王都ザウバ

 皆で臼を突き合わせてせっせと餅を搗く。チャムとフィノは実に楽しげに談笑しつつ作業して、男性陣はそれを眺めながら作業に勤しむ流れだ。

 だんだん餅搗きと小分け作業に追われるようになってきたので、カイは蒸籠せいろの世話と並行して黄な粉作りのほうに専念する。女性陣からのお褒めの言葉をいただいていると、クイクイと服を引かれた。


「どうしたの、パープル? お腹減った? この炒り豆は黄な粉にするからダメなんだ。一段落したらお肉を切ってあげるよ」

「キュー」

 セネル鳥せねるちょう達に一斉に首を振られた。

「ん? 麦なら生はお腹壊しそうだから、炒らないといけないかな。試してみる?」

「キュルーキュ」

「え? 餅?」

 どんどん搗かれて増えていく餅の山を嘴で指している。モノリコート以外の加工品を頑として口にしない彼らが、餅に興味を示すなんて考えもしなった。

「食べたいの?」

「キュ!」

 目を瞬いて驚きを示したカイだが、自ら望むなら止める理由はない。一つをパープルの口に入れると、他三羽にも一つずつ放り込んでいく。


 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。

 大きなクチバシの中で咀嚼されている様子は、なかなかに見応えがあった。

 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ、ごっくん。


「キューイ! キュリッキュラー!」

「美味しい? そりゃいいね。助かるよ。君達に食べてもらう炭水化物が豆だけだと可哀想だったから」

「お餅美味しいですもんねー。イエローも気に入ってくれて嬉しいですぅ」

「キュリルー!」

 こうなると大麦入手は必須になってくる。東の方に居る間は問題無いが、西方への輸入も模索しなければならない。


 纏まった量の餅が出来たら搗き立てで『倉庫』に格納しておく。お手軽に楽しめる状態で保存できるから楽でいい。だが、別の楽しみ方も有るので披露しておかねばならないだろう。

 フィノに頼んで小分けした餅の一部を乾燥してもらう。


「カチカチになっちゃいましたよぅ?」

「いいんだ。本来お餅って保存食みたいなものだから」

「ほわぁ」


 金網の上に乾燥餅を並べて焼いていく。焦げ目が付くと共に、膨らんだ餅を見て三人からは歓声が上がる。調理風景が楽しい食べ物というのは多くはない。

 焼き上がったら、サッと湯にくぐらせて黄な粉の中に投入。たっぷり塗して小皿に盛って渡していくと皆の目がキラキラしている。「熱い熱い」と言いながら頬張ると、それが幸せの顔に変わる。


「はー、香ばしい。パリパリした食感も香りも味も最高!」

「はふはふひゃあうほひゃいは」

「そんなに焦らなくたって、いっぱい作ったばかりだよ?」

「すぐ無くなっちまいそうだがな」


 昼の白焔たいようの下、笑顔の食卓も旅の醍醐味だ。


   ◇      ◇      ◇


 男がそこに潜んで一刻半二時間近く。王宮前広場には多くの民衆が集まっていた。予定では、もうしばらくの後に簒奪の女王が姿を現す筈だ。


 現れたら、民衆に紛れ込ませた魔法士が火球を上げる。その炸裂が合図。護衛が気を取られている内に、自分を含む男達四人が四方向から簒奪王を狙って時間差で矢を放つ。それだけで命を絶つのは困難だが、掠めるだけで良い。毒薬で染まった赤いやじりがそれを保証してくれる。

 簒奪王の命を絶てば、彼らが信奉する正統なる王が玉座に返り咲ける。簒奪の時代は終焉を迎えるのだ。我らが正統なる王は、隣国の侵略者を蹴散らし、メルクトゥーに真の平和をもたらしてくれるだろう。その時の為ならば、この手を卑しい暗殺の血に染めるのなど躊躇いもしない。


 射手は解放者の列に、その魂を並べられるのだ。


   ◇      ◇      ◇


 王都ザウバの王宮の大扉に向かう女王クエンタ・メルクトルはもう一度自分の身だしなみを確認する。今は混迷の時だ。自分が泰然とした姿を民に見せねば彼らが混乱してしまう。

