルの行いをお詫びさせてください」
成り代わってという事なのだろう。彼女はもう一度深く頭を下げた。
「いつ取り込まれた?」
トゥリオは横の美貌に囁く。
「分からない。私に御神の技を見破れるなんて思わないで」
「でもぉ、今回はリドさんもイエローもいますよぉ?」
分け隔てなく取り込まれたのかもしれないと彼らは思う。
「もうお手上げ。あの人に任せるしかないわ」
「お互いの行き違いを解消したいと思ってまいりました。お話しさせてもらえませんか?」
あの妙な声の聞こえ方はしない。彼女は普通に喋っているように見える。
「解りました。構わないでしょう。今回は異空間に取り込んだりはせず、そちらから出向いてくださっているみたいですし」
「ありがとうございます」
カイの言葉で、ここが異空間でないと確信した彼らはひと息吐いたのだった。
「わたくしはルミエラと申します」
近付いていくとその神は名乗った。
「博愛の神様ですか?」
ルミエール教の神で、博愛を司るとされている存在である。
「御神、御光臨されたのはカイと話すのを望まれての事でしょうか?」
「そうですよ、チャム。落ち着いてお話ししましょう?」
そう言うと彼女はそのまま座り込んでしまう。
驚いたチャムは慌てて敷物を敷いて場所を変えてもらった。さすがに地べたに座らせるのは忍びない。まあ、地に足を付けるのと座るのとは、神たる存在から見れば大差無いのかもしれないが。
「その身体は飲食を可としていますか?」
皆が緊張する中、カイは普通にお茶の準備を始めたが、この客の分も淹れるべきか悩んだのだ。
「一時的に作った衣です。残念ながら、わたくしには出来ません。どうぞお好きになさって」
「では遠慮なく」
申し訳ない気持ちが先に立つのか、彼の手伝いをしながらもフィノの口がむにむにとしている。
「もう一度詫びておきます。アトルは人の子を愛するあまりに強い態度に出てしまったのは否めません。彼女は人の世が乱れるのに心を深く痛めていましたから」
「それはもう、慈しみ深い御神ですので。なので余計に彼も認めていただきたかった」
頭を垂れるチャムの肩にルミエラは手を置いて、気遣って見せる。
「気にしないで。本当に行き違いなのです」
「私にも叛逆の意は無い事をどうかお汲み取りください」
ルミエラとチャムが手を取り合う姿は、どんな高名な絵師にも不可能であると思われるほどの美しさだった。
「僕としても、あなた方のような存在と対立するのは本意ではありません。ですが、あなた方の総意に添うつもりもありません。なので、色々と解消しておかなければならないと思っていますし、こちらの方針も理解していただきたいと思っています」
ルミエラの宥和姿勢に、カイも譲歩をもって切り出す。
「あなたの方針というのは、件の歪みの解消に纏わるものですか?」
「僕個人の見解としては、歪みの解消そのものは不可能です。出来るのは緩和が精々で、幾つかに関しては多少は良い傾向に持って行けたかと思っています」
「出来得る限りご協力させていただきたいのですが、あなたの感じる歪みを教えてもらえませんでしょうか?」
躊躇なく尋ねてくる。物腰は柔らかいが、やはり芯は強いと感じた。
「え? ルミエラ様ならカイが気付くような事にはとっく気付いているんじゃねえかと?」
「残念ながら、世界の歪みの可能性を明確に意識したのは
「それは無理ありません。
怖れ知らずな物言いに、周りはビクビクだ。
「技術的進歩の抑制も意識してではないのでしょう? 良かれと思っての事なんですから」
「良かれって、魔法に頼る事ですかぁ?」
「それも含めて、魔法を使える事自体が主体なんだよ、たぶん。根源的な部分はそこかな?」
カイは言葉を吟味しつつ語り始めた。
彼の予想では、おそらく神々とされる高エネルギー情報思念体の自我がおぼろげながら覚醒して初めて着手したのは、異次元近接だったのではないかと言う。
彼らは形態形成場の一部なのだから、人類の意識には干渉出来る。だが、物理的な干渉は難しい状態だった。
しかし、彼らの存在を求めた人類が、彼らに願う内容は物理現象が伴わなければ叶わないものが大多数である。存在意義を揺るがしかねないその事実への対応として物理干渉能力を得る為に、思念制御で現象を発現させられるエネルギー源を求めたのである。
それが魔力だ。この世界には無い魔力を流入させる為に、次元壁を緩めたのである。
「僕が便宜的に魔法空間と呼んでいる次元空間との境界を甘くしたんでしょう?」
真剣に耳を傾けていたルミエラに尋ねると、彼女はこくりと頷いた。
「まだ個々が曖昧だったわたくし達は全力を以って次元壁に干渉しました」
「困難だったとは思いますが、半ば高次存在に近かったこその奏功だったのでしょうね?」
「偶然も味方してくれたのではないかと今では思います」
彼らにせよ無謀な挑戦だと感じていたらしい。
「成功に歓喜の感情が湧き上がったのを覚えています」
「それはそうでしょう。それであなた方は物理的な干渉力を手に入れたのですから」
この世界に無かった魔力が満ち溢れるようになったのは、神々の仕儀だと判明した。
カイはこの魔力が、魔法空間の媒質なのだろうと推論を述べる。本来、エネルギー保存の法則で、物理的操作でしか現象を発現させられない世界に、思念で現象を発現可能にする新たなエネルギー媒質を流入させたのだ。
「そして、その魔力が人類にとっても、とても便利な道具になる事にも気付いたんです」
黒瞳はルミエラをじっと見据える。
「あなた方は魔力の操作を可能にする知識を徐々に浸透させていった。統一言語による思念としての操作法を植え付けていったのです」
「手順を定めたほうがより浸透し易いと思ったからです。広く伝わったほうが、人の子の進歩を促せると考えました」
「ここまでは問題無かった」
「でも、魔力の制御が得意な形質を持つ者や、大量の魔力を扱える形質を持つ者が生まれて、それが選民意識の基になるとまでは考えてなかったのでしょう」
博愛神は耐えられなくなったかのように、視線を逸らして俯いた。
「そして、魔力に高い順応性を示し、それを武器として扱う獣が現れるとは思っていなかった。ましてや、その獣が人類の天敵となる魔獣という種として固定してしまうなどとは」
カイは容赦しなかった。
「それがこの世界の歪みのひとつです」
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