記憶
(何でしょう? 何か引っ掛かってるの)
夜、執務を終えて自室に戻ったクエンタは、昼間から感じている悶々とした感じを持て余している。
(あの方が
シャリアは否定はするものの可能性は捨て切れないと言っていた。
国力の衰えて内紛状態にある国は良い的なのかもしれない。どちらかに支援の手を伸ばし、後にそれを振り翳してメルクトゥーを属国化し、中隔地方への足掛かりにするつもりというのも考えられる。
(違うわ。引っ掛かっているのはそれじゃない。目よ)
昼間に感じたものを必死に掘り起こそうとする。
(あの緑色の瞳。なぜかとても懐かしい感じのするあの視線)
ずっとずっと前、記憶の彼方に靄がかかったのように埋もれているそれに一生懸命手を伸ばす。
(じっと、ただ何かを読み取ろうかとするように見つめてくる視線)
畏れとともに安堵を感じるようなそれ。
(わたくし、あの視線を知っている)
◇ ◇ ◇
四人の冒険者はザウバを出て、北側の地帯で
メルクトゥー王宮は、中隔地方と東方を隔てる峻厳なる山脈の山麓に建てられた山城だ。王宮を半円に取り囲むように城下町が広がり、それを街壁が囲み、高地帯が存在し、更にその付近を農地が取り囲む。上空から俯瞰で見れば半欠けのバウムクーヘンのように見えるそれだが、さすがに山麓部分にまでは農地も広がってはいない。
山麓までは針葉樹林を主とする森林が占めている。だがそこは魔境山脈ほどに魔獣の影が濃い訳ではない。もしそうなのであれば危険過ぎて山城など建てられない。
ここの山脈は標高が高く、ひと際高い稜線辺りは時折り白く染まる事も有るほどだ。環境的にはかなり厳しく、長毛種の野生動物が多く見られる。それらを狙う肉食魔獣も居るが、種も数も少ない。中隔地方では、魔境山脈を除けば平地型の魔獣のほうが多いと言っても過言ではないだろう。
針葉樹の森から続く山麓は、凸凹とした高地が多く見られる。元正規軍がザウバに向けて進軍してくるとすれば、この高地を抜けてくると思える。平野部は農地が広がっている為、そこを荒らすのはラガッシも本意ではないだろう。
玉座を奪還したにせよ、農地を荒らす王を誰が受け入れようと言うのか? 次に待っているのが民衆の反乱では、国そのものが荒れ果ててしまう。それくらいは民心を掴み切れない彼にも理解出来る筈だ。
「本当に凸凹ねぇ。ブルー達だから平気だけど、これは馬は大変なんじゃないかしら?」
セネル鳥は起伏にも強い。しかもこの高地群は地面を柔らかな土が覆い、丈の低い草が一面に生えている。彼らにとっては非常に走り易い状態だろう。
「たぶんこの辺りは隆起侵食の結果だろうね。僕も詳しくは無いんだけど」
「カイさんはこの山脈がプレート性の隆起によるものだと思ってらっしゃるんですねぇ?」
「たぶん魔境山脈もそうだと思う」
最近のフィノは日本語の習得に夢中である。なにしろ日本語が読めなければタブレットPCを貸してもらえても無用の長物になってしまう。日本語の勉強は道半ばではありながら、惑星の構造や自然環境学などの勉強もカイの補助を受けつつ急速に進めている。
最初、世界が球体で出来ていると聞かされた時、彼女は呆然としたものだ。しかし、それを証明づける現象の数々を挙げられ、反論の余地もなくなったフィノは逆にそれにのめり込んでいった。
「でも、発散型境界は中隔地方には無さそうですけどぉ」
西の魔境山脈や東の隔絶山脈がプレート同士の衝突で隆起しているなら、プレートが生まれる発散型境界が中央辺りを走っていないと変だと彼女は主張している。それは巨大渓谷や海が細く切れ込んだ形状で現れている筈なのだ。
「それは勘違いだね。発散型境界はきっと北の海中かな? その上にこの中隔地方の元になる大陸が乗っていた筈」
「え? 大陸が運ばれてぶつかったって言うんですかぁ?」
