あにうえ
二人の心は驚きに彩られている。強いとは聞いていたが、ここまで桁外れだとは思っていなかったのだ。
チェイン達にとって獣人騎士団の面々は高い壁だった。
彼らに捕まらないようにするのは一つの目標で、二人で話して色々と工夫していたのだが、それはなかなか実現しない。どれだけ急加速してもフェイントをかけても引っ掛かってくれない。一瞬目を奪えても反射神経と反応速度で後れを取って、結局捕まってしまう。
やはり人族では、基本的な能力で
(圧倒的だった!)
その高い壁を黒髪の青年は遥かに凌駕している。
いつも体捌きだけでチェインを捕まえてしまうミルム達を、訓練剣とは言え本来の武装の五人を間合いの短い無手で、しかも一対五で仕留めてしまうなどと想像だにしていない結果だった。
今は青年の指摘を、五人が姿勢を正して聞いている。彼がミルム達の師だという噂は真実のようだ。
それも昔の事で、今は追い付かれているのではとも思っていたが全く寄せ付けもせず、五人もそれを当然だと受け取っているようであった。それほどまでに差が有るという意味だ。
チェインは不思議に思っている事がある。
彼にとって兄であるゼインは別格の存在だった。
年が離れている所為もあるが、手の届かないくらい大人だと感じる事がある。それだけでは説明出来ない差があるとも感じていた。
祖父や父は、人前では堂々としていても、裏では唸りながら悩んでいる姿を身内の彼は多々見掛けている。重責を担っているともそれとなくは理解しているが、思慮に思慮を重ねて断を下しているのだと分かる。
なのに、
ゼインは感性の人。チェインはそう結論付けた。
身近でそんなタイプの人が他に見られない。兄が誰から学んでいるのかと見回すが、見つける事は適わなかった。
そんなところに黒髪の青年が現れた。
勘が鋭く、誰も頼みにしていない風の
結果として、兄が参考にしている人が彼なのかと思った。
ところが実際に接してみると、青年が感性の人ではないのがすぐに分かった。
思慮深い人だと思う。見透かしたような
つまり、青年の推考はゼインの感性を超えるという意味になる。彼の笑顔の向こうに拡がる世界を怖ろしいとまで感じられた。
チェインは計り知れぬ人物を前にしていると気付いた。
◇ ◇ ◇
「あにうえ!」
チェインはそう呼び掛ける。
反省会が終わって、
隣で見ていたスレイグも同様の感慨を抱いていたのか、続いてくる。
「お願いします。僕にも教えてください!」
「俺も鍛えてください!」
「何をかな?」
「んと…、全部!」
「俺は戦い方を!」
改めて訊かれると戸惑いを感じてしまう。だが、友人は具体的な答えを持っていた。
「うん、分かった。でも、何もかもは時間があまりにも足りないから、体の動かし方からやってみようか? それをちゃんと身に着けるのにも結構時間が掛かっちゃうからね。少しずつ練習の仕方を教えてあげるね?」
「はい! 頑張ります、あにうえ!」
「精進します、あにうえ!」
「あにうえー」
いつの間にか隣にティムルが並んでいた。
「君もなの!?」
「んー、いっしょにあそぶー、カイー」
真似をした仔竜だが、真面目な顔は一瞬にして崩れた。
ちょっとした朝の鍛錬のつもりが思わず長引いた所為もあり、一行は昼まで出発を控える事になった。
広い場所で、チェインとスレイグはきちんとした柔軟運動から習っている。まだ幼い彼らは、柔らかい身体を培う事と効率の良い筋肉の使い方を覚えるのが重要である。無闇な筋力強化は、育ち盛りを迎えたばかりの二人には成長の阻害にしかならない為避けるべきだった。
「そうそう、そんな感じ。無理しちゃダメよ。一度に頑張るより続ける事が大切なの」
青髪の美貌も付きっ切りで動かし方を教えてくれている。
「ずっとおなじことするのー?」
「いや、君は無理にしなくてもいいからね? たぶん、基本的な身体の構造が違うからあまり意味ないんだよね」
「いやー。いっしょがいいのー」
ティムルは遊びの一種だと思っているようで真似をしたがる。
「ねえ、ティムルは本当はすごく強いから必要無いんじゃないの?」
「いいのー。ととさまがカイにいろいろおしえてもらいなさいっていったー」
まだ柔らかい子供の身体を更に折り曲げながらチェインが尋ねると、すぐに答えてきた。
(そういう意味じゃないんじゃない?)
そう思うがとりあえず聞き流す。
「そうなんだ。でも、ドラゴンならもしかしてあにうえより強いんじゃない?」
「むりー。カイとけんかしちゃだめっていったのー。ととさまでもかてないからだってー」
(え? ティムルのお父さんって大きなドラゴンだよね? 勝てない?)
何か知ってはいけない秘密を聞いたような気がして、チェインの頭の中では様々な思いが渦巻いた。
◇ ◇ ◇
フィノに出してもらった水を素っ裸で浴びて汗を流した幼児達は、身体を拭いて馬車に乗り込む。
「はい、お疲れ様」
同乗しているタニアが果汁のジュースを差し出す。
「ありがとう、あねうえ」
「いただきます!」
糖分が身体に入ると生き返るような心地がする。運動した後だからなおさら美味しい。
「あなた達もやっとカイ兄様のすごさが分かったのかしら?」
「うん、あにうえは本当にすごかったよ」
「驚きました」
セイナはなぜか勝ち誇ったように言う。
「だったらカイ兄様をあまり困らせないのよ?」
「ちゃんと言うこと聞くもん!」
そうは言うが、まだやんちゃ盛りの彼らは色々と面倒を掛けてしまうだろうと彼女は思う。だが、尊敬出来る人物を得て師事するのは、二人の心の成長にも大きな影響を与えるだろう。
二人の同行が決まってからはどう導くべきか少し悩んでいたセイナだが、ようやく道筋が見えてきた気がする。
祖父や父はそれを見越しての決断だったのだと知れた。
◇ ◇ ◇
順調に旅は進み、長い
ついでに各所の
二本目の
そのさほど幅の無い川をチャムが指を咥えて眺め釣り竿を取り出すも、魚はいないと注意される一幕もあった。何であれ、ここは魔境山脈である。大型魚は魔獣達の蛋白源でしかなく、生き延びているのは小魚ばかりでしかない。そうカイに説明されて断念。
野営地で一泊すると決まった時には、冒険者達が狩りに出掛けたりもした。
そして、巨大な鹿の魔獣にかち上げられて空を飛んだトゥリオがボロボロになって帰ってくる。散々、文句を言っていた彼は、腿肉をふんだんに焼いたその夜の夕餉でオーリーに酒を振る舞われると一転して上機嫌で杯を差し上げる。
子供達も珍しい新鮮な魔獣肉に舌鼓を打った。
更に
そこはもうメルクトゥー王国だった。
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