「問題無いかしら、シャリア」

「私には問題無いように見えます。その役の者が仕上げておりますれば、どうかお心置きなきよう」

「ありがとう。貴女がそう言ってくれるなら大丈夫ね」

 宰相シャリア・チルムの保証を得られてクエンタは心を落ち着けた。


 あの簒奪劇から二、ザウバはようやく落ち着いた様子を見せるようになってきた。

 城下の農地などは騒乱の影響は大きく受けなかった為、回復は早かったはず。だが、王都は一時混乱の極みに在った為、民心の安定には時間を要してしまった。それでも、地道な治世を続けてきた結果がやっとこうして手に取って解るようになってきている。


 王宮前広場に集まる民衆の期待に満ちた目が、確かな手応えをクエンタに伝えてきてくれる。後、三、いや二安定した政治が行えれば王国は力を取り戻してくれると思える。その方向性を示し、民に希望を与える事が出来れば絶対に協力が得られる筈なのだ。

 だから今陽きょうだけは毅然とした態度で民衆の前に立たねばならない。自分が見据える未来を、皆に見せるのだ。決意をもってクエンタは大扉をくぐり、昼の白焔たいようの下にその姿を晒した。


   ◇      ◇      ◇


 親衛隊に囲まれて簒奪王が姿を現した。親衛隊と云えどこの場では彼女を囲い包んだままではいられまい。それでは民衆がその姿を見る事が敵わないからだ。だから必ず前方は開けられるはず。そこが狙い目だ。


 簒奪王の背後には、彼女の懐刀と言われる信頼厚い宰相の姿も見える。自分は運が良い。射手の射線からは二人の姿が重なって見えた。

 もし、射手が放った矢が女王を外したとしても、あの宰相に命中する確率は少なからずある。簒奪王の頭脳と呼ばれるあの女を始末出来れば、現体制は計り知れない損害を被る事は間違いない。どちらにせよ、射手は正統なる王を玉座に近付ける助けが出来るのだ。こんなに光栄な事は無いだろう。


 音を立てぬよう伏せたまま態勢を整える。弓に矢をつがえ、合図の時を待つ。射手が救国の英雄に名を連ねる瞬間は刻一刻と近付いてきている。身の内から湧き上がる興奮を無理矢理制して、心を鎮める。

 間違っても仕損じる訳にはいかない。ここで仕留め損なえば警護は固くなり、今後は好機を窺い辛くなってしまう。責任は重大だが、射手を信頼して送り込んでくれたスワーギー将軍の顔に泥を塗るのだけは避けなければならない。


 慎重に狙いを付ける。視界の隅のほうで赤い光が徐々に大きさを増しているのが見えた。きっとあれが合図の火球だ。炸裂の瞬間を待って、目と耳だけに全てを集中する。

 赤い光がスッと舞い上がっていく。射手は呼吸を止めて、指先にも意識を向けた。下から上に視界をよぎる光に意識を向けないよう自制する。その瞬間は刹那の後だ。

 指の力を徐々に緩めようと思った瞬間、焼けるような痛みが肩口を襲った。


「ぎっ! あああーっ!」


 押し殺し切れなかった悲鳴が射手の口からまろび出る。痛みを送り込み続けている左肩を押さえて、転がり回る。矢はもう、あらぬ方向に飛んで行ってしまった。だが射手は任務の失敗を悔やむ余裕などない。

 痛みは肩口からかなり下の背中の辺りまでの広範囲から感じられる。激痛にもんどりうっている内に、射手の身体は屋根を転がり落ちていく。


 そう、射手が狙撃の為に潜んでいた場所は、とある公館の屋根の上だ。三階の屋根の上から転落すれば只事では済まないが、そんな事を考えるゆとりもなく転がり落ちていく。刹那の浮遊感の後に全身を痛みが襲う。幸い、頭から転落することは避けられたようだ。僅かに目蓋を上げて周囲を探る。


 遠く、黒髪の青年が自分を冷たい目で睨み据えているのが見えた。

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