破局の流れ(1)
「確かに戦争という選択肢が選べる国じゃないね? ただの自滅になる」
出された果物の甘みに顔を綻ばせながら、カイは感想を言う。
隣で果物に嚙り付いているリドと同様の表情なのだが、頭の中は殺伐な予想に満ちているようだった。
「そうなのよ。国交ありきで存続できる国が戦争なんてしたら、その時点で終わりでしょ?」
「支援国家が居るんじゃねえか? じゃなきゃ考えられねえぞ」
「そうでしょうかぁ?」
反対の声を上げたのはフィノである。トゥリオは少し落ち込んだ風を見せる。
「他ならともかく、相手はロードナック帝国ですよぅ? ジャルファンダルを支援すれば、侵攻の口実を与えるようなものなんじゃないかと?」
「だろうね。孤立している可能性が高い」
「そうまでして戦争に踏み切る理由があったって事になるかしら?」
締めくくったチャムが、ディアンに視線を送って説明を促したのだった。
「帝国にしてみれば、たぶん不本意な結果なんだったと思うんだけどな?」
黒髪紫眼の帝国人はそう切り出す。
「最初はジャルファンダルが窮状を訴えた事から始まったんだぜ」
「窮状? 海が荒れでもしてマングローブ林に被害でも出たのか?」
聞き役は親しいトゥリオが進んでやる気らしい。
「北海洋で進化した植生なんだから、荒天程度で大きな被害は出ない筈だよ?」
「ああ、天候不順程度ではマングローブ林に問題は出ないさ」
以前に北海洋で発生する台風は経験している。東方でどう呼ばれるかは知らないが、そういう環境下で生育出来ないようならとうに死滅しているだろう。
「海を荒らしていたのは海賊。肝心の交易品が届けられなかったり届かなかったりで無視できない被害が出てき始めたらしい」
「海賊か。でも海軍が警備に付いているんじゃないのか?」
「軍も沈められたらしい。らしいって言うのは、生存者が居なかったからさ」
それを聞いてトゥリオは「皆殺しかよ」と呟く。
海賊は基本的に殺し過ぎたりはしないものだ。
無論、抵抗すれば殺しもするだろうが、海運に携わる者が減れば彼らの利益は先細りになる。抵抗しない限りは、積み荷だけ奪って解放するほうが多い筈なのだ。
それに、あまり残虐な行為が横行すれば、各国は自国の利益を守る為に本腰を入れる。そうなれば
その辺りの平衡感覚が必要なのも海賊という稼業なのである。
「交易品を奪われるのも痛いが、運搬の人員や兵の損失が洒落にならない状態になったらしいな」
難しい顔でその頃の事を語るディアン。
「ジャルファンダルから海軍の強化増員、或いは冒険者とかの警備人員の確保の為に、マングローブ材の単価を上げたいと申し入れがあった」
「順当な方法だし、正当な理由なんじゃねえか?」
「それはそうなんだろが、帝国はこの機を逃さず利用しようとしたみたいだな」
申し入れに対して、別の回答をしたという。
「ジャルファンダル海峡に帝国海軍を展開して海賊対策を支援するから、輸入割り当ての増加と単価の割引を迫ったって話」
「なるほど。海軍を遊ばせるよりは、金になる使い方をしようと考えた訳だな?」
北海洋に面する帝国領は、ジャルファンダル海峡を中心とした一部地域だけである。東方の北部一帯は、勇者王の統べるラムレキア王国の版図が広がっていて、北西部だけが半島のように帝国版図なのだ。
中隔地方で北海洋に面するウルガンやイーサルとは現状交戦状態には無い。ラムレキアとは極めて険悪な状態だが、
それで使い処に困る北海洋方面海軍に仕事を与えて益を生み出すべく、ジャルファンダル海峡警備を命じようと考えたのだろうと言う。
「帝国の言い分も解らなくはないだろ?」
ディアンにも愛国心の欠片くらいは残っているのかとトゥリオは思う。その意見は母国寄りだ。
「ジャルファンダルは首を縦に振らなかったのか?」
「いや、実績を示せと言う話が有ったらしいという噂は聞いたが、実際はどうか知らないな。ただ、海軍が海賊の討伐に乗り出したのは間違いない」
「それで結果は?」
「不首尾だったんだとさ」
幅
しかし、その辺りから不穏な空気が流れ始める。
被害を受ける運搬船が、イーサル、ウルガン航路やラムレキア航路に偏ってきたからだ。そこに帝国の思惑が働いているのではないかという声が上がり始めたらしい。
「そりゃ当然ってもんだろ?」
帝国の美男子はおどけたように肩を竦める。
「北海洋方面軍は、ジャルファンダルの対岸にある港湾都市ウィーダスを母港にして活動しているんだ。補給や兵員の上陸休暇とか諸々の事情を鑑みれば、動き回れるのは海峡内が精一杯さ。東や西に向かう航路にまで手が回る訳無いじゃないか?」
「言い掛かりだって話だろ?」
「そうさ。無理なもんは無理。海軍の連中だって取り合いはしなかったんだろうが、そこに追い打ちがあってな」
「何が有った?」
「帝国国内で盗品らしいマングローブ材が取引されているのが見つかった」
ジャルファンダルの特使が帝国国内のマングローブ材の流通を監視していたところ、海賊の横行から減少している筈の木材の流通量がむしろ増加しているという調査結果が出たと言う。
木材全ての出所を調査するのは不可能だが、全体の流通量を見る限りは出所の不審なマングローブ材が流入しているとしか思えないという結論に至ったらしい。
「それだってどうしようもないじゃないか」
不満げにテーブルを指でトントンと叩くディアン。
「海賊だって盗品を売りさばくルートを持っているから海賊業が成り立つんだろ?」
「おい! 海賊行為を正当な職業みたいに言うんじゃねえ」
「それなんだよ。ジャルファンダル側が、帝国海軍が私掠船と化しているんじゃないかって言い出しやがったんだ」
無論、それは公式な発言として伝わった訳ではない。一部の外交関係者の非公式の場での発言が漏れ伝えられただけの話のようだ。
しかし、それは帝国側の外交関係者を激怒させるに足る内容だったのである。直ちにそれは報告として皇城へ上げられ、いたく矜持を傷付けられた代償に、正式な抗議と共に報復措置の一つとして食品輸出の抑制という経済制裁が加えられたのである。
ここからは泥沼の批判合戦が始まる。
「帝国は、全ての材木問屋の仕入れ元を調査するのは不可能だけど、海賊行為を国として行ってなどいないって文句を付けたらしい」
身に覚えが無いのなら、それは当然だろうと四人も頷く。
「なら、ジャルファンダルは海賊船を拿捕するなりなんなりして、証明しなきゃならんだろうな」
「海賊にやられっぱなしの王国にはもうそんな力は残ってなかったんじゃないかしら?」
「ご名答」
チャムの意見にディアンは拍手で応える。
「あの国は、これまで通り外交手腕だけで解決しようと動いていたのさ」
「でも、それも上手くいかなかったってところ?」
「帝国の大国としての矜持を読み違えたんだろうな」
黒髪の美剣士はお茶で口を湿しつつ、苦い表情を浮かべた。
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