簒奪王(1)

 衛兵などの協力でその場の騒動は収束に向かい、再び落ち着いた民衆の前に女王クエンタは立つ。


 彼女は現政策、低減税率の続行、緊縮財政により王国の本来持つ力による経済復興を切々と訴える。無論、それは良いところばかりではない。

 予算の乏しい国家は福祉に大きな注力など望めない。俸給まで削減される役人は、市民の声に誠実に向き合う姿勢を取り続けるのは難しいかもしれない。士気を下げて、最低限の事しかしなくなる可能性は大いにある。

 そうなれば市民は不自由を被る事も少なくなるだろう。しかし今は耐えてもらわねばならない。いつか皆が豊かさを享受し、笑い合えるそのまで。


 自らの胸の内の苦悩を素直に表し、市民に協力を要請する。何の原稿も用意せず、周囲を見渡して一人一人に向かい合おうとするその姿は民衆の共感を得るには十分な説得力を持っていた。

 クエンタの美しい容姿もその助けにはなっていただろう。だが、彼女の聡明さと誠実さが民衆の心を掴んでいるのは間違いないと思えた。


 その間も周囲の警戒を崩さず、待機していた冒険者達にもそれは十分に伝わっていた。


   ◇      ◇      ◇


 メルクトゥー王宮の広めの応接室に於いて、四人は親衛隊に周囲を固められた女王やシャリアと対面している。従来、このような対面形式など採られる事は無いのだが、特殊な事情下の特例として設けられた場だ。

 クエンタは腰掛け、斜め後ろにシャリアが控えている。


「皆様はどちらから?」

 立ったままで対する冒険者達に彼女は問い掛ける。

二巡12日ほど前に、西方から船でホリガスに降り立ちました」

「まあ、西方から!? 彼の地は今、活況に湧いていると漏れ聞いております。なぜまたこちらに? 収入を得るには留まるべきではなかったのですか?」

「見ての通り、僕達は流しの冒険者。流れ者に流れる理由を問うのは詮無いこと。性分だとご理解いただけると幸いです」

「申し訳ありません。広き世界を知らぬ者にはどうにも理解が及びませんわ。そういうものだと心得ましょう」

「感謝いたします」


 クエンタは彼らを不思議そうに見つめる。知らぬ地とは言え、その地の王権を持つ最高権力者を前にして、全く物怖じする様子が見られない。獣人少女は僅かに緊張しているようだが、それでも笑みを絶やさず色々と観察するのを止めたりはしない。

 黒髪の青年の肩に居る小動物に至っては、退屈したのか青年の頬を尻尾でペシペシと叩いて遊んでいる。それを笑顔で窘める青年も大した胆力だと言えよう。


 シャリアは違う目で彼らを見ていた。気色ばむ親衛隊士を前にして、微塵も動揺を見せなかった四人の冒険者。その中で黒髪の青年は丸腰のまま悠然と対していた。それは自信の表れにしか見えない。相応の手練れだと思って構わないだろう。

 斬り掛かられてこそ武器を取って応じたがその時も刃の側を後ろにし、鍛錬を忘れない親衛隊士の剣をあしらった。


(凄腕の帝国人。帝国の第三皇子、全ての刃物を我が手足のように扱うという、あの刃主ブレードマスター? 諸国を放浪しているとも噂が有るが、まさか?)

 それならばメルクトゥー王国程度の小国の王を前にしても腰が引ける事は無いだろう。しかし、身分を隠しての諜報活動ならば、こうもあからさまに接触してくる事など考えられない。

(違うでしょう。冒険者の身でも凄腕は大勢居る。陛下を困らせているのもそんな輩だ)

 沈思していると、背筋がゾクリとする感触に捕われる。目を上げると黒瞳と緑眼が自分を射止めている。観察しているのは自分だけでない。観察されてもいるようだった。


「改めまして名乗ります。僕はカイ、彼女はチャム、大きいのがトゥリオでもう一人がフィノです。何かお聞きになりたいと伺いましたが」

 水を向けられたので、まずは聞くべきところを訊いておかねばならないだろう。クエンタに会釈を送って発言の許可をもらう。

「ラガッシ殿下と接触が有ったと聞きました。その場所と時期を出来るだけ正確にお願いできますか?」

「場所は魔境山脈に程近い道とも呼べぬ道でした。もう七も前の話なので全然参考にならないかと思いますけど」

「そんな場所にだと!? なぜ?」

 声を上げたのは親衛隊長カシューダだった。

「北に向かったのではないのか?」

「ええ、北上を急いでいる様子でしたよ。魔獣だらけのあんな道を」

「隊長、考えられない事ではないでしょう? 殿下の一行は南に潜んでいたと見えます。我らが北の探索に手間取っている間も」

「なんと!」

 自分達が裏をかかれたときいて臍を噛むカシューダ。

「港町ホリガスの冒険者ギルドで珍妙な依頼を押し付けられかけたわ。依頼者を明かさない要人警護ですってよ。つまりそういう事」

「人を隠すには人の中。殿下はホリガスか、その周辺に潜んでいたと思って間違いないでしょう」

「む、そして探索の目が広まって薄まる頃合いを見て本隊との合流に踏み切った訳ですな。冒険者まで護衛に動員して危険な道を辿って」

 四人にも薄々事情が知れてきた。だが、どんな経緯でそんな状況になったのかが未だはっきりしない。

「詳しい話をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「私がお話ししましょう」


 宰相シャリアの話の始まりは五前からになる。


   ◇      ◇      ◇


 五前、壮年期のアラバル・メルクトルは病床に臥せり、あれよあれよという間に瘦せ細って呆気なく逝ってしまう。先王が身罷って三、突然の出来事であった。


 不幸中の幸い、長男ラガッシの立太子は済んでいた為混乱が起こるような事は無かったものの、メルクトゥー王国は苦難の中にあった。

 拡大政策に意欲を示す冒険者王ハイハダルの統べる北のラダルフィー王国は、国境を脅かすのが常態になっている。国力の衰えつつあるメルクトゥー王国にとってはそれが大きな負担になっている。


 通常の国境警備であれば、警備費用がそう大きく膨らむ事は無い。街道警備と国境林巡回に人員を置けば済むだけだ。しかし国境はここ数輪すうねん流動的であり、国境林を設置出来るほどの安定性が無い。代替手段として、木組みの馬防柵が設置される等が行われるのだが、それさえも行われていない。


 その原因はラダルフィーの侵攻手段にある。彼の国の手勢は冒険者として入国して来るのだ。徽章を掲げられれば流しの冒険者なのか、ラダルフィーの兵なのか解らない。その仕組みの抜け道とも言える方法は実に効果的だ。

 冒険者を受け入れない訳にはいかない。そんな事をすれば、魔獣の数量コントロールが出来なくなる。国民が被る被害は馬鹿に出来なくなってしまうだろう。


 そして受け入れた冒険者が国境近くの町村に集い、勝手にラダルフィーの旗を掲げる。地方の町村には少ない身体強化能力者では冒険者の集団に抗する術もない。

 駆け付けた警備兵も後手になり、既にそこに集結している冒険者兼ラダルフィー兵によって撃退される。その占拠状態が続き、国境線がじわりじわりと南に押し下げられてくる。


 当初、王国は冒険者ギルドに厳重抗議を行ったのだが、規則的にラダルフィーだけでの徽章の交付停止は適わなかった。

 それをやると冒険者ギルドの仕組みそのものが崩壊するとの判断による。ただし、ラダルフィー体制へのギルド経由の指導は行われている。それは冒険者徽章の悪用規定に抵触しているとの理由でだ。

 しかし各国体制への内政干渉権など無い冒険者ギルドは指導するに留まってしまい、当然ラダルフィーはそれを無視した。


 国境警備は多数の隊を用いての巡回しか手段がなくなり、その費用が国庫を圧迫していく。

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