餅搗き機
(悪い評価は無いだろうと思ってたけど、瞬殺とは……)
食い付きの良さは想定した中でもかなり上の方だった。
様々な調理法を披露して比較的好評を得ているカイだが、それは単に食文化の違いだけであって、この異世界が食の多様性に劣っている訳ではない。
例えば肉麺。これは豊富な種類の肉をペースト状になるまで挽き潰し、細長い麵やマカロニのような形状に加工して乾燥させた物。塩や香辛料を利かせてあり、煮戻せばスープの出汁にも調味にもなる便利さは彼も知らなかった物であり、非常に重宝している。
挽肉を麵状に加工した料理が有るのはカイも知っているが、これほど良く考えられている乾燥肉は、彼の知る食文化には無かった保存食だと思う。
「ご主人、卸し先との兼ね合いで問題が有るなら諦めますが、余剰分が有るようなら纏まった量で売っていただけませんか?」
これからの食生活に大きな影響を与えるであろうオルク麦は、是が非でも確保したい。しかし、それでこの農夫が卸し先とトラブルになり、迷惑を掛けるような真似は避けたいのでこんな言い方になる。
「そうですね。この大袋は
「500ぅ!? 本当にそれでいいんかい?」
大袋の、酒造業者への卸値は相場でいけば
「はい、多少は色を付けたつもりですけど、如何ですか?」
「
農夫は十分だろうと思って提案する。
「ああ、やはりそんなものですか? もっと欲しいんですけど、ご近所の方にお声掛けいただけませんか?」
「ああん? もっと寄越せだって!? 本気かよ?」
さすがに驚いた農夫は「ちょっと来いや」と言って、村の集会所のような場所に連れて行ってくれる。道すがら子供を捕まえた彼は、他の村衆に集まるよう言付けて走らせた。
「悪いな、みんな。実はこっちの兄ちゃんがオルク麦を袋で譲ってくれっつーんだがよ…」
自分の所で出せる量では足りないから持ち寄ってくれるように頼んだ。
「なあ、頼むぜ。兄ちゃんは500出してくれるそうだからよ」
みるみる村衆の目が見開かれていき、「何だと?」「本気かよ?」と声が上がる。
「はい、喜んで
「待ってろ、兄ちゃん! すぐ持って来るからな」
一人が駆け去ると我も我もと散って行き、
それぞれに代金を支払ったカイは、待ち時間に準備しておいた焼き肉を皆に振る舞って、皆で笑顔になる事が出来たのだった。
◇ ◇ ◇
あれから一
竈作りを力持ちに任せて、カイは蒸籠の構造をタブレットPCで調べる。ササッと確認して格納しようとしたら目敏く見つけたフィノが飛び付いてきて、高く掲げたタブレットPCにピョンピョンしているところをチャムに叱られるという一幕はご愛敬。
塊と粉を振り分ける
積み上げられるよう、大きさを揃えて多数作った蒸籠を並べていく間に、女性陣にはオルク麦を優しく洗っておいてもらう。どうやらここで実割れしたりすると蒸しムラが出て舌触りが落ちるらしい。
農家で使った臼は願われて置いてきたので、新たに選り分けた固めの石を幾つも纏めて大きな塊にし、臼に変形させる。人数分臼を作ったら、今度はその相方を作らねばならない。
「うん? 木槌を作るんじゃないの?」
「うーん、確かに杵でついたほうが美味しいって言うけど、時間掛かっちゃうから大量生産向きじゃないんだよ。だからちょっと小細工」
木材じゃなく金材を取り出したカイに、疑問を抱いたチャムが貰った答えはこれだった。
濃い灰色の見慣れない材料は円柱に変形されて脇に置かれた。次にステンレス素材を取り出すと、厚めの円筒に変形、一方の端は綺麗な半球にされスベスベピカピカにしてある。もう一つの素材も似たような円筒に変形すると、こちらの端は平らに封じられている。この二つのステンレス製部品の間に先の灰色材料が、
平面封円筒のほうから伸ばされた腕の先は穴が開いており、半球封円筒の突起に掛けられ外れないよう固定される。刻印ペンを取り出したカイは、刻印を平面封円筒のほうに刻み込んだ。
「刻印に魔力を流して」
チャムが、手渡された全長
「何これ? 変なの」
「また変な道具ですぅ」
フィノもツンツンと突いている。
「餅つき機。中子の合金はその雷の刻印で振動するんだ」
実は以前、カイは超音波ブレードを作ろうとした事が有る。
たまたま武器の書物を手にした時に、SFの超音波ブレードを知った彼は興味をもって調べ始めた。
それが現実に存在するという事に辿り着くとその構造の概要を知る。電圧を加える事で変形する圧電素子の知識を得た彼は、これを異世界で作るべく様々な合金を作った。
実験結果としてかなりの変化量を得られる圧電素子を生み出す事が出来たのだが、その先で行き詰まる。超音波振動させられるほどの電気パルスを発生させる記述魔法のほうが書けなかったのだ。出来たのは精々電動あんま機程度の振動でしかなかった。その周波数の振動では、刃を振動させても物に弾かれるだけで終わった。
超音波ブレード開発失敗の苦い歴史であった。だが、その圧電素子と記述刻印がここにきて日の目を見る。剣には使えなくとも、餅つきには程良い振動数に思えたのだ。
蒸し上がったオルク麦が臼の中に投じられた。カイが水を付けた手で軽く捏ねると、チャムが餅つき機を振動させて蒸し麦の中に押し入れる。すると、半球封円筒に接した麦粒は微細な振動で形を崩していく。餅つき機を全体に動かして捏ねながら潰していくとかなりの速度で蒸し麦が餅状に変化していった。
「ふふ……、んふふ。うふふふふふふふふ。楽しー!」
潰されて流動化した麦餅の中央に餅つき機を押し込んでいると、振動で対流するような動きを見せる。徐々に滑らかでツヤツヤになり始めている表面が流れている様を見て、チャムの口から奇妙な笑い声が漏れてきた。
どうやらお楽しみいただけているらしい。餅つきの仕上げとして、それは正しい手順なので問題は無い筈なのだが、美人の
だが、触らぬに災い無しと、三人は汗を垂らして見守るしか無いのだった。
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