新食感
フィノは湯気を立てる白い粒々をしげしげと眺める。
「パンみたいなボソボソしたところは無いんですね? そういう意味では食べやすいんですけど、パンみたいに片手で食べられるお手軽さは無さそうですけど」
「それは調理法次第で解消出来るから」
おにぎりにすれば簡単に食べられるし冷えても美味しい。その他にも炒飯にピラフ、スープで煮込んでおじやにしても良い。小麦粉ならば食べ方を変えようとすれば複雑な手順が必要になってしまうが、炊飯食は調理法で多様性を実現できる。
「何より小麦粉より遥かに食物繊維が多い。お腹を綺麗にしてくれるから美容にも良い筈だよ?」
食事中とあって、表現をボカして伝える。
「なんですと!?」
「聞き捨てなりませんですぅ!」
チャムは驚いた顔を見せ、フィノは麦ご飯を掻き込んで頬を膨らませる。乙女達にその台詞は殺し文句だったようだ。
「侮れないわね。このちょっと焦げた所なんか香ばしくてこんなに美味しいのに」
「それだけじゃないんだよ?」
その大麦ならではの調理法に手を付ける。
◇ ◇ ◇
簡易に作り出した
麦ご飯という今までにない食べ方に触れた農家の夫婦と雑談に講じつつ蒸し上がりを待つ。
「酒にしかなんねえオルク麦だと思っていたが、こんな食い物になるとは思わなかったぜ」
「ほんとねぇ。パン焼きに比べたら手間が掛からなくて楽だわぁ」
「美味しく炊こうと思うと火加減とか工夫が必要ですけどね。でも、お酒にするだけじゃもったいないのは間違いないと断言しますよ」
主張が激しい。
「みてえだな。良く知ってんぜ、こんな食い方」
「僕の故郷では普通なんです。でも西方では大麦を作ってなくって、かなり苦しんでしまいました」
「西方じゃ、オルク麦は無えんだな。どうやって酒造ってんだ?」
「あちらでは果樹の種類が豊富なのですよ」
西方では様々な種の果実で砂糖が作られているが、酒精も果実を用いた物が多種多様に造られている。
醸造して若い内から飲用に供する家庭酒から、熟成させた深い味わいの物や蒸留した強い物などの楽しみとしての飲用に供される酒、発砲発酵を促した嗜好品的な酒まで、用途に応じた多様性も高い。中には芋を用いて造られる酒もあるようだが、それほど好まれず生産量は知れているらしい。
「大麦をお酒の原料にする気持ちも解るんですよ」
解り易いところで云えば代表格のビール。ウイスキーやウォッカ、ジン、麦焼酎などの強い蒸留酒の原料にも多用されているのはカイも知っている。使い勝手の良い原材料だというのは否めないだろう。おそらくこの世界でもそんな風に使われているのではないかと思う。
「それでも僕は、こうして炊飯して食べるのが大好きなんです。それともう一つ……」
そろそろ蒸し上がるであろう蒸籠のほうに目を向ける。
蒸籠の中、布巾の上では蒸し上がったもち麦が真っ白でふっくらとした姿を見せている。
「蒸しても食べれるのね? これも美味しそうだわ」
麦ご飯の味を知ってしまったチャムは、既に何の先入観も無くなっている。
「いえいえ、まだこれからですよ、お姫様。稀なる舌触りと味をご覧に入れましょう」
「あなたの自信満々は恐くもあるわね」
布巾の中身を、軽く湿した臼の中にあける。まずは木槌の裏に左手を当てて、グイグイと押し潰していく。
「あら、潰しちゃうの? あのプチプチ潰れる感覚も楽しいのに」
「ですぅ」
「ちゅーい!」
二人と一匹が「ねー」と言い交わしている。
「面白いのはこれからだよ」
荒く潰したら手に水を付けて捏ねつつ、ペタンペタンと叩き始める。おそらく異世界で初めて展開される餅搗きの光景だろう。
搗いていく内に麦の粒が失われていき、表面が徐々に滑らかになっていっている。
(ちょっと固い粒が残っているって事は蒸し方が悪いって意味だよね。簡易に作った蒸籠の出来が良くなかったのかなぁ。餅搗きは年末にはやっていたけど、蒸籠にまで興味が抱けなかったもんなぁ。後でちゃんと調べよう)
流堂の本家であるカイの家では、普通に年末には近場に住む親戚が集まって餅搗きも行っていた。
当然、カイも男手として餅搗きをしていたのだが、蒸すまでは奥方陣の仕事となっていたので彼も蒸籠に触れる事は無かったのだ。
「やらせて♡」
絶世の美女にこう言われると、カイでなくともビクゥッとするだろう。決していかがわしい意味ではないと解っていても、つい反応してしまう。
「う、うん、いいよ」
「ぷ。うぷぷぷぷ…」
絶世の美女からは漏れてはいけない音が漏れている気がする。ペチンペチンと餅を搗く動作に何か感じるところが有るのだろうか?
