簒奪王(2)
「まるで無法者じゃないの?」
「問題だらけだぜ。そいつぁ、辛うじて徽章の犯罪への悪用にゃならねえかもしれねえが、完全に社会貢献義務違反に当たるんじゃねえか?」
トゥリオは、利害に拠らず冒険者が一国家に与する行為が冒険者ギルドの定める社会貢献義務違反に該当しているのではないかと主張する。
それは国際社会から見れば問題行動に見えるかもしれない。しかし国家間の強い結び付きも情報網にも欠けるこの世界では国際社会などという概念は正しく理解はされないだろう。彼の視点は、この場合は高すぎる。
「おそらくラダルフィー王国では冒険者登録そのものが国家体制側の証明になるのでしょう。冒険者の国を標榜すると言うのなら、冒険者の立場は王国の貴族に近い立ち位置に有ると考えられます。その冒険者が兵としても行動すると言うのなら、それはむしろ社会義務に該当すると考えられても不思議では有りません。社会貢献義務違反が親告制である以上、その告発は国家や諸機関からのものになります。冒険者が社会を形成しているという事は告発者など存在しないのを意味します」
「汚ねえ遣り口だな」
カイの説明を聞けば理屈だけは通っていると思わざるを得ない。
「恐ろしく歪んだ構図だとは僕も思っていますよ」
クエンタは目を見張っている。カイと名乗る青年は状況の概要を耳にしただけで、北の国の国家体制を推察して見せる。その聡明さは彼女の知る冒険者像にはそぐわないと思えた。
(いえ、いけないわ。職業だけでその方の人格まで評価してはいけないという例を私は今、前にしている)
彼女は自戒を強めねばならないと思う。
「そのような状況なので、同じ冒険者である君達への対応が乱暴になったのは許してもらいたい」
広場での親衛隊の行動に関してシャリアが言及する。
「そんな状況下でラガッシ殿下は否応無く玉座に着かねばならなくなった」
◇ ◇ ◇
王座に就いてラガッシはまずラダルフィーのこれ以上の侵攻を阻止する方策立案に着手する。
冒険者の身元確認と入国制限。同様の被害国である北方三国との連合・共闘。活気溢れるとの情報の西方への支援要請。等々、様々な案が検討されたがいずれも実行性に欠けるとの結論が導かれる。
何をするにも国内事情や距離が邪魔をする。苛立ちを隠せず、追い込まれていくラガッシ。そんな彼が辿り着いた方策は単純であるものの実行性は高く保証されたものだった。
それは軍備強化である。国境巡回部隊の増強。それに伴う砦の建設。砦への正規兵の駐屯配備。兵站戦の構築。それらで国境付近の町村を警備防衛し、状況が許せば奪還まで手を伸ばそうという考えだ。
これらには当然、多額の予算が必要になる。軍という組織は金食い虫だ。それなのに、安全と安心という利益しか生み出さない。一般市民の実生活にはほとんど寄与しない。安全や安心ではお腹は膨れないのである。
そこへ予算を注ぎ込もうとすればどうなるか? 人々の生活は潤わないだけでなく増税という負担ばかりを強いられるのである。民からの反発の声が少なからず上がったが、ラガッシは国家と市民生活の安寧の為と突っ撥ね、貫いていく。
そんな状態が三
父王早逝を国家危急の際と見做した王姉クエンタは、降嫁を白紙とし、自ら見出した知恵者シャリアを近くに置き、王ラガッシを補助すべく政策立案等に邁進していた。
弟が軍備増強に舵を切った時、クエンタはかなり強めに反対したのだが、彼は聞く耳を持たなかった。それ以上の反対は、疎んじられて国政の場から外されると危惧したクエンタは方針転換をし、予算捻出の為の産業活性化や農業効率化の方策を打ち出すが、一部しか認められず更にその一部しか効果が得られず、大きな効果は産めないでいた。
何ら打開策も無いまま、国が枯れていくのを傍らで見続けなければならなかった彼女は、大きな決意を胸に宿す。
軍を率いて示威行動を兼ねた演習を国境付近で行ったラガッシが一足先に王宮へ戻ってきた時、彼は一隊の兵に剣を突き付けられ拘束される。密かに自分に傾倒する兵を掌握していたクエンタは王位簒奪に踏み切った。
弟から王位を剝奪し、東の物見の塔の一室に幽閉したクエンタは、自ら玉座に着く事を宣し、帰還途中の軍にその旨を告げて恭順を促す。しかし、軍備強化路線は将にとって権限拡大に他ならない。クエンタの下では冷遇されるであろうと考えた軍部は、一部の者を除いて北に去っていった。
その後は兵站線も絶った為、彼らがどうしているかと調査隊を送った彼女の下には、元正規兵達五千は砦を拠点として狩猟採集生活を送りつつ、周囲の開墾に励んでいたという報告が上がって来る。そこで雌伏の時を送るつもりであるかのようだった。
彼らが防波堤となってラダルフィーの侵攻も停滞気味になったのを良しとし、クエンタは国力の回復に努めてきたのである。
それから一
地道に協力者を増やしてでも居たのか大きな混乱もなく、夜陰に乗じて逃走したと見える。翌朝、食事を運んだ者がその報告を上げるまで誰も気付いていなかったほどなのだ。
当然クエンタは、ラガッシが北の元正規兵と合流して再び玉座を窺う危険を悟って追手を差し向けるが、北の街道沿いを中心に探索させても目撃情報の一つも認められないまま、
そんなところへ、先程の襲撃事件と冒険者達からの情報である。ラガッシは何らかの手段で元正規兵達と連絡を取り合い、玉座奪還の為の動きを強めてきているのだと知れた。
◇ ◇ ◇
「なるほど、よく解りました。そんな経緯が有るのなら彼があなたを簒奪王と呼んだ理由が理解出来ます。あなたの採る経済回復路線は、彼にとって侵略者に国を明け渡す暴政だと言えなくもありませんね」
この台詞に、親衛隊士達は再び剣呑な雰囲気を放ち始める。
「視点を変えればそうなるのかもしれませんね。でも、わたくしは国体の維持のために民を苦しめるだけの政治は行えません。どれだけむしり取られようとも、今は耐え忍ぶ時だと考えています。例え国土の半分を失ったとしても、民を守れるなら躊躇う事などありません」
実際に彼女は国境付近の町村に、冒険者が多数入り込んできた場合は土地を放棄して逃げるよう布告を出していると言う。幸い、ラダルフィーは住民に強い執着は見せていない。ただ国土を広げる事のみに執心しているように見える。
「どこまで本気なのかしら? あの優男は姉の命を奪ってまで玉座に返り咲こうとしているのだと思う?」
「それは恨みは有ると思うよ。でも命まで狙うって言うのは考え難いかな? さしずめ功を焦った指揮官が暴走したところだと思いたいね。そうだとしても彼は強く諫めたりは出来ないだろうと思う。今はただ、幾らでも戦力が欲しい時だろうから」
「そりゃ間違いねえな」
「でもお姉さんを敵に回すって、馬鹿げてて悲しい事ですぅ」
カイはフィノの優しい心根は理解出来るが、どの立場に有っても自ら正しいと信じて行動しているのだとも理解出来る。それでも肩入れしたいと思える方は決まっている。
「で、どうなさいます? 僕達を雇いますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます