黒髪の来訪者
火球の魔法が炸裂した瞬間、シャリアに覆い被られて伏せさせられた女王クエンタは未だ何が起きたのか理解出来ていなかった。それでも常に命を狙われる立場であると思い起こし周囲を確認しようとするが、既に親衛隊に囲まれていて低い姿勢からは何も見えない。
炸裂音に騒ぐが、逃げ惑うには至らない民衆のざわめきが収まろうかという頃、遠方で黄色い悲鳴が上がる。
「何事だ! 確認しろ!」
親衛隊長カシューダの焦りを含んだ声が飛ぶ。
「隊長! 税務公館、商業ギルド棟などの数ヶ所から人が転落したのが確認できました!」
「事故か!? 救護を向かわせて身元を確認! 急げ!」
「た、隊長! あれをっ!!」
隊員の一人が指差す先を見ると、
離れた場所で再び悲鳴が上がる。
「倒れたぞ! 何だ!?」
「確認しますが、魔法士のようです! 火球の上がった方向でした!」
「押さえろ! 走れ!」
「はっ!」
(一体、何が起こっているの?)
今更になって身体が震えだすクエンタ。シャリアは気丈にも周囲に目配りを欠かさないでいるのが解る。
倒れている魔法士らしき男と、派手に目立った動きをした集団の周りを避けて人垣が出来ている。
「奴らを取り押さえろ!」
返答と共に駆け出す親衛隊士。クエンタはシャリアに助け起こしてもらいながら、人垣の方向を注視する。
「動くな! 大人しくしろ! 貴様ら、何者だ!」
「何なの!? この国には命の恩人を誰何する習慣でも有るわけ?」
青髪の女性が眉を吊り上げている様子が見えた。
◇ ◇ ◇
目立つのは大男の姿だ。身体のほとんどを隠せそうな大盾を持つが、炎の如き赤の髪の下の顔立ちは非常に整っている。がっしりとした体格をして美丈夫という表現がピッタリだと言えよう。
その背後に見え隠れする茶色い頭髪の間からは、白地にブチの有る犬耳が垂れている。覗いた顔の獣相は薄く、僅かに突き出した鼻面の先に可愛らしいピンクの鼻とその下に小さめの犬口が付いている。身に着けた
未だ険の有る顔付きを崩さない青髪の女性は、眉根を寄せていてさえ人々に我を忘れさせてしまいそうなほどの美貌を誇っている。盾を付けた左手を鞘に当て、右手で柄を握ったままの態勢で周囲を警戒しているが、その様子さえ一服の絵のような美しさもあり、内から滲みだすかの如き気品を感じさせる。
そして、黒髪の下に笑顔を張り付けている青年。その奥に深淵が潜んでいそうな黒瞳。腕にはその三倍以上の太さが有りそうな
彼らは防具のあちらこちらに同じ幾何学模様の紋章を付けている。
(傭兵団? いえ、冒険者パーティーっていうの?)
衆目に晒されているというのに堂々とした態度は崩さず、自分達の方を見ている四人の存在が、クエンタには不思議に見えた。
「特に派手には動いていませんし拘束されるような事をした覚えは有りませんが、僕達に何か?」
黒髪の青年が心外であると言わんばかりに問い掛けてくる。
「貴様らが、女王陛下の御前で何らかの武装を用いたのは明白だ。危険と見做されても仕方あるまい?」
「ですから、暗殺を企む者を撃ち落としてあなた方の手間を省いて差し上げたのに、拘束されては適わないと申し上げているのですよ」
「減らず口を。報告しろ」
駆け寄ってきた隊員に状況を問う。
「魔法士は即死であります。ですが弓による狙撃を目論んでいた者は全て拘束いたしました。弓矢も押収しております」
「了解した。宰相閣下、やはり襲撃者である模様です」
「ええ、手当てをして牢へ。後に事情を問い質しなさい、報告を上げるように」
「は。この者らは如何いたしましょう?」
シャリアは対応に迷う。襲撃者を撃退してくれたのは確かなようだ。しかし彼らの目的が解らない。探りを入れなければなるまいか。
「問う。貴殿らはなぜ襲撃者の存在を知っていた?」
「そんな難しい話ではないわ。この人のサーチ魔法に掛かれば、暗殺なんて不可能に近いから」
「探索系の魔法か。それでは頷かざるを得ない。ならば偶然観衆としてそこに居たと?」
「はい。簒奪王の顔を見に来ました」
「貴様ぁ!」
盾の男の「おい!」というツッコミも間に合わず、激発した一人の親衛隊士が剣を抜いて斬り掛かってくる。いつの間にか黒髪の青年の手には長柄の武器が収まっており、金属同士が絡み合う嫌な音を残して剣は下に抑え込まれていた。
「控えよ。御前である」
「くっ! 申し訳ございません」
「貴殿にも罪は有る。信奉する方を貶められて怒らぬ者など居まい」
「言葉足らずでしたね。そう聞かされてきたので自らの目で確認しに来たのです」
「流言に惑わされたか?」
「どうでしょう? 流言と呼ぶには出元がそれなりだったので、一度お目に掛かれればと」
「出元?」
「正統なる王を名乗るラガッシなる人物に」
親衛隊士が一斉に気色ばむ。さもありなん、先の襲撃者を差し向けてきた最有力容疑者なのだから。
皆が剣の柄に手を掛け、四人を包囲すべくジリジリと散開し始める。敵の差し向けてきた刺客か偵察か、問い質さねばならないとの考えだろう。
「いい加減になさい。無駄に刺激したって何も出て来そうにないわよ。本当のところを話して差し上げたら?」
「そうだね、ごめん」
青年は黒髪を掻きながら苦い笑いを浮かべた。
「その情報がとんでもない大噓だったんで、どんな方か気になっちゃっただけですよ。その大噓吐きは『簒奪王が暴政を』なんて言うからザウバまで来ました」
黒髪の青年曰く、城下の農民達は朗らかに笑い、農作業に精を出している。生活に困窮している様子も見られなければ、何かを怖れている様も感じられない。聞くに「お城のほうじゃごたごたしてる様だが、儂らには関係無い。新しい王様は税を下げて儂らを楽にしてくれてくれるから大歓迎だ」と。
それは明らかに暴政とは思えない。ならば何を以って彼の人物は、現王を認められないのかが気になる。ただ玉座に拘泥しているだけとは見えなかった。仕えている者達が自らを義士と呼んだのがその証左だ。
「何らかの意見の対立が有るんでしょうね。その理由が気になったんですよ」
「そう。筋は通っていますね」
彼が披露した論理的展開は一つの綻びも見受けられない。目的を隠す為にこれだけの事を語れるなら、詐欺師のほうが向いている。
「待って、シャリア。その人のお話を伺いたいわ」
クエンタは、シャリアの腕を引いて前に出て、主張を始める。
「ラガッシがそこまで話したというのに彼は心動かされた様子も見られない。それだけの人だとは思わない?」
「それは一理ございますね」
弟である先王ラガッシは、問題が有って彼女が排した。だからと言って彼に王者の風格が無かったかと云えば、そんな事は無い。それなりの威厳と説得力のある論調で語る言葉を持っている。
ラガッシと会っていながら、その言を鵜呑みにしないだけの芯を彼の中に見たというのだ。
「いいでしょう。私もラガッシ殿下に関して、彼らより聞き取りたい事もありますし」
チャムの予想通り、メルクトゥーの混乱には巻き込まれざるを得ないようだ。
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