空中乱戦

 牽制と陽動が入り乱れる戦闘の中で、生まれる一瞬の空隙がある。

 刃を交えている訳でもないのに、お互いが次の一手を打ちあぐねる瞬間だ。ミルムはそれが訪れていると勘付いて発破をかける。


「動いて!」

 後手に回れば相手の思うつぼだ。先が見えなくても動かなくてはならない時と読んだ。

 声に反応したペピンとガジッカが双剣を振りかざして動くが、数歩踏み込んだところで黒髪の青年はふわりと飛び立った。

(やっぱり!)

 頭上を飛び越える影を感じる縞猫少女ミルム

 裏をかかれるのは想定内。見えてはいないが、しっかりと腕を振って背後に斬り付ける。ここで斬撃に迷いがあれば簡単に弾かれて踏み込まれる。事実、カイは後退する。見逃してもらえたのかもしれないが。

 だが、そこにはマルテとバウガルを背後に抱える位置だ。


「ふっ」

 白猫少年バウガルは軽く息を抜く。

 強く振る事を意識しつつも、握りが固ければ切っ先が伸びずに軌道が見切り易い。余計な力を抜く為の呼吸法。

 チャムに厳しく仕込まれた技能を実践する。繰り返し繰り返し体に染みつけるように振ってきたのだろう。剣筋は綺麗に立ったまま切っ先が伸びて、半径を増すような円弧を描く斬撃が走る。

 受けに回れば一番重い位置で当てていける。相手カイは見た目に拠らないパワーの持ち主だが、体重差を考えれば上体を揺らすくらいは可能なはず。突進の鋭さならチーム随一のマルテなら十分な隙になる。

(振り抜く!)

 本気でいかなければ抗するべくもない組手だけに、出し惜しみなく全力である。

(うっ!)

 カイの姿がブレたかのように見えたかと思ったら、間合いの奥まで入り込まれている。

「ガッ!」

 剣身の根がマルチガントレットに食われた。そのまま絡めとられて押さえ込まれるが、もう一方の剣が脇腹に伸びる。が、見切られて身体を開いて躱された。

(来い!)

 十分に足を留め視線は奪った。仕掛けは完成。

 足を踏ん張ると肩に重みが来る。そこに足をついたマルテが上から斬り落としの一撃を掛けていった。


 地に足を付けた攻撃の有効性は重ねてきた鍛錬で理解したし、しっかりと意識に書き込まれた。

 それでも獣人少女達の敏捷性を生かすのは空中戦だと感じている。ならば、跳躍という選択肢は捨てるべきでないと彼らは頭を捻った。

 結論は『跳躍しているのを見せなければ良い』だ。

 体の大きい少年達が相手を前に置いて視界を塞いだ状態で足留めし、少女が背後に回って死角で跳躍し、高い位置からの強力な斬り落としをお見舞いするという戦法だ。

 これは相手が単独なら、アサルトでも一定の成果を得ている。初見であろうカイなら確実に掛かると思っていた。


(え?)

 一瞬前まで目前で彼の攻撃をいなしていた青年の身体が沈んでいる。そこから一気に跳ね上がると、斬り落としの剣の柄尻を掌底で跳ね上げて止めると、そのままマルテの腹部に腕を回し、掻っ攫うように持ち上げる。跳ね上がったカイは、バウガルの肩に足をかけて更に跳躍した。

「うみゃ ―― !」

 縞猫娘マルテの悲鳴がドップラー効果で遠ざかっていくのを、白猫バウガルは唖然として聞いていた。


 結果として、間合いが開いた位置に黒髪の青年は着地した。攫われたマルテはその反動で尻餅をついた挙句に、ゴロゴロと後ろ向きに転がされている。

(一人脱落しただけ!?)

