対面契約

「決して損はさせなくてよ?」

 チャムが隠しから徽章を取り出すと、その中央で黒光りするメダルに注目が集まる。

「ブラックメダル! 使い手だとは思っていたがそれほどか」

「この人は私より強いし」

「何!?」

 親衛隊長カシューダは自分が捕えようとしていた人物の腕前に慄く。


(やはり凄腕であったか。取り込む価値は有る)

 シャリアは、今後の事を考えればクエンタの近くに精鋭を揃えたかった。手駒と考えるには関係が薄いが、役に立つならそれでいい。


「クエンタ様、ここはお願いするのが得策では?」

「そうね。わたくしもお願いしようと思っていました。貴女の考えを聞いてからですけど」

 阿吽の呼吸で意見が揃ったのがクエンタは嬉しそうだった。シャリアと彼女では、その目的に多少の違いはあるのだが。


「では対面契約で構いませんか?」

「そちらが問題無ければ」

 手間の掛からない契約方法のほうがシャリアにとっても都合が良い。要らぬ情報が流れるのは彼女とて本意ではない。

「一人頭一3フント三万円でどうです? 従軍や警護など、戦闘を前提とした拘束業務に従事した陽数にっすうだけの契約で」

「問題有りませんが、少々お安いのでは? 複数のブラックメダルを抱える冒険者パーティーだともっと割高だと記憶しておりますが」

 シャリアは、カイがチャムより強いと聞いて、当然ブラックメダルだと勘違いしたようだ。実際のところはまだカイはノービスのままである。

「持ち出しじゃなければそんなものでしょう?」

「支給すべきものが有るようには思えませんが?」


 徴用冒険者を従軍させる場合、食事はもちろん鎧などの装備品まで貸与する場合がままある。逆に全ての必需品を冒険者側が準備して従軍するのが持ち出しだ。カイは今回は前者の対応を要求しているという意味。


「食事くらい支給してくださいよ」

「それはお安い御用ですが」

「じゃあ、契約書を作成しましょうね?」

 彼は皮紙に所定の書式で書き付け始める。


 対面契約というのは、冒険者ギルドが依頼の仲介をしないで冒険者本人が依頼契約を取ってくる場合の契約方式だ。冒険者は基本的に冒険者ギルドで仲介を受けて依頼を受ける。だがその方式が都合できないケースも少なくないのだ。

 代表的な例として、依頼者が出先で危険な状況に陥って、行き合わせた冒険者に緊急に護衛や救護を依頼するケース。その場合、近くに冒険者ギルドが有る幸運などはなかなか無いし、相手を選り好みしている場合でもない。ならば当座に口約束をしておいて、時間が許す状況で改めて契約書を交わすのである。

 冒険者ギルドが推奨している書式に則って、両者がサインを行えば契約成立となる。冒険者は後に冒険者ギルドにその契約書を持ち込んで、手数料を支払いポイントを付けてもらう形になる。

 もしその冒険者が契約書をギルドに持ち込まず申告しなければ総取りとなる。だが当然ポイントは付かないし、負傷した場合の見舞金の支給も行われない。決して得とは言えないので、大体においてきちんと申告されるものである。


 きっちり推奨書式で書かれた契約書を確認したクエンタは、自分のサインも入れてカイに返す。


「はい、これで契約成立です」


 カイは皆に回覧して確認してもらう。二人は納得して頷いているが、フィノは(|一3フント三万円なんて良いんでしょうか?)と呟いている。解らない事は無い。3フント三万円と言えば、肉体労働者の給金にして三~四分になる。とんでもない高給取りに思えるかもしれないが、この契約に於いての業務全てで彼らは命を賭けなければならない。

 実力を鑑みれば、まず命に関わる事など無いと思えても、その事実は曲がらない。ここで安売りすれば、他の冒険者にも迷惑になる。だから依頼料設定は若干の安めに抑えてあるが、ほぼ相場に準じている。


「では、どういたしますか? 先王率いる元正規軍がこのザウバまで攻め寄せて来るには間が有るかと思います。待機の必要は感じられませんが」

「そうですね。多くは有りませんが時間的余裕は有るかと思われます」

「戦力的にはどんなものでしょう?」

 本来であれば、今更な話である。冒険者が従軍するなら勝ち目も考慮しなければ、死んだあとに依頼料の使い処も無い。死した人の魂の行き場所である、魂の海への渡しに豪華船など無いのだ。

「衛士を除けば二千三百。それで全てです」

「おい、本当かよ! 半分以下か?」


 元正規軍は未だ五千の戦力を保持している。対して女王は徴用兵は帰還させているので動員できるのは二千三百だと言う。それでも無理しているのだろうとチャムは思う。メルクトゥー王国のような小国で動員できる兵などそんなものだ。だから冒険者の集団程度に圧倒されてしまうのである。


「やり方は選ばないと難しそうな数字ですね?」

「難しいの一言で済む数字じゃねえぜ」

「承知している。方策無しではザウバに籠って守るしか出来ない。それに関してはこれから将と詰めなければならないだろう」

「うーん……、それよりこのザウバに敵の手勢が紛れ込んでいるのが厄介ですね。守るにも内から火でも掛けられればそれで終わりそうです」

 契約も済んだので、便宜上「敵」と呼称するも躊躇う必要はない。

「やはりまだ潜んでいるとお考えか?」

「当然ね。今陽きょうの刺客は、或る種当たれば儲けものくらいで、本命は残してあると思ったほうがいいわ。籠城戦は向こうも読んでいるでしょうから」

「最悪だな。敵は外にも内にも居る訳か」

 内のほうを何とかしなければ、最善手である籠城も選びづらい選択肢になってしまう。

「僕個人としては籠城戦はお勧めしませんが、女王陛下も本意ではないでしょう? せっかく回復しつつある城下の農地を馬蹄で荒らされるのは」

「クエンタで構いませんよ。契約関係なのですから」


 彼女はこの朗らかな冒険者が気に入ってきている。凄腕でありながら聡明。強さを鼻に掛けるような所は全く無く、物越しは柔らか。粗野な感じは全く見せない辺りが不思議な印象で、荒事士である筈なのに武人には見えない。かと言って、貴族や平民とも違う、捉え処の無さが余計に興味をそそる。


「わたくしも出来れば戦地は選びたいと考えております。背に腹は代えられないと言うのが本当のところですけど」

「考えておきますね、クエンタさん」

 一部の親衛隊士は、その呼び掛けがお気に召さないようだ。鼻面に皺を寄せて睨み付けてくる。例によってカイはどこ吹く風だが。

「まずは内に目を向けてみましょうか? 引き摺り出すのが手っ取り早いでしょうね。城下の視察か何かを予定出来ませんか?」

「陛下は定期的に巡っておられますので、それも可能です。護衛に付いてもらえると?」

「ええ、そのつもりです」

 女王を餌にして敵を引っ張り出そうと言う大胆な作戦なのに、シャリアは平然と考慮に入れる。どうも彼女は手段の有効性を十分に理解しているのだろう。

「予定を確認してみましょう。話はそれからで」


 四人は宿の名を伝えて辞する。


   ◇      ◇      ◇


「どう思われましたか?」

 親衛隊士を下げさせた後で、シャリアはクエンタに問い掛ける。

「不思議な方。でも悪い感じは全くしませんでしたわ」

「殿下が送り込んできた者でないとも限りません。一応の警戒はお願いいたします。こちらでも探りは入れておきますので」

「そうね。仕方ないわ」


 クエンタは彼らが心強い味方であるのを願うばかりであった。

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