「もっとしっかり力を入れて搗いて良いよ」
「ぷぷぷ、本当?」
(なぜ、そこでニヤつくの!?)
ペタンペタンとリズム良く搗いている顔が緩んでいるのが微妙な感じがする。
「フィノにもやらせてください!」
「次、俺な?」
木槌の奪い合いになっている理由がカイには理解不能だ。
「これはもう十分搗けたみたいだから、次の分にしてね」
臼から、粉を引いた板の上に餅を移すと、二枚目の蒸籠から蒸し麦を持ってきて、ペタンペタンと餅搗き作業が始まる。
「何かこれ、楽しいですぅ!」
獣人少女は鼻息荒く木槌を振るう。
「せっかくの搗き立てだから温かい内に食べよう?」
「そ、そういえば食べ物だったわね。何だか夢中になってたわ」
無我夢中で餅搗きをしていた三人は、苦い顔を見合わせていた。
小皿を幾つか出して、魚醤と砂糖をそれぞれに入れる。大きな塊から一握りの餅を千切ると、カイはひと口味見してみる。
「うん、良さそう。いきなり味付け無しは厳しいだろうから、どっちか付けて食べてみて」
「はーい!」
非常に良い返事が返ってきた。
それぞれがごく薄っすらと茶色の入った餅を千切り取って小皿に手を伸ばしている。その内にカイは魚醤に砂糖を溶いて砂糖醤油の味を調整。小皿の列に加える。
「カイさんカイさん、これは危険ですぅ。柔らかいのに噛み切れないこの食感。甘くしてもしょっぱくしても美味しいなんていけません!」
「新たな食感ねぇ。止まらなくなりそう。確かに甘いしょっぱいの交互は危険極まりないわね」
「でしょう?」
「俺は断然、魚醤だがな」
甘党でないトゥリオは一択のようだ。それでも楽しめる食べ物。
「これって餅って云うんだ。餅に加工出来る品種の大麦をもち麦って呼ぶんだよ。これでも食べてみて」
新たな皿を示されると、皆が早速試している。
「あ、ダメよぅ。これはいけないわぁ」
「はわうぅ。絶対に止まりませんですぅ」
「う、美味ぇ…。こいつぁ、やべえぞ」
やはり砂糖醤油は間違いが無いようだ。
そうしている内に、カイは浅鍋を取り出して大豆に似た乾燥豆を炒り始める。チャムが砂糖醤油餅を口に入れてくれる中、鍋を振って炒り豆を作る。彼女は彼が何か始めると、新たな味に出会えると身に染みて解っているので気遣いを見せてくれる。
炒り上がった豆を変形魔法で粉末にしたら「黄な粉」の出来上がり。少々の塩と茶砂糖を入れて掻き混ぜ、味を調整していく。粉をせずに餅を千切り取り、黄な粉をまぶして手渡していった。
「あああ、もうダメ……。虜になっちゃうわ……」
「これはもう凶器ですぅ。女の子にこれを出しちゃいけませんですぅ」
「お、これは良い。なんつっても香りが堪んねえぜ」
農家の夫婦にも絶賛が貰える。
やはり、餅の魅力は異世界にも通用したようだ。特に女性陣には。
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