破局の流れ(2)

「ここからは事情通の正規兵からの又聞きだからどこまで正確なんだか分からないんだけどな…」

 ディアンはそう前置きを入れてから、続きを切り出す。

「ジャルファンダルは、火消しの為に帝国向けの輸出割り当てを増やすって言って来たらしい。その代り、単価は据え置きにして欲しいって」

「そりゃ、色々物入りだろうからな」

「それが透けて見えただけ、外務のお偉いさん方に足元を見られたんだろう」


 帝国から見たら、そんな事は当たり前だろうと考えられた。

 東や西への航路の危険度が高い以上、或る程度安全が担保出来る取引相手は帝国だけになってしまう。当然、東西への輸出に当てる分のマングローブ材を帝国に売りつける事になるだろう。それを恩着せがましく交渉の席に持ち込むなど論外だと突っ撥ねた。

 ジャルファンダル側としても、そこまで読まれるのは織り込み済みだっただろう。まずはそれを前提にして、そこから値引き交渉に入る腹積もりだったと思われる。

 しかし、帝国が打ち出した条件はそんな甘いものではなかった。利敵行為になるラムレキアへの木材輸出を一切停止して、その分を帝国割り当てにするよう要求したと言う。


「そいつぁ出来ねえ相談だろ?」

 貿易立国のジャルファンダルが敵を作るような方策は採れない。

「無理を承知で踏み込んだとしか思えねえぞ?」

「帝国の外務もそこを起点に綱引きしようと画策したんだろうと思うぜ。ところが、ジャルファンダル側がそこで席を立ってしまった。そこで退けば幾らでも踏み込んできそうな気がしたのかもな?」

「最悪だな。双方が突っ込んだ交渉をし過ぎて物別れか」

 トゥリオは顎を摩りつつ眉根を寄せる。

 本人がどう思っていようが彼も政治の中心にある家の生まれである。外交に関する基本的な知識と平衡感覚は持ち合わせているのだ。

「それでまた矜持を傷付けられた外務は、ジャルファンダル側が一方的に交渉を打ち切ったと、現地のウィーダスの役人に公表したって話だ」


 未だ結果の出ない交渉経過を公表するのは暴挙と言えよう。

 当然、ジャルファンダルはその行動を批判する。外交交渉の規律に反する、大国の傲慢がそれを言わせている、と。

 ここまでくると、もうどちらも退くに退けない状況になっているように思えた。

 通常ならこの辺りで仲裁に入ろうという国が出てきてもおかしくは無いのだが、あいにく手を挙げる国は無い。ラムレキアがロードナック帝国に利する行動など取る訳もなく、イーサルやウルガンにしてみれば、帝国がジャルファンダルと親密になり過ぎるのは本意ではない。コウトギはこういった外交交渉にはほとんど興味を示さないし、こういう時に一番頼りになるメナスフットは国内状態が不穏に過ぎて外に目を向けている場合でない。

 そんな国際状況の中で、事態は悪化の一途を辿った。


「もうこの辺りからきな臭ぇな?」

 美丈夫は渋面を作り、チャムも腕組みして聞く態勢になっている。

「帝国がまず対ジャルファンダルへの輸出の一切停止を宣言し、それを追いかけるようにジャルファンダルはマングローブ材の帝国への輸出を停止すると公表したのさ」

「んー…、痛み分けとはいかなかったんですね?」

「あん? お互い様だろ?」

 溜息を吐きながら言うカイに、トゥリオが疑問を呈する。

「帝国国内には海賊から流れたと思われるマングローブ材は豊富にある訳だよ? しかもそれは今後も途絶えないかもしれない」

「東西航路での海賊行為を取り締まれない以上、その商品は帝国に流れるんだものね?」

「でも、島国では食料供給が途絶えれば、それはもう終わりを意味するからね」

 彼の母国が似たような立場にあっただけ容易に想像がつく。

「その通りさ。ジャルファンダルは完全に窮地に追い込まれちまった」


 帝国からの食糧供給が絶たれただけで、ジャルファンダルの国内事情はかなり悪くなるのは間違いない。

 ところが、ここに至って追い打ちが掛かる。海賊の活動が活発化し、ラムレキアや中隔北方三国からの島国向けの食糧運搬船が軒並み狙われるようになったらしい。ジャルファンダルは孤立してしまい、兵糧攻めにあっているかのような状況になる。