 ミルムは衝撃を受けている。

 確実に囲い込める筈の戦術を抜かれただけでなく、分断されて一人欠けた状態にされてしまった。マルテの復帰には数拍の間が必要になる。

(見逃してくれる訳がない)

 低く突進してくるカイの姿に戦慄を覚える。


 立て直し切れていないバウガルが最前にいる為、フォローが間に合わない。それでも足払いを掛けるように低い回転をした彼は優秀だと言えよう。

 ところが相手のその上だった。

 再び白猫バウガルの肩に乗った彼は、抜きざまに後頭部を軽く小突いていく。だが、それは拳士の一撃。獣人少年は双剣を取り落とすと、頭を押さえてのた打ち回っている。

 これで二人目が脱落。


 今陽きょうのカイは積極的に跳躍を織り交ぜてくる。まるでそれを選択肢に入れるのならば、どういう状況判断が必要なのかを示唆するように。

(もう一度)

 ミルムは合図を出す。

 このままでは得るものに乏しい。どうにか一手、青年を驚かせる一撃を送り込まねば、この二の鍛錬が報われない。


 フェイントの後にペピンが横に逃げると、ガジッカが猛然と前に出る。彼の斬撃をいなしている間に、白猫娘ペピンは背後に回った。

 次は黄猫ガジッカの背後から彼女が跳ね上がってくると思わせたまま、縞猫娘ミルムは横から回転斬りを送り込む。見透かされたように弾かれたが、カイはガジッカのほうを気にしている。

(掛かった!)

 回転するままに青年に背を向けたミルムは、左手を突き出し剣を持つ右手で支えた。そして、そこに足をかけたのが白猫娘ペピンである。彼女は膝を突きながら、反り返るように仲間の身体を送り込んだ。


 ところが、そこには黒髪の青年の姿はなかった。ガジッカの斬撃も弾いた彼は、再び跳躍して交差している。

(あ!)

 そこには後頭部を曝すペピン。そこを指で弾かれると、地に転がった彼女は後頭部を押さえて蹲り、動けなくなる。

 そして、青年が着地したのは体勢を崩したミルムの前。右手がスッと伸びてくると、額を指で弾かれた。突き抜けるような激痛が頭を貫き、意識が飛びそうなまま尻餅をついた。

 額を押さえて突っ伏すと何かを小突くような鈍い音がして、ガジッカが転げ回っていた。


「んにゃ ―――― !」

 復帰してきた縞猫娘マルテが、凄まじい回転力で連続斬りを放つ。それでも鳴った金属音は数度が精々で、額に左手が伸びてくるのを止められない。

「みゃう!」

 パチンと音が鳴ると、仰向けに倒れて剣を放り出し、額を押さえて身をくねらせた。


 全員が戦闘不能になるまで、大体半詩三分というところだった。


   ◇      ◇      ◇


 頭にたんこぶを作った獣人少年少女達は野営場に戻ってへたり込んでいる。順番に復元リペアを受けて、痛み抜きの治癒キュア犬娘フィノに施してもらっていた。


「うー! 泥んこにゃ ―― !」

 一人転がされたマルテが騒がしい。

 一台の馬車の裏に連れ去られると、しとどに濡れて薄着になって帰ってきた。フィノに温風を送ってもらって乾燥中。

「はぁ、相当鍛えてきたつもりなのに一詩六分も保たないなんて…」

「頑張ったじゃない。良い動きだっわよ?」

「ダメ…。一度も押している局面を作れなかった…」

 チャムは褒めるが、白猫娘ペピンは不満げに零す。

「そうかな? 僕は上出来だと思っているよ?」


 青年曰く、意図的に難しい状況を作ったという。

 樹林も利用し、受けに回らず踏み込んで混戦した局面を生み出したそうだ。なのに彼らは幹に刃を食いこませたり、入り乱れる近接戦闘でも同士討ちをしなかったのを高く評価出来ると口にした。


「長剣の間合い、しかも双剣の左右とも、しっかりと間合いが意識に入っているね? その上達の仕方は純粋にすごいと思った。ずいぶんアサルトに絞られたんじゃないかな?」

 褒める時は褒めるカイだがこれは心からの賛辞だと感じられ、彼らは満面の笑みとともに手を合わせている。

「にゃー!」

 昂ったマルテが両手を差し上げるが、ミルムに反省点も多いと説教を食らっている。


 そのさまを二人の幼児が目を真ん丸にして見つめていた。

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