樹間戦闘

 隧道トンネル内で一夜を過ごし、再び移動を開始した一行は軽快に馬車を走らせている。

 変わり映えしない景色に警戒感が薄れ、幼児達が飽きを感じ始めた頃、出口の光が明確に意識出来るほど近付いてきた。


 ホルツレイン近衛騎士隊やメルクトゥー親衛隊士に緊張が走る。谷底ではあるが、そこは魔境山脈のど真ん中なのだ。魔獣除け魔法陣が設置されているとは言え、何が起きるか分からないとつい怖れてしまう。呑気に構えているのは冒険者達と仔竜くらいか。


 思わず速度を緩めて息をひそめて光の中へ進み出る。そこには大きく切り拓かれた街道と、その両脇に壁のように立ち塞がる樹林が目に入った。

 土魔法による凝固舗装道幅分と少々の路肩が地面を見せているが、そこから先は密生した樹林の連なりとなっている。


「樹林に入って10ルステン120mくらいで魔獣除け魔法陣の圏外になってしまいますからね?」

 黒髪の青年が一応声を掛ける。

 それはホルツレイン関でも説明された注意点なので念押しに過ぎない。

「そもそも樹林に入っちゃダメよ! 慣れないあなた達はすぐ迷っちゃうわよ!」

「言わなくたって、そんな無謀な事する馬鹿はいねえだろ?」

「分かりませんよぅ? こういう密林を見た事がない人族さんは惹かれてしまうかもしれませんですぅ」

 獣人族にとって、密集した樹林は危険な場所であるとともに故郷を感じる原風景なのかもしれない。

「こらこら」

 言った端から元気いっぱいの幼児達がふらふらと路肩部分へ引き寄せられている。

 いくらティムルと行動をともにしても迷われては適わない。首根っこを引っ掴んで引き摺られていく。


「とりあえず焔光にっこう浴としませんか? 光って案外身体には必要なんですから」

 チェイン達をセイナとタニアのところへ連行したカイが提案する。

「はい、そう致しましょう、カイ兄様。皆様、あそこの野営場で休憩にしたいと思います」

「御意」

 近衛から応えがあり、クエンタ達も同意を返してくる。


 隧道トンネル外の部分には、短い間隔で野営場が設置されている。

 言うなれば単なる広場だが、ここなら火気使用は許可されているし横にもなれる。貴重な空間として利用されるだろう。

 ここで伐採された材木がホルムトの市場に流れ込んでおり、意外と高品質な商品として好評を得ていた。

 そして、その材木の一部を確保したカイは、技士ギルドに細型空気圧緩衝装置エアサスペンションと車軸機構、図面を持ち込んで、新型車両の製作を依頼している。完成し次第順次各地区の孤児院に送られる手筈になっているが、その前に散々研究されてしまうだろう。それも承知の上での技術流出である。