 誰にでも崩壊の音が聞こえてくるかのようだ。


「それでもよ、ジャルファンダルには戦争するような力はないだろ?」

 海軍は充実していたかもしれないが、陸軍となると国土防衛に当たる申し訳程度の戦力だったのではないかとトゥリオは想像する。

「それで傭兵団が出てくる訳ですぅ…」

「おお、こちらの獣娘ちゃんはお察しが良い。ジャルファンダル王国軍に陸戦能力はほとんどなかったんだが、国庫に蓄えは十分に有った訳さ」

「雇ったって寸法か!」

 ディアンは大きく頷いて、苦々しげに続きを語り始める。

「帝国は長々と戦争をやっているからな。国内に大規模な傭兵団を幾つも抱えている訳だ。その内の一つに、あの国の密使が接触を図った」


 ジャルファンダルの密使は、帝国でも有数の戦力を誇るガッツバイル傭兵団との契約に成功する。しかし、その相手があまり素行の宜しくない傭兵団と知ってか知らずか。

 確かに帝国内には多くの傭兵団が存在する。だが、その質はピンからキリまであるのだ。

 軍を退役して、或いは冒険者の不安定な暮らしから脱却を目指して傭兵団を作るのが普通だと言えよう。しかし、中には盗賊団が徒党を組み、帝国官憲から逃れる為に傭兵団を形成する場合もある。

 その規模が大きくなれば大きくなるほど、盗賊上がりの無法者が混じるのは否めない。規律を厳しくすればそういった手合いは排除出来るのだが、軍人上がりの傭兵にしたところで厳しい軍規を嫌って抜けてきたようなものなのだ。そんな厳しく出来る訳もなく、曖昧に済ませる結果になってしまう。

 そして、ガッツバイル傭兵団は、素行の悪い大規模傭兵団の最たるものだった。


「そこから始まったのは出鱈目だった」

 外交上の話だったのが、一転して現実に波及してくる内容に皆が身構える。

「依頼されたのは後方攪乱だった筈なんだが、連中はやりたい放題を始めやがった」

「想像は付くわね。略奪暴行の限りを尽くしたんでしょ? 何もかも奪い、抵抗する者は殺し、女には乱暴し、子供は遊び半分に殺す」

 麗人の口から漏れた残酷な言葉は、それだけに皆の心に強く響いた。

「それでも奴らはやるだけの事はやったのさ。ウィーダスに攻め込んで守備隊を殲滅。北海洋方面海軍の軍艦を寄港出来なくしやがった」

「今度飢える事になったのは帝国軍艦だってんだな?」

「ああ、艦隊は一往36日と保たずに降伏した」


 北海洋上でなら水に困りはしない。雨はふんだんに降る。

 海には魚は居る。その気になれば獲るのはそう難しくはなく、海兵ならそれなりに技術も持っている。

 だが、人は魚だけでは生きられない。軍艦のように多くの人間で運用している船ではなおさらだ。『倉庫持ち』がどれだけ物資を蓄えていようが、すぐに限界はやってくる。


「ウィーダスに上陸したジャルファンダル陸軍は占領を宣言して、ロードナック帝国に対して使者を送った。『捕虜にした海兵たちの解放を望むなら食料の輸出禁止を解除し、マングローブ材の取引を含めた国交を正常化するように』とな」

 主張は正しいが、やり方はいただけない。

「受け入れられねえよなぁ。そんな前例作ったら、東方に覇を唱えようかという大国が嘗められちまう」

「当然、帝国は突っ撥ねた。それで、実戦力一万を超えるガッツバイル傭兵団に対して、翼将軍を司令官に置いた討伐軍一万二千を編成した。その一部三千がここに来た軍って訳さ」


 ディアンは外を示しつつ、現状を語り終えた。

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