「うん、勉強した中に有ったでしょ?」
「あ! インド大陸!?」
「それ。そして収束型境界がこの東西の山脈」
「じゃあ、西方と中隔地方、東方は元々別の大陸だったって事になりますけどぉ?」
「僕はそうじゃないかと思っているよ。太古の昔の事だけど」
「ほわああぁぁ!」
フィノは驚異的な自然現象に驚愕の声を上げている。カイの理屈が正しければ、今彼女が立っている場所は世界の仕組みの一端を成す場所になる。フィノは高い高い山脈を見上げて、感動に打ち震えていた。
「ただ、火山が無いのが不思議だよね?」
プレートが潜り込む時に生まれる熱エネルギーも、大陸同士がぶつかり合って生まれる熱エネルギーもここに収束している筈なのだ。それがマグマを生み出して火山を形作っていなければおかしい。
「火山ってあれかしら? 溶けた岩を噴き出す山。東方には有るわよ」
「うん、僕が目にした文献にもそう書いてあったね。でも理論的にはこの辺りにも火山が無いと奇妙な話になるんだ」
「こんな連なっている山脈が火山だったら、この辺に人が住むなんて無理なんじゃない?」
(やっぱりそこに帰結しちゃうんだよね。人が住むのに都合の良い結論に)
この特殊な現象に付けられる理由はあまり多くない。それがカイには決して面白くない理由なのだが。
「僕も一応簡単に学んだだけで専門家とは言えない。こんな事例もあるのかもしれないね」
「問題無いんなら良いんじゃないですか? 溶けた岩なんてゾッとしませんですぅ」
「それはそうだけど、フィノ、火山の側には温泉が湧くのよ? 天然のお風呂」
「お風呂!? 天然の!?」
「そうよー、気持ち良いんだから」
チャムは火山付近を旅した時に、点々と散らばる温泉を渡り歩いた時の事をフィノに語り聞かせる。身体が温まって気持ち良いのはもちろん、傷の治りが早まったり肌がスベスベで綺麗になったりするのを聞くと、フィノは俄然興味を惹かれたようだ。
「嘘みたいです! フィノも入ってみたいですぅ」
「本当よ。誰もがそう言うんだから」
「間違いないよ。温泉って言うのは地下水が火山の熱エネルギーで温められたものだから、地下に有る色んな成分が溶け込んでいるんだ。その成分が様々な効能を生むんだよ。温泉にも色んな種類が有るって事」
例を挙げるとキリが無いので省いて聞かせる。
「きゃう ── ん、それは凄過ぎですぅ。何でこの辺には無いんですかぁ」
「いや、有ったら有ったで大変なんだってば。噴火すれば遠く離れていても砂が降って来たり、地震が多くて家が壊れちゃったりするんだから」
「ふえぇぇ、良い事ばかりじゃないんですねぇ」
自然現象ともなれば弊害もある。
「まあ、旅していれば温泉に入れる機会も有るでしょ。楽しみにしてなさいな」
「はい、楽しみですぅ」
風景を楽しみながら温まる自分の姿を想像してワクワクする獣人少女。
そこが混浴なのを夢見てワクワクする黒髪の青年と赤毛の美丈夫。
そしてなぜか嫌な予感がして二人の後頭部を一発叩いておく青髪の美貌。
「この辺は山脈に降った雪や雨が地下水になって流れているみたいだね。岩盤の強いところが高地になって弱いところが谷間になっているっていうのが結論」
「それが隆起侵食なのね」
ずいぶん逸れてしまったが、彼が言いたかったのはそういう事だ。
一つの丘のような高地から周囲を見回して、立地の良さを頭に入れておく。そして右腕だけマルチガントレットを装着すると打ち込んで広域サーチを打つ。
(あれ、この反応?)
帰ってきた反応は割と馴染み深い物。
(おや? これはこれは)
カイはくすりと笑うと針葉樹林のほうを見やる。
(豪気だねえ)
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