「美味いにゃー!」

 それぞれ騎士隊や親衛隊へも軽食が振る舞われる中、カイ達は獣人騎士団を呼び寄せてチーズスコーンを配っていた。

「本当に美味しいですね? ホルムトに来させていただいてからは結構贅沢をさせてもらっているつもりですが、それでも一段上の味だと思えます」

「おう、この腹に溜まる感じが良いな」

 ミルムも手にした焼き菓子をしげしげと眺めつつ良い笑顔を見せてくれる。ガジッカも納得顔だ。

「それは良かった。レッシーも喜ぶよ。戻ったら、たまに遊びに行ってやってもらえる?」

「美味しいものくれるなら毎陽まいにち行くにゃ!」

「こら! ダメです、そんなにお邪魔しちゃ。でも、時々お願いしてみても良いかも」

 カイは快く頷く。

「気が向いた時に、話し相手になりに行ってあげられるなら嬉しいですぅ」

「美味しいもの食べたくなったら行く。それでいい?」

「頼むね。でも、今はあまりお腹に入れないほうがいいかもしれないよ? さっき言ったけど、今から軽く相手してあげるから」

 ペピンはびくりと震えた。

「美味しくて忘れてた…」


 それは彼らからお願いされた組手の約束だった。


   ◇      ◇      ◇


 稽古をつけてもらうつもりだったミルム達は自由に場所を選んでいいと言われ、本格的な実践組手なのだと思い身震いした。

 武威を誇る彼らの師の心積もりに、恐怖するとともに武者震いも含まれている。


「いい? 冷静さを忘れないで。訓練通りに連携を保つのよ。それが出来れば一方的になったりはしないから」

 戦い慣れた場所として樹林を選んだ獣人騎士団は、囁き声で打ち合わせをする。細かな戦術の話はない。必要無いくらいに連携訓練を重ねてきている。

「そのまま」

 ミルムはペピンとガジッカの後ろに続く。破壊力で劣るペアだが、こちらのほうが変幻自在で崩しが利く。隙を見出すならこちらで、マルテ達は陽動に使う。

「来る」


 ペピンがぽそりと呟いた。


   ◇      ◇      ◇


「マルチガントレット」

 頷き合って樹林を目指した猫獣人達を見送ると、息吹とともに手甲を展開した。

(少しは本気じゃない。あの子達も大したものだわ。彼に構えを取らせるなんて)

 チャムは感心している。


 カイは右手を腰だめにし、左手は突き出しつつ左半身の摺り足で路肩に踏み込んでいく。

 相手がサーチ魔法の使い手なのはミルム達も理解している。潜伏からの奇襲戦法など通用しないのは明白。場所を譲ってもらったからには、有利な位置取りで勝負しようと考えているだろう。

 五対一である。獣人少年達にしてみれば、カイに足を使わせたくない。回り込まれて味方が邪魔で攻撃に参加出来ないのでは、各個撃破の危機。樹林を両脇に置いた位置に、横並びに展開する。

 前面にペピンとマルテを置いて中央が開けられる。当然、そんな誘いになど乗るわけがない。


(ミルムがガジッカの後ろに回った。マルテを抜いてバウガルを仕留める。浮足立ったマルテをあしらって、あとは三人を料理ってとこかしら?)

 当然、そうはさせじとペピンが動く。横から仕掛けて足を留めたらガジッカの大振りで崩す。その時点でマルテ、バウガル組が残っていなくても白猫ペピン縞猫ミルムで挟撃出来る。そんな計算なのだろうとチャムは読んだ。


 皆の予想通り、カイはマルテに向かって突進。彼女も低く構えて迎撃態勢に入る。ところが、そこで黒髪の青年は意表を突く行動に出た。


(跳んだ!?)


   ◇      ◇      ◇


 疾走する彼らの師カイは、ペピンを横目で見ている。

(目で釘付けにしようとしている。乗らないで、ペピン!)

 ミルムは祈るような気持ちで仲間の白猫を見る。彼女は冷静沈着がモットーだし、フェイントにも乗り難い。そういうところが信頼できるからこそ、この陣形を取ったのだ。期待に応えてくれるはず。


 やはり、ペピンは乗らずに身を沈めて如何にも仕掛けるぞという態勢を取る。それをやられると正面に集中は出来ない。上手くいけばマルテ組も生き残れるかもしれない。そんな期待を抱かせる流れだった。


 しかし、縞猫少女ミルムは唖然と見上げるしかなかった。

 突如、向きを変えたカイがペピンに迫る。ステップで間合いを合わせ切れないうちに、彼は跳ね上がったのだ。

 そして今、樹幹に足を揃えて横向きに着地。その目は完全にミルムを捉えている。

(標的はミルム!?)

 これは全く予想外も良いところの展開である。

 口を酸っぱくして、簡単に跳ね上がるなと厳しく教えてきた相手が、空中戦法を仕掛けてきたのである。それは完全に盲点だった。


 動揺の渦中にいるとは言え、彼らもずっと剣士としてアサルトに仕込まれてきた戦士である。身体が反応し、自動的にそこから跳ねて着地するところを狙おうと、跳び退って場所を空ける。

 ところが樹幹に両足を着けたまま降りてこない。その左手の銀爪は、幹に食い込んで体重を支えている。


 カイは彼らを見下ろして、ニヤリと笑